20歳男 関東神社参り 今の悩みは悩みじゃない

20歳男 関東神社参り 今の悩みは悩みじゃない

こんにちは。

大学生で20歳の男です。

自分探しをした時期は、大学での人間関係に負い目を感じ、アルバイトでの人間関係に疲れ、自分は一体どうゆう存在で、何に必要されているんだと感じていた、そんな5月でした。



母にそれを相談した時、神社に行って、1度心を落ち着かせてから考えてみればと言われ、私は休日を利用し、当時、近くで行きやすかった茨城と千葉にゆき、鹿島神宮・息栖神社・香取神宮に参拝しに行きました。



当日は、まるで神様が私に参拝に来て欲しいのか?と思うぐらいに快晴で、沈んでいた私の気持ちも少しは晴れてきていました。



予定の関係でその自分探しでは香取神宮には行けずじまいでしたが、残りの2つに参拝しに訪問することが出来ました。



どちらも自然と一体化しており、ゆっくりとした時間の中で自然の空気を吸うことによって、私は何か大きくて暖かいものに包まれてる。

そんな感じでした。

それは信的なものではなく、自然と信仰の融合を目の当たりにすることで得た、1種の悟りのようなものでは無いかと感じました。



お賽銭を投げ、何をお願いする訳でもない。

何かのお守りを買う訳でもない。

気づけば、虚無に近い無心の状態で境内を散策していました。

そこで、自分が悩んでいた、自分とはどういう存在で何に必要とされているのかといったことについて考えていました。



存在理由については、もうそんなことはいいかと、この大自然の中では、ちっぽけなことで、小さなこと。

1つの命に存在する理由があるとすれば、循環なのかなぁーと思いました。

もうそれでいいやっていつの間にか気分は晴れ晴れしていました。



そして、何に必要とされているのかは、誰にじゃないなって感じています。

自分を必要としているのは自分しかいないなって思っています。

この先未来に自分を必要としてくれる人が出てくるかもしれないけど、それよりも今、1番自分がいなきゃ生きていけない自分という存在を大切に、大好きになってゆかないとって思っています。



何かに悩むのは、人間なら当然のことで、それも豊かな人生にとって必要なことですが、それが長引くとそれすらも毒となって自分を苦しめます。

自然は私達を我が子のように抱きしめ、いつでも迎えてくれます。

苦しくなったら、自然の中に身を委ねてみてください。

実際に、森の中は人間の心に心地よい高周波?(鳥の声、森のざわめきなど)が流れているそうですよ。



最後に。

私は悩みの原因を解決させた訳では無いですが、それは悩みでは無くなりました。

参拝と言うよりは森林浴に来ましたという感じですが、自分には信仰よりも、自然と一体化する方が心身との相性がよかったみたいです。

もし、今悩んでいたら、お散歩でもいいので外に出て見てください!そこには、様々な発見と解決が待っていることでしょう。