アラサー女子 自分探しは他人の中で

アラサー女子 自分探しは他人の中で

滋賀県に住む30代主婦です。

出身は高知県で、静岡の大学に進学し、大学とつながりのあった会社で4年間働き、退職するとともに苦手だった英語を克服するためにフィリピンに留学しました。

そのあと一度高知に戻りましたが、少しお金を貯めた後カナダにワーキングホリデーで渡加し、そこで出会った主人と結婚し、現在に至ります。

退職したのはオリンピックの日本開催が決まり、英語が必要になってくると考えたからです。

私は大学在学中スポーツ経営を専攻していたので、オリンピックに関わる仕事がしたいと考えていました。

当時の会社は残業も多く、体力的に限界も感じていたので思い切って辞めてフィリピンに留学し、そのあとカナダに行きました。

当時はそこそこ英語にも自信がついて、目標まであと少しだなんて思っていたのですが、そこで完全に目標を見失いました。

カナダでは大都市ではなく名前を言っても知っている人などほとんどいない田舎町にいたのですが、「英語を喋れる」というのが自分にとってどれだけハードルが高いのかということを目の当たりにしました。

現地に住んでいる日本人は、日本語を話すように英語を話していたからです。

ことわざや聞いたこともないような単語を聞いているうちに、「喋れるってこういうことか」と思い知りました。

カナダでは学校に行く資金的余裕がなかったので、家にこもって勉強する日々が続きました。

そんなことで上達するわけもなく、やがて「やっぱり英語は嫌い」という風にあきらめるようになりました。

かといって30代になって新たにやりたいことも見つけられず、カナダにいったことが逆にブランクになり、社会人としての経歴も強みもないまま主婦になってしまいました。

目標を失うとき、心が折れるというのはこういうことなんだなと、どこか客観的に見つめつつ、でも本当に「ポキッ」と折れる音が聞こえました。

そこから何をするのも億劫で、ベットから起き上がることすらできず、「リセットできたらいいのになぁ」とただただ涙が流れる毎日でした。

ですが、やがて日本に帰国し、前よりももっとトラウマになった英語から離れてみて、日本での生活リズムが戻ってくると、あんなに嫌いになったはずの英語にもう一度向き合ってみようかなとも思うようになりました。

きっかけは久しぶりに再会した友人で、会社を辞めてこれから看護学校に通うという話を聞いたからでした。

自分の強みはこれから作ってもまだ間に合うかなという風に思うようなりました。

どうも私は自意識過剰に自分のことを過大評価していたようです。

「こんなところでつまずくわけがない、きっと何か大成するんだ」と思い、勝手に焦っていたようです。

そんなプライドは捨て、今はとりあえずMOS検定に向けて、OA事務の勉強を始めたところです。

事務仕事なんて考えたこともなかったですが、パソコンに触れることは多いくせに知らないことが多いので、これも新しい挑戦かなと思うようになりました。

カナダに行ってよかったことは、背伸びをしすぎて自分で自分の首を絞めていたことに気づいたことです。

場所ではなかったかもしれませんが、より価値観の違う人たちの中で生活したから気づけたと思います。

アドバイスとしては、自分とばかり向き合ってないで周りの人たちの変化に目を向けるようにすると何か気づくものがあるかもしれないということです。

自分探しは自分の中には見つからない、人との触れ合いの中でみつけるものかなと、今では思うようになりました。