自分探しで本当の自分を見つけた150人の体験談

本当の自分がみつかった僕は新しい1歩をふみだした!

こんにちは。このサイトでは自分探しで本当の自分を見つけた150人の方の体験談を紹介しています。

 

まずは私SOSEKIの体験談から紹介。いろんな方の体験談は本当の自分を見つけるのに」効果的だと思うので、ゆっくりご覧ください。

 

気にいったらシェアしていただくと継続運営の励みになります。

 

SOSEKIの本当の自分占い体験談

 

こんにちわ。23歳男の漱石です。タイトルどおりの体験談です。

 

僕は夢を実現させるために、高校を卒業し専門学校にいきました。

 

そして卒業しあこがれの職業につきました。

 

でもじっさいに就職できたのに、本当にこのままでいいのかわからなくなり、本当の自分を探すために、バックパッカーをしたり、ボランティア活動をしたりしました。

 

それでも、自分探しで本当の自分は見つからず、困ったあげく最終的に占い師の先生の霊視で本当の自分が見つかったという体験を紹介します。

 

本当の自分占いに興味がある、自分探し占い、自分探しの途中、バックパッカー、自分の適職なんかに興味のある人には参考になると思います。

 

 

まず僕を知ってもらうために、少し自己紹介。僕は23歳で今はサービス業をしています。

 

高校を卒業して、夢をかなえるために専門学校にいきました。専門学校では一生懸命勉強し、まわりもうらやましがる、そこそこよい会社に就職できました。

 

受講のイメージ

 

しかし就職して半年をすぎたとき、本当にこのままでいいのかわからなくなり、退職しました。

 

きっかけは上司の一言でした。

 

「君はヘラヘラ笑って、自分というものがないな。自分がわからないと、人としてダメだぞ」

 

上司は悪気はなかったと思うのですが、この言葉は衝撃的でした。

 

よく考えてみれば、小学生のころから、人の顔色ばかりうかがっていて、人に同調する。

 

 

人に共感することばかり意識してきました。

 

僕に意見なんてあったのか?僕に夢なんてあったのか?疑問はどんどん沸いてきました。

 

上司のことを殴ってやりたいという気持ちをもちながら、ヘラヘラ笑っていた僕。

 

じゃあ上司のことを殴ればよかったのか?それが本当の自分なのか?

 

そういえば、友達からも、先生からもよくヘラヘラしているといわれてた。

 

本当の自分と人前の自分はちがう気はしていた。

 

人の反応が気になるし、友達との接し方がわからない。

 

たぶん本当の性格はこうじゃない。でも本当の性格を見せると、世界が崩壊するんじゃないかという不安がありました。

 

友達、親、同僚、先輩といても、どれも本当の自分じゃない気がする。

 

そんな気持ちもありました。

 

「自分というものがないな。自分がわからないと、人としてダメだぞ」

 

自分ってなんなんだろう?ネットで「自分」と検索しても、僕の欲しい言葉はでてきませんでした。

 

そして、3週間後、僕は辞表を提出していました。

 

選択のイメージ

 

周りからはバカだと散々いわれました。

 

それからフリーターで半年働いたら、海外にいったり、ボランティアスタッフになったりしていました。

 

そういう暮らしを繰り返していました。

 

回りにもバックパッカーや自分探し中の人が増え、そんな連中と朝まで議論したりしていました。

 

旅先で出会う経験は、僕の人生を深いものにしてくれました。

 

でも本当の自分を見せてはくれませんでした。

 

ボランティア先で知り合う人も、刺激的で面白い人たちでした。

 

でも彼らも、本当の自分を探している途中でした。

 

旅のイメージ

 

旅もボランティアも、ふとした瞬間に物悲しさがでてきますが、刺激的でした。

 

しかし、本当の自分を探しているというと、バカにする人もいました。

 

自分探しはモラトリアム期間だという人もいました。

 

僕は思いました。自分探しをしてなにが悪いのだろう。

 

本当の自分もわからず、奴隷のようにブラック企業で働きながら、自分の生きる意味をさがしてもがいている僕たちをバカにする。

 

こういう連中が心底嫌いでした。ますます自分を見つけて、見返したくなった。

 

ある日、東南アジアで出会いしばらく一緒だった、3つ上の女性トモコさんから、メールがきました。

 

スマホのイメージ

 

「元気漱石 本当の君は見つかった? 私は本当にやりたいことが見つかって、1年前からビジネスをはじめた。今は東京で事務所を借りて仕事をしている」

 

僕はすごく興味が出たので、急いで休みを取り、トモコさんに会いにいきました。

 

聞きたかったのは、どうやってトモコさんが本当の自分を見つけたかってこと。

 

ひさしぶりにあったトモコさん。ワイルドだったおもかげはすっかりなくなり、きりっとしたビジネスマンの顔をしていた。

 

「漱石ひさしぶりね。ふふ。なんで私が本当の自分を見つけたかって聞きたいんでしょ。いいわ教えてあげる」

 

トモコさんは、本当にやりたいことを見つけた経緯を教えてくれた。

 

実はトモコさんは、1年前に旅行中に大怪我をして、1ヶ月ほど実家の近くの病院で入院していたらしい。

 

その時に、心配してお見舞いにおとずれた高校の頃の同級生に、「本当の自分を探しているから、また旅に出るのよ」といったところ。

 

「もう一度旅に出る前に、この先生に視てもらったら?」と占い師の先生を教えてもらったそうなのです。

 

はばたきのイメージ

 

 

トモコさんはあまり占い師とかは信じるタイプではないのだけど、ちょっと旅にでるのが不安になっていたのもあって、また電話で見てもらうタイプの占いだったこともあって、念のために見てもらったそうだ。

 

 

すると、とんでもなく当たる当たるで、びっくりしたそうで、その先生との出会いで、今のビジネスをしたかったことに気がつき、ビジネスをはじめた所、順調に進みだしたってことだった。

 

その先生は、いわゆる霊感というのかな?その人の潜在意識を視ることができて、その人が本当はどうしたいのか?どういう生き方をするのが向いているのか?

 

そういうことがわかるそうでした。

 

僕は半信半疑だったけど、その電話占いのサイトのURLと先生の名前を教えてもらい、トモコさんとは別れた。

 

NYのイメージ

 

僕はいろいろな所へ旅に出た。いろんな危険な目にもあった。

 

強盗にあいかけて走って逃げたこともあった。

 

生まれてから高校卒業するまでに、できた友達よりはるかに多い人と、コミニケーションを取ったと思う。

 

いろんな経験を積んだのに、導き出せなかった本当の自分という答え。

 

それをトモコさんは、ほんの30分占い師と話をしただけで見つけ、充実した人生を送っている。

 

僕もトモコさんと同じようにすれば、トモコさんと同じようになれるのか?

 

もっと悩まなくてもいいのか?いろいろ考えたけど、結局視てもらうことにした。

 

夜の渋谷のイメージ

 

笑いたい人は笑えばよい。

 

僕のことは視えないかもしれないし、もしかしたら僕には、すごい使命があるかもしれない、視える人にはそれがわかるかも、そう思ったからだ。

 

この先生は予約しないと、占なってもらえないらしいので、トモコさんに教えてもらったURLにアクセスし、会員登録してメールで予約をいれた。

 

ドキドキしながら、先生からの電話をまった。面接の結果を待つような気分だった。

 

怖い先生だったらどうしようと不安だったが、とても優しい雰囲気の先生だった。占なってもらうと、トモコさんがびっくりしたのがとてもよくわかった。

 

とてつもなく当たる。自分があんまり覚えていない記憶も先生は掘り起こしてくれた。

 

いろいろな記憶が頭をかけめぐった。きがつけばボロボロ涙があふれだしていた。

 

教室のイメージ

 

小学生の頃にあったひどいイジメ それがトラウマで、人との距離を取っていること。

 

人と深く接することが怖いこと。傷つけるのが怖いのじゃなくて、本当は傷つけられるのが怖いこと。

 

本当の自分を人前にさらけだされないのはなぜか?

 

人に優しくするのも、優しいのじゃなくて、嫌われたくないから、そうしている。

 

そうしないと、だれも自分のことなんか見てくれない気がする。君はそう思っている。

 

先生は相手の潜在意識にチャンネルをあわせて、読み取るリーディング能力というのが高い先生で、だれにもいってなかったことまで、当てられて、おどろいた。

 

涙で喉をつまらせた。

 

ただ別に怖いということもなく、この先生ならできるだろうな。という感覚でみていたのが自分でも意外だった。

 

道のイメージ

 

この鑑定で、僕は本当の自分がみつかった。心のそこから喜べる仕事、本当に好きだと、結婚したいと思える女性の存在にも気がついた。

 

この話のオチは、幸福の青い鳥は近くにいたという話なんだけど、何度かの旅をして、ボランティアをして、そしてこの先生に出会えて、はじめて青い鳥が目の前に現れた。

 

あなたには想像できるだろうか?いままで見えなかった青い鳥が、占い師の一言で、ジワジワ見えてくる感じが…。

 

こんなに身近だった青い鳥に何で気がつかなかったのだろう。

 

自分探し占い。本当の自分占い。どう表現するかは自由だけど。

 

自分探しで本当の自分にあった僕が、確実にいえることは、現状に満足できていない。苦しいとかんじるのなら、それは本当の自分じゃないということ。

 

本当の自分と出会えたのなら、もうそのレールから1mmたりともずれたくないと感じるものだと思う。

 

僕はいま、このレールから1mmたりともずれたくないと感じている。

 

これは親に引いてもらったレールじゃない。自分が引いたレール。

 

レールのイメージ

 

僕の場合は、自分の潜在意識にコンタクトを取ってくれた先生にアドバイスをしてもらった結果うまれたレール。

 

だから本当の自分のレール。

 

結果僕は自営業をはじめることにした。自分が心からしたいと思ったサービス業だ。

 

トモコさんとは、ビジネス形体はちがうけど、自営業仲間になった。

 

昔に付き合って自分から振った彼女と、復縁が決まった。

 

これも先生のお陰。

 

僕が彼女をまだ好きだと思っていることに、気付かせてくれた。

 

僕の潜在意識から彼女の意識にアクセスして、彼女の方も、まだ僕のことが好きだと思っていることも教えてくれた。

 

彼女にいった。

 

これからしたいサービス業のこと。そして彼女への気持ちのこと。

 

泣きながらOKしてくれた。そして全面的に協力するといってくれた。

 

彼女と結婚しようと思った。

 

婚約指輪のイメージ

 

両親にも話をした。彼女の親とも話をした。友人にも話をした。恩師にも話をした。

 

どんな顔をされるか不安だったけど、みんな「応援する」といってくれた。

 

それからどんどん人生が変わっていった。すこし怖くなるくらい話が進んでいった。

 

助成金などの話もでてきて、バイトをしてお金をためずに、仕事がはじめれることになった。

 

初めは少ないお客さんも少しずつついてきた。彼女と贅沢ではないけれど、人並みに生活できるようになった。

 

悩みことが出た時は、先生にもアドバイスをもらった。すると不思議とうまくいった。

 

結婚のイメージ

 

今月彼女と、小さいながらも結婚式をあげることになりました。

 

もしあなたが自分探しで悩んでいるのであれば、いちど相談してみるとよいと思います。

 

トモコさんも僕も解決できたので、あなたも解決できるかもしれません。

 

私が相談した先生は若菜(ワカナ)先生です。こちらのサイトは裏技があって、初回登録するだけで1500円分、チュートリアルっていうのをするだけで。2000円分。計3500円分無料で占なってもらえます。

 

 

チュートリアルは何分か時間がかかりますが、使い方を覚えるといだけのものなんで、やっとかないと損です。

 

PS:お忙しい先生ですので、予約しないと鑑定はムリです。

 

2019/8/21 追記
すこしまとめると、このサイトで結果的に本当の自分もみつけれたし、復縁もできました。結果論ですが、なにかそういうこともあるのかなと思って最近調べたところ、復縁占い当たるのはココ!という有名な復縁占いサイトで1位で紹介されているサイトだと発覚。しかも僕がみてもらった先生も紹介されていたので、復縁にもぴったりなのかもしれないと思いました。気になる人には貴重な情報だと思ったのでシェアしておきます。

 

 

 

 

44歳 男性 バンコクで自分を発見できた

 

44歳男性です。

 

私は工業高校を卒業してすぐに就職しました。

 

工場で使われるコンベアなどの設備を製造する会社でしたが、高卒で今一つ儲けの少ない会社だったということもあり、昇給もボーナスもほとんどなく毎日生活するのがやっとなほどの給料をもらうために日々通勤していました。

 

あるとき、これを定年まで続けることに嫌気がさし、首になってもいいやと思って無断欠勤してみました。

 

無断欠勤をし、さあ何処へ行こうと考えた時に、昔行ったことのあるバンコクへ行ってみようと思いすぐ翌日の航空券を買いました。

 

バンコクに到着し適当に屋台の席に座りながら風景を眺めていると、平日の昼間にもかかわらず暇そうにしている人たちが沢山いました。

 

日本で同じ状況だったらきっと街行く人々が白い目で見ていくことは間違いないと思いましたが、ここではだれもそんなことは気にしていない様子、それから、3日間毎日同じ屋台の同じ席から、何もせず生きている人たちを観察し続け、仕事をしてもぎりぎりの生活しかできない自分と仕事をしなくとも何とか生きていっているバンコクの路上生活者、結果としては大差ないように思えてきた。

 

搾取されるとわかっている会社に依存し続けてはならないと感じた。

 

日本に帰国し、無断欠勤から5日目会社へ出勤した。

 

部長が明らかに怒りの目をしておりすぐさま事情聴取が行われた。

 

そこで私は、何のために働いているか疑問を感じたこと、この会社に居続けても一生幸せにはなれないと思ったことなどはなし、やめることを告げた。

 

やめた後はしばらく何も考えず、家の中でボーっとして過ごした。

 

ボーっとするのに飽きたころ、そろそろバンコクへ移り住もうと思った。

 

それは自然の流れでもはや逆らうことはできなかった。

 

何の当てもなくバンコクへ来て、気が付けばもう10年が過ぎていた。

 

日本で思考停止の底辺会社員だった私でも環境を変え、意識が勝手に変わり、そこそこ儲けることができるようになっていた。

 

58歳男 才能が集まる街NYで暮らした 行けば分かる暮らせば分かる

 

 

 

50代男性、昔の話になってしまいますが、20代の頃のお話です。

 

 自分は若い頃から美術に興味があり、それと共に人生を生きてきたと言っても過言ではありません。

 

などとカッコいいことは言っていますが大成できた訳ではなく(笑)、それでも未だに美術への思いは冷めやらず、暇を見つけては作品を作っています。

 

若い頃は、美術の最高学部である東京芸大が東京にあったこともあって、ずっと東京に憧れていました。

 

大学は地方でしたが、幸い就職した会社の支社が東京にあったこともあって入社の年にすぐに東京に転勤、その後はそこで数年働いた後その会社をやめて、アルバイトをしながらいろいろなグラフィック展や美術展に応募する毎日が続きました。

 

いろいろな分野での日本のトップが集まる東京。

 

その世界を日々見る生活の中で、メラメラと気持ちの中に湧いてきたのが、今度は世界のトップの世界をこの目で見てみたい、そんな気持ちでした。

 

そこで頭に浮かんだのが、世界トップクラスの才能が集まってくる街・アメリカのニューヨーク。

 

そこにどうしても行ってみたい。

 

行くだけじゃなくて暮らしてみたい。

 

そして自分の才能がそこで通用するのか自分の目で確かめてみたい。

 

そんな気持ちでした。

 

そこでなんとか行く機会がないかと思っていたところに、とある小さな美術協会でアメリカニューヨークへの美術研修を募る募集があって、これは良い機会だということですぐに友達と一緒に申し込みました。

 

というのもその話を友達に話したら一緒に行きたいというので一緒に行くことになっただけなんですけどね(笑)。

 

その友達というのがアルバイト先で出会った哲学大好き人間でちょっと変わった人間、美術論などは哲学に共通してる部分があるので、よく酒を飲みながら議論などをしてたのです。

 

まあそれで実際にニューヨークに行くことになったんですが、直前になって一緒に行くはずの会長さんが「一緒に行けないから2人で行ってくれ」と(笑)。

 

海外の個人旅行なんて初めてで会長さんと行くというので何かあればその会長さんに頼めばいいと思って安心してたのに、いきなり全部自分たちで旅行のてはずを立てなければならず、これは焦りましたね。

 

その会長さんという人も見るからに怪しい人で、本当にチケットやホテルが取れてるのかも分からず。

 

ほんと何から何まで手探りの中でやっと現地に着きました。

 

予定ではそのホテルには2泊ぐらいしたら、その後は香港在住のアーティストさんが経営するアパートに行く予定だったんですが、肝心の会長さんが来ないことにはどうすることも出来ない。

 

もし詐欺だったらどうしようという不安の中で、数日後やっと会長さんがそのホテルに現れて安堵、詐欺じゃなかったってことで安心しました(笑)。

 

その後は、香港在住のアーティストさん所有のそのアパートに移動して、そこを拠点としながら会長さんの伝手を頼って、NY在住のいろいろなアーティストさんと会い、特にみんなNYで夢を追い求めてバリバリで活動してるアーティストさんばかりですから、スタジオも個性的で大きくて、スタジオを訪問するたびに、やっぱりNYは凄いと圧倒されましたね。

 

もちろんSOHOをはじめとした大小のギャラリーや美術館も全部行きましたし、何よりNYという街自体が落書き全盛の時代で、そこらじゅうに落書きがあって、しかもNYですから只の落書きだけじゃなくてその中で勝負してるグラフィティアーティストなんかもいたりして、どの絵も個性的でカッコいい。

 

もう街全体が熱かったですね。

 

まあそこから話したいことは山ほどあるんですが話が長くなってしまうので(笑)、いきなり飛ばして結論に行きますね(笑)。

 

とにかく若い時には、海外に行った方が絶対良い経験になります。

 

日本から想像する世界と実際に行ってみる世界とでは雲泥の差です。

 

それとただの旅行じゃ駄目です。

 

そこに実際に住むこと。

 

そうすることで初めて見えてくるものがある。

 

旅行だけじゃ絶対に気付かない世界がある。

 

そういうところが面白かったりする。

 

「迷うより、まず行け。

 

まず住め。

 

それが世界のどんな僻地だろうと、気になる場所には行ってみろ。

 

」です。

 

結局自分もその時NYに行ったことで、その経験があって、その後の道が開けたりもしました。

 

誰でもできない経験は、必ずその人の人生の糧となります。

 

若い人には、狭い日本に留まらず、ぜひ世界に目を向けて行動してほしいと思います。

 

 

 

 

ホームレスになって、自分をみつけること3カ月

 

 

僕は、自営業に失敗して、アパートをおいだされ、ホームレスにしばらくなったことがあります。

 

手持ちは30万ほどありましたが、アパートをおいだされるのが、確実だったので、アパートを引き払い、そのままホームレスへ、しばらく、自分を見つめなおす日々が3カ月ほどつづきました、行ったのは、東京の蒲田市でしばらく、ネットカフェ難民をしていました、たまに、野宿もしていました、なぜ、蒲田を選んだかというと、そこには、日本一やすいという、ネットカフェいちごがあったからです。

 

1時間100円です。

 

安いでしょ、ここでしばらく、昼間から酒をのんで、今後どうしようか考えておりました、月6万ほどの生活費でした、ネットカフェは、本当に、睡眠だけとって、あとは外でて、空き缶集めをしておりました、川崎市がとなりなのですが、川崎市は空き缶あつめていい市でした、ホームレスの支援になるということだからです。

 

朝早くからあつめて、午前10時ごろおわりますが、千円ぐらいのもうけでした、後はお酒をのんで、どうしよう?と考えておりました、9月ごろにネットカフェ難民になったのですが、11月ごろは寒くて、このまま、お金がなくなったら、冬は越せないと考えておりました、考えたあげく、私は勘当されていた、実家に帰る作戦をたてました、私が、実家をおいだされたのは、よく朝からお酒を飲んで、よく働かなかったからです。

 

ですから、父親に、お酒をやめて、ちゃんと、働くといいました、在宅ワークですが、これも、その1つです。

 

他にも在宅ワークたくさんやっております。

 

なんとか、父親を説得して、12月中旬には、実家にはいれました、その後2万円ちょっとの中古ノートパソコンをアマゾンで買い、在宅ワークを、朝からやっております。

 

今のパソコンは安いですね5core 8メモリで2万3千円でした、月給は10万ほどですが、ホームレスの空き缶広いにくらべれば、ずっといいです。

 

これからは、つまずかないよう、頑張っていきたいです。

 

 

 

 

 

 

30代の女 試行錯誤しながら 等身大の自分に気づく

 

私は現在40代半ばの女です。

 

独身で実家に暮らしています。

 

趣味はインドア派で本を読んだり映画を観るのが好きです。

 

私が自分探しを始めたのは30代になってからです。

 

「これがわたしだ!」と思えるアイデンティティもなかった私。

 

何か得意な事があるわけでもなく、見た目が飛びぬけて良いわけでもない。

 

私がまず実践したのは「自己啓発系の本」を片っ端から読みました。

 

引き寄せの法則やら、美輪明宏さんの本などです。

 

しかし、そんな事で急に何かが変化することはなくスピリチュアル系にハマってしまったのです。

 

スピリチュアル系って他の人から見ると異質なんですよね。

 

数年間ハマったあとでハタと他人の冷たい視線に気づきパワーストーンも全部処分しました。

 

その後「インドア派をやめてみたら?」という友達のアドバイスをうけて「アウトドア派」になろうと努力しました。

 

旅行に行ったり、休みの日は出かける用事で埋め尽くしました。

 

しかし、それも半年で息切れしてしまい断念です。

 

自分探し中は、夢中になっているので特に何も感じてはいないのですがハタと気づくと疲れている事に気付くんです。

 

仕事上、カウンセラーに会う機会があり自分探しってなんだろう?と問いかけてみると一笑されて終わりました。

 

「あなたはここにいるでしょ?何を探すのですか?」と。

 

一時期「内観」という本も読み、自分と向き合うという事もやった事がありましたが結局のところ何も分からなかった事があります。

 

そういうのもひっくるめて自分。

 

足掻いている自分。

 

楽しい自分。

 

それが、本当のわたし。

 

そう気づけた時に心が急に軽くなった気がしました。

 

今から思い返してみれば、そういう足掻いた時間も無駄ではなかったと思えます。

 

そうでなければ、最終的な結論に辿り着かなかったと思うので。

 

なので、今「自分探し」をしている人は呆れるくらいいろいろやってみればいいと思います。

 

ただ「自分探し」の目的だけは忘れないでおくことですね。

 

周りに流されてしまっては自分探しにならないので。

 

 

 

 

 

 

33歳 男性 有名な観光地を旅行 良い運気を浴び意識を変えられた

 

私は、30代の独身男性です。

 

地方に住んでいます。

 

趣味は、温泉巡り、プロ野球観戦、カラオケ、音楽鑑賞等です。

 

行動した経緯は、10代の時から比較的ネガティブで慎重に行動する性格で自分自身をずっと変えたいと思っていたからです。

 

行動した時期は、ここ二年ぐらいです。

 

その時の心情は、「自分自身を変えたい、運を味方につけたい、良いパワーを浴びたい」と思って行動しました。

 

その為に、今まで旅行しないような遠くの場所へ行きました。

 

行った所は、「伊勢神宮」、「猿田彦神社」、「姫路城」、「東大寺」、「金色堂」、「彦根城」、「松島」、「大内宿」、「スカイツリー」です。

 

これらを巡った理由は、良い運気のパワーを得られると思ったからです。

 

特に、「伊勢神宮」は内宮・外宮とも非常に神聖なるパワーを感じました。

 

色んな日本人観光客、外国人観光客、お店の人と触れ合うことができ元気を貰えました。

 

今までは、あまり旅行に行かないインドアなタイプでしたが、これらの旅行をきっかけに外にでよう、外に出なければ何も出会いも起きるわけがないと思えるようになりました。

 

私は、高校生の時にいじめにあったり仲間はずれにされたり非常に辛い過去があります。

 

それをきっかけに、人間不信や人前で話すのが苦手になってしまった気がします。

 

それが影響で、仕事でもコミュニケーションが上手くとれなかったりして辛い思いをしてきました。

 

色んなコミュニケーションの本や、意識や努力をして改善しようと続けてきましたが、あまり上手くいきませんでした。

 

30代になって、ますます自信を失ってしまいました。

 

後悔として、私は学生時代に自分自身の得意不得意の自己分析が良くできていなかったと思います。

 

学生時代や20代のうちに良く自分を見つめ直し、考えていれば自分には合わない選択肢を選ぶことは少なかったと思います。

 

自分の本当に苦手なことは、努力してもなかなか変えられない、時間がかかります。

 

一番大切なのは、自分自身を褒め、得意なことを伸ばし、「自己肯定感」を高めることだと思いました。

 

これからは、得意なことにチャレンジして自分らしく生きたいです。

 

 

 

 

 

 

 

22歳、女性、バイトで自分探し 自分にあった仕事を見つけるために

 

悩んだら動いてみるといい、という話をします。

 

大学生の頃、私は将来どんな仕事に就くか悩んでいました。

 

通っていたのは文理系で、業種としては企画職、制作職、総合職などが多い学科でした。

 

就職セミナーなどでいろんは情報は集められますが、自分がどんなことで食べていけるのかは誰も教えてくれません。

 

そこでまず、自分の得意/不得意をいろんなバイトをして洗い出すことにしました。

 

まずは高校生の時通っていた塾の塾講師に誘われたので、バイトをしてみることにしました。

 

「人に教えるのが上手い」と言われた事があったので、試してみたかったのです。

 

週一ですがバイト代は良く、習いに来ている子供たちも賢い子が多くてやりやすいバイトでした。

 

同僚には塾講師には同じ大学生も居ましたが、教員免許を持ちつつ教員の採用枠を待っている人が多かった。

 

そういう人たちは、子供に責任をもって教えていたし、熱意と志ありました。

 

あまり無責任に出来る仕事ではないなと思い、1年くらいで辞めました。

 

次にやったのは、友達に誘われた夏休みの事務バイトでした。

 

大学の制作授業が楽しかったので、丸一日デスクでパソコンに向かって仕事ができるか、自分を試してみました。

 

結果、難なく一ヶ月のバイトを終了させることができました。

 

人間関係の多い仕事より、没頭できる仕事が向いているかもしれないと、実績を作れました。

 

最後に、近所のドラッグストアの店員バイトをしてみました。

 

これは元々「苦手」にしている接客や体力仕事が、果たして務まるのかの確認でした。

 

接客はともかく、バイト仲間とのコミュニケーションや荷下ろしが苦痛で、やっぱり勤まりませんでした。

 

こうして私は、小規模のWEB制作会社に制作業務として就職することになりました。

 

向いてそうなこと、無理そうなこと。

 

自分で感じていることは割と合ってると思います。

 

でも、実際に体験して確認してみると、その認識がぐっと深まります。

 

ある程度悩んで、自分の中で「ここがはっきりしないな」と思ったら、小さくてもいいので、それを確認するための行動を起こしてみる。

 

そうすると、いつか自分の生きやすい場所にたどり着ける気がしています。

 

 

 

 

 

 

38歳女性 自分探しを10年、終結して初めてみえた幸福

 

専業主婦のこあらと申します。

 

思えば、20歳すぎから自分探しをずっとしていた気がします。

 

私は私立大学の文学部に入学したのですが、そもそもそこが第一志望ではありませんでした。

 

第一志望の大学にはみごとに落ちて、すべりどめのところに仕方なく入りました。

 

そこから自分探しが始まったといってもよいかもしれません。

 

大学に入ったものの、そこは第一志望ではないので、なんとなく悶々とした日々でした。

 

サークルに入ってみたものの、なんだか自分で自分に嘘をついているかのような感じがしていたのです。

 

サークルの先輩や友達と一緒にご飯を食べたり、ショッピングにいったりしてみても、「自分は本当にこれでよいんだろうか」と内心考えていました。

 

そこで、仮面浪人というのをして、第一志望の大学をこっそり受けたんですが、これもみごとに落ち、結局私はそのすべりどめの大学に四年間通いました。

 

仮面浪人で受験し落ちたときは、もうきっぱりとあきらめはついたんです。

 

そこで、ダブルスクールと称して、講義が終わると、コピーライターの学校に通いました。

 

もともと文章を書くのが好きで文学部に入ったので、できればその職業につきたいと思ったのです。

 

コピーライターの学校に通っている時は、なんだか自分が特別な存在になったような気がしました。

 

私が今通う大学で、コピーライターについて学んでいる人なんていないだろうな、なんて、今思えばバカみたいな優越感にひたってました。

 

そして、就職は希望通り、文章を書く仕事に就いたのですが、そこはものすごくブラック会社でしたので、体調を崩して退職しました。

 

そこからもやはり自分探しの日々でした。

 

今度はシナリオライターの学校に通ったのです。

 

やっぱり、文章を書く仕事に興味があったのですよね。

 

派遣社員として働きながら7年近く、テレビドラマの脚本について勉強しました。

 

けれど、そんなことを続けて、もう30歳が目前にせまってきたとき、私は自分探しの日々をやめようと思ったんです。

 

このまま自分探しをしていても、結局自分はプロの脚本家どころか、何ものにもなれない、そう思ったんですね。

 

シナリオライターの学校をやめることにしたのが、20歳すぎから自分探しをしていた時間へのピリオドでした。

 

思えば、それから結婚をして子供にもめぐまれました。

 

自分探しをしていた時は、結婚なんてするものかと思っていたんですが、やめたことで初めて普通の幸せに目を向けることができたんですね。

 

自分探しの日々は無駄ではなく、今の私を形成する大切なエッセンスになっていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

20歳女、自分探しで旅行や転職など試して新しい自分発見

 

 

40代、専業主婦です。

 

20代の頃正社員で働いていた仕事がにんげなどでイヤになりやめました。

 

その頃、何もしたくなくなり、全部が本当に嫌になっていました。

 

自暴自棄とまでは、言いませんが近かったように思います。

 

周りはきちんと仕事した。

 

自分の好きなことがあったりして毎日楽しくしているように見えました。

 

自分だけが一人したいことも分からず毎日ただ過ごしていることが不安に思えました。

 

なので、自分のしたいこと、できること何でもいいから探してみよう、と思い立ちました。

 

自分がしたことがなかったようなことをしようと、一人で旅行してみたり。

 

あと、勉強してみたりしました。

 

したことがなかったことをしたら新しいなにかが見えそうな気がしていました。

 

とにかくあの頃は、思いつくことをいろいろしてみました。

 

医療系の免許を取りに行ったり、新しい仕事をすれば変われるかもしれないと仕事探しもしたりしました。

 

この頃仕事は、いろんなところを受けてみましたが、ビックリするほど受からなくてすごくへこんでいました。

 

新しい自分を見つけたくて、仕事も変えようと思っていたのに受からないし、いろいろ新しいことにチャレンジしてもどれもしっくりくるものがありませんでした。

 

ただ仕事をしていなかったことで、すごく自分のことをきちんと考える時間はたくさんありました。

 

取り柄などもなかったのですが、自分を見つめ直すとなんでも真面目にやりとおすことや、簡単に投げ出さないなど自分にもいいところがあることに気付けました。

 

きちんとしを見つめ直すのもとても大切なことだと思います。

 

そう言う時間を持つのも長い人生のなかで必要なことだったように思います。

 

その時間があったことで、また自分がやりたいことについてきちんと考えることが出来ました。

 

なので、一度立ち止まってゆっくりこの先の人生について考えてみるのも大事です。

 

あわただしく毎日過ごしていると、ふとすごく疲れてしまったりしてしまうので少し休憩するのも悪くないと思います。

 

 

 

 

 

 

26歳男性、仕事と趣味を渡り歩き、答えは自分の中にあった

 

26歳男性、趣味はギターを弾くこと、ドライブ、釣り、料理です。

 

私は19歳から22歳あたりまでカラオケ屋さんのスタッフとして働いていました。

 

仕事は楽しくて順調だったのですが、周りの上場企業に勤めている友人などを見て劣等感を抱くようになったことがきっかけだと思います。

 

友人はやはり稼いでいる額も多く、それに比べて私は何をしているんだろうという気持ちに陥りました。

 

そこから、自分が何をしたいのか、何を求めて生きているのかが分からなくなりました。

 

先ず、お金をもっと稼いだら劣等感が消えるのではと思い転職を決意。

 

次の会社が見つかったのはいいものの、業務についていけず退職してしまいました。

 

ここからは次は良い会社かもしれないと考えてしまい、転職を重ねるという事態に陥りました。

 

定職に就かずにフラフラしているやつと思われていたことでしょう。

 

私はお金を求めているのか、それともやりがいなのか、職場の人間関係なのか、そもそも何に興味があるのかぐちゃぐちゃでした。

 

仕事がダメなら沢山の趣味に触れてみて、何か得られるんじゃないだろうか。

 

こんな考えが浮かんできました。

 

音楽しか趣味のなかった私ですが、釣りや写真、絵を書くこと、ダーツをする、サイクリングに出かけるなど様々なことをしてみました。

 

ですがほとんど長く続かずに終わってしまいました。

 

一通り終えてみてから、アドラーの心理学というものを知りました。

 

本屋さんで見つけて買いました。

 

簡単にまとめると、他人と比べて生きる人生なんて無意味という事柄が書かれていました。

 

この本には衝撃を受け、私は何をしていたんだろうという気持ちになりました。

 

正気に戻ったような感覚です。

 

私は私が納得できるお金を稼いで、音楽に携わり、日常を送ることが出来たら幸せじゃん!という考えに至ったのです。

 

そこからは周りの人の人生を気にせず、楽しく過ごせていると思います。

 

自分探しから私が得たものは、他人は他人で自分は自分。

 

比べること自体が間違いだったということです。

 

アドバイスになるかは分かりませんが、アドラーの心理学という本は本当に考え方を変えるきっかけになります。

 

ぜひ読んでみてから行動してみてください。

 

本を買うのが嫌であれば、ネットで検索してみてください。

 

大体の概要は把握できると思います。

 

色々試すのはそれからでも遅くはないですよ。

 

 

 

 

 

 

31歳 男性 失恋した後一人で自分探しの旅行へ行く

 

 

私は、現在31歳の男性で、神奈川県在住です。

 

私は、今から5年前に数年間付き合っていた女性に一方的にフラれて失恋しました。

 

私は、その女性との結婚を真剣に考えていたので非常にショックを受けました。

 

私は、暫く仕事に身が入らなくなり、ついには当時勤めていた会社を退職してしまいました。

 

 会社を辞めた後は、数日間家に引きこもっていました。

 

しかし、このまま引きこもっていても仕方がないと考え、ある日一人で京都に旅に出ました。

 

 京都についても、何日間滞在するかやどこへ行くかも考えずにふらふらしていました。

 

当てもなく歩くこと数時間、私は京都駅から徒歩20分ほどの所にあるお寺に吸い込まれていきました。

 

境内では、数人のお坊さんがいて、皆せっせと掃除をしていました。

 

また、本堂内ではご住職さんがお経をあげていました。

 

境内のベンチで暫く彼らを見ていると、なんだかお坊さんたちは皆、平穏無事な生活を送り悩み事がなさそうに見えてきました。

 

それと共に、私も俗世間を離れていっそのこと出家したいと思うようになりました。

 

私は、居てもたってもいられず、思い切って近くにいた若いお坊さんに自身が出家を考えている事を相談しました。

 

すると、そのお坊さんは、「お坊さんになったからといって悩み事が無くなるわけではありませんよ。

 

寧ろ、今私があなたの話を聞いているように、沢山の人の悩み事を聞いて理解してあげる立場にならなくてはいけないのですよ。

 

それがあなたにできますか?」と聞かれました。

 

私ははっとしました。

 

そして、お坊さんの問いかけに何も答えることができませんでした。

 

すると、お坊さんは「あなたのように、失恋や失業などで人生が嫌になってお坊さんにでもなろうか…という人の話をよく耳にしますが、私はそのように動機が不純な状態で出家してほしくありません。

 

あなたもまだ若いのですから、元の生活に戻って頑張ってみませんか?人生は山あり谷ありです。

 

」と私を説得しました。

 

私は、突発的に出家などという事を考えた自分をとても恥ずかしい気持ちになりました。

 

そして、お坊さんの言うように、自分に与えられた時間を有意義に使って生きていこうと考えました。

 

 

 

 

 

42歳、男性 旅行も勿論のこと日常の生活から自分探ししています!

 

私は40代、男性で運送業をしています。

 

私は若い頃、女の子にモテたくて色々と自分探しも含めて変えたことがありました。

 

自分はどんな女性がタイプであるのか、またどんなタイプが自分には合っているのだろうかなど他にもたくさん探しました。

 

そして、私はナンパをはじめ、合コンから街コンと様々なものに積極的に参加し相手を探しながら自分探しもしていました。

 

そして、次に自分探しにやり始めたのが旅行でした。

 

一人で旅行することによって、また新たな気持ちになって自分を見つめ直すチャンスだと思い、少し都会から離れた地方などへ行きました。

 

そこでまた一人しばらく滞在して自分をまた見つめ直したりしていました。

 

最近では年齢的にも40代となってきて、少しは落ち着いたのかあまりそのような自分探しなどを考えたりはしていませんが、30代のときには一時期たくさんの本を読みました。

 

最初はビジネス本だったのですが、後に自己啓発本へと移り行き物凄く影響を受けたのを覚えています。

 

勿論、今でもおかげさまでそのことが役に立ち、仕事や家庭にも影響を与えています。

 

また、それが私の自分探しを考えることを変えてくれたことにもなりました。

 

確かにその若い頃は世の中に出て何をしようか解らないときだったので自分探しと言い色々模索などしましたが、今はある程度もう社会に出て長いですので、今さら自分探しなどもさすがに逆に言えば出来ません。

 

しかし、とは言え自分探しと言うよりは言いかたが違うのですが常に物事を主観的、客観的、そして俯瞰的に見ることが出来るようになったので、今、自分は何をすべきかを冷静に考え見つめ直しています。

 

またそれを毎日毎日です。

 

ですので、自分探しを完全にやめた訳でもなく、勿論今でも自分の新しい一面を見つけたりもして自分で自分に驚くこともあります。

 

私にとって、自分探しはイコール夢のようなものであります。

 

いつまでも探求心、向上心を持って自分探しも続けて行きたいです。

 

 

 

 

 

 

 

二十五歳女 一人旅で自立する強さを得る

 

私が生まれて初めて一人旅をしたのは、会社に勤めて二年目を迎えた五月のことである。

 

高卒で就職し、ようやく二十歳を迎えた。

 

そこで私は、ふと思ったのである。

 

どこか遠くへ行ってみたい、と。

 

私はこれまで、母親の言いなりになって育ってきた。

 

母親の母校に通い、母親と同じ職種に就き、母親が望むまま高卒で就職した。

 

大学への進学を望んでいたが、母親が否定するなら私も従おうと、自分の意志を持たないままに生きてきた。

 

それほどまでに、母親の存在は私を蝕んでいたのである。

 

しかし、その呪縛に疑問を抱くようになった「きっかけ」があったおかげで、今の私がある。

 

その「きっかけ」とは、私の趣味である小説だ。

 

私は小説を書く趣味を持っている。

 

社会人になり、小説を投稿出来るサイトがあると知ってからは、そちらに作品を発表するようになった。

 

そこで知り合った方々との交流によって、私は自身の家庭の歪みに気付くことが出来たのである。

 

彼らには感謝してもしきれない。

 

本題に戻るが、一人旅への憧れはこの頃に生まれた。

 

もっと外の世界を知りたい。

 

もっと多くのことを学びたい。

 

膨れ上がる好奇心に突き動かされ、私はGWの連休を利用して旅立つことに決めた。

 

自分一人でこなす旅。

 

誰の指図も受けず、責任を持って行動することになる。

 

それは母親の庇護を受けていた私にとって、大きなチャレンジだった。

 

行き先は母親の故郷、長崎。

 

下調べをしてスケジュールを組み、たった一日の弾丸旅行を計画した。

 

何もかもが初めてで、不安で、けれども楽しい旅路だったことを、今でも鮮明に覚えている。

 

初夏の日差しで火照った体を冷やす、甘いミルクセーキ。

 

青空の下、ドレスを着て歩いたグラバー公園。

 

涙がこぼれそうなほどに感動した、大浦天主堂。

 

旅を終えた後、私は思った。

 

一人でも出来る。

 

私にはその強さがある。

 

母親に支配されていたことで気付かなかった可能性に、私は気付くことが出来たのである。

 

今では何事も恐れず、果敢に挑むようになった。

 

気になるイベントには一人で参加し、積極的に知識と経験を積み重ねていった。

 

そうするたびに、これまで見えていなかったものが見えてくるようになった。

 

母親の愚かさと、重ねてきた苦労。

 

生まれ育った家庭がどれだけ歪んでいたか、という真実。

 

見えていなかった方が、幸せだったこともあるかもしれない。

 

しかし、私は何一つ悔やんでいない。

 

外へ飛び出して、多くを学んで、私は一人で生きていく強さを得た。

 

それは悪いことではない。

 

むしろ良いことだ。

 

もし、劣悪な環境に身を置く若者がいるのなら、たった一人で遠くへ旅立つといい。

 

周囲に助けられていたことを知り、そこから学べることがあるはずだ。

 

見える世界も変わるだろう。

 

そのうえで、今の環境から抜け出すための戦略を考えるのだ。

 

心配はいらない。

 

一人旅が出来る能力があるのなら、大抵のことはどうにかできるようになる。

 

どうか、簡単に諦めないで欲しいと私は願っている。

 

 

 

 

 

 

 

23歳男 いじめにあってから気が付いた将来の夢 目標は高く

 

 

私は、現在、24歳で大学4年の男子学生です。

 

今の大学、学びたいこと、やりたいことができています。

 

なぜなら、私は、19歳の時にその当時通っていた大学を中退できたからです。

 

中退した理由は、人間関係でした。

 

その当時まで、人間関係でトラブルのようなものを感じたことのなかった私が、初めて人間関係に対して違和感を感じさせるような経験をしました。

 

それは、無視でした。

 

それまで、仲良く毎日の大学生活が楽しくて、朝は仲良くみんなで登下校をしていました。

 

はじめは、態度が冷たいなと思っていただけでしたが、気づけば学校の講義を一人で受けていました。

 

たまたま周りにいた女子のグループに”○○君は真面目だね、みんなの帰っちゃうんだね”と言われたことで気づかされました。

 

これはいじめられているのかもしれないと思うきっかけでした。

 

そう思ったときに、唯一同じグループの一人が私に事実を教えてくれました。

 

仮に私を含めた6人いたグループ内の事実を教えた子をB君だとしましょう。

 

そのB君は私のことは嫌いではなかった。

 

嫌いだったのは、グループを仕切っていたA君だったと教えてくれました。

 

その時B君は”周りの子も別に嫌ってはいないよ A君の雰囲気を察しないと次は自分に回ってくるから仕方ない”といってくれました。

 

その時私は、決心しました。

 

別の大学に行って、彼を見返してやりたいと。

 

このとき、悔しいという気持ちがエネルギーに変わることを実感しました。

 

それから私はその大学を半期でやめ、残りの半年間で大学受験のために勉強を始めました。

 

毎日、12時間勉強して、自分の学力もしかりですが、将来私がやりたいことが叶えられる学校を選びました。

 

そのために、必要な勉強して目標からの逆算をして今の大学に通っています。

 

そして大学ではやりたいこともできていて、今ではいじめてくれたA君にも感謝してます。

 

少し変ですが”いじめてくれてありがとう 私はあなたのおかげで努力することができた”と思っています。

 

見ている人に対して、アドバイスというか同じような、似たような経験をしている人は、逃げてもいいんだよと伝えたいです。

 

でもそのあとに必要なこともあります。

 

その選択をしたのは、あなたであるという責任を背負うということだと、負けないでほしいです。

 

そのあとに、そんなやつのためだけに、努力してほしい。

 

自分の正しいと思ったことをしてください。

 

なぜならば、人のせいにして生きていくことがその人にとって一番かっこ悪いことだと考えているからです。

 

 

 

 

 

38歳女 天職を求め自分探し 天職など必要なかった

 

私は38歳の兼業主婦です。

 

かれこれ15年もの長い間ずっと自分探しをしてきました。

 

私は子供のころから将来こうなりたい等の夢がなく、社会人になることを避けるように大学へ進学し、結局20歳で中退しました。

 

その頃から夢に向かって頑張っている友人や恋人、憧れの職業に就いて充実した生活を送る友人と、なんとなく楽しくもないアルバイトをして、そのアルバイトすらも続かず転職を繰り返す自分とを比べては、自分はなんで皆みたいに夢や目標も持てないんだろう、と焦ったり落ち込むようになりました。

 

自分のことなのに好きなことややりたいことがわからず、それさえわかれば幸せになれるはずだと思ったのが自分探しをし始めたきっかけでした。

 

まずはそれまでなんとなく適当に選んでいた仕事を、楽しそうと思ったり興味・関心の持てるものを選ぶようにしました。

 

しかし、楽しいのと思うのは最初だけですぐに飽きたり嫌になって相変わらず転職を繰り返し、結局何も変わらなかったのです。

 

天職を見つけること=自分探しの旅が終わること、だと思っていたので何をやっても天職だと思えないことにさらに焦り、占いに行って天職を聞いたりもしました。

 

30歳を過ぎてもこんな調子だったので、当時は先の見えない不安と苦しさで精神的にとても辛かったです。

 

その辛さや悩みをどうにかしたくて自己啓発の本を読み漁り、心理学を知ったことが自分探しを終えるきっかけとなりました。

 

夢や目標の有無や、これだ!と思えるような仕事に就くことと、自分の存在価値は無関係なのだと気づけたからです。

 

天職に就くことで自分に付加価値をつけて、自分ではなく他の何者かになろうとしていたことが長年自分を苦しめていた原因でした。

 

そのことにもっと早く気付けば15年も悩み続けたり無駄に転職を繰り返すことはなかっただろうに、とすごく時間を無駄にしてしまったことを悔やんでいます。

 

もう天職なんてなくてもいいやと思えるようになった今の私は、焦ったり不安になることもなくなり、平穏な毎日をのんびりと過ごしています。

 

自分探しをしたい本当の理由は、ただ安心して幸せな人生を送りたいから、ただそれだけなのではないでしょうか。

 

自分探しをする人は少なくないと思うのですが、昔自分探しをしていた自分を思い返すと、「じゃあ自分探しをしている今そこにいる自分は誰なんだ」とツッコミを入れたくなります。

 

今そこで悩んでいる自分がまぎれもない100%の自分です。

 

どんなにこんなの自分じゃない!と思う自分でも、まずはその自分を受け止めることが幸せへの第一歩ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

20代の失恋、自分磨きで克服

 

40代後半の主婦です。

 

私の20代は、試行錯誤の繰り返しで【自分探し】の旅の真っ最中だったといっても過言ではありません。

 

ちょうど20歳の頃、立ち直れないほどの失恋をして自信をなくしていました。

 

私は何のためにこの世にいるのかな?など、今思えばかなり重症だったと感じています。

 

失恋から1ヶ月後、これでは私がダメになる!私、あの人を見返す!と思い直すことができたのです。

 

まずは自分磨きが大切。

 

内面、外面共に美しくなりましょう!というマナースクールへ通うことにしました。

 

今の自分の心のあり方や、食生活、立ち居振る舞い、身のこなしなど、一つ一つを学び、教養を身につけていきました。

 

このスクールは、ステキな先生方がいてカウンセラーの方も在籍していました。

 

私が失恋のことを涙ながらに相談すると、先生は黙って頷いて聴いてくださり、「失恋でみじめにならなくて良いのよ。

 

また、あなたが一つ成長するチャンスだと思ってるから。

 

」と温かな言葉をかけてくれて、私は少しずつ本来の自分に戻っていくことができました。

 

無事、学校を卒業して、新しい職場で働くことになりました。

 

仕事を覚えて、周りの社員と仲良くなった頃、ある男性社員に「Aさん、ゴミを拾う仕草がなんか色気ある」と言われ、私は嬉しくなりました。

 

学校卒業後も、自分磨きは続きます。

 

当時、フラメンコブームでタブラオの舞台を鑑賞したことがありました。

 

ダンサーに魅了され、私もフラメンコを習いたい!そう思い、カルチャースクールに入会し、ダンスのステップや表現力、アバニコ(扇子)やカスタネットを使い学びました。

 

ダンスにはまっていた私は、信号待ちでステップの練習をしていて、道行く人に笑われたことも。

 

発表会は、社員の方が観に来てくれて、「Aちゃん、すごくサマになってた!カッコいい!」私は、やって良かった!と改めて感じることができました。

 

20代は古傷が痛みながらの自分磨きでしたが、したいと思えることにチャレンジしたことに後悔はありません。

 

振られた彼のことも見返すことができたと思っています。

 

そして何より、新しい彼ができたことが私の幸せでもありました。

 

失恋が私を変えてくれた!皆に感謝。

 

 

 

 

 

 

 

24歳女 病気を機に自分を知った

 

私は10年以上体の不調と向き合い、そのうち3年間は闘病期間として自宅療養をしていました。

 

そして最近ようやく闘病期間を終えることができ、三年前の自分とは変わったなぁと実感できます。

 

体の痛みや筋力の低下、身体が思うように行かない期間を経て、自分がどのように自分を探してきたかを綴りたいと思います。

 

まず、自分に病名がついたとき、正直絶望と安堵の両極端の気持ちがありました。

 

絶望というのは、自分がやっと掴んだ夢を手放さなければいけなかったこと。

 

そして安堵というのは、理由なき不調にずっと苦しんできたことから開放されたことです。

 

外資系のホテルに就職できたことは本当に自分の夢がかなった瞬間だったので嬉しかったですね。

 

しかし、徐々に自分の体が思うように動かなくなっていき、結果的に今までのように生活できなくなってしまったので、最初は現実を理解することから始まりました。

 

現実とは、まず、自分がなぜ病気になったのか、病気に対して無知な自分を変えていくことからスタートでした。

 

闘病をきっかけに自分探しをしたことについてお話します。

 

@本を読むことA楽しい恋愛をすることが主に自分を探せるきっかけになりました。

 

まず@本を読むこと 私は闘病2年目頃から読書を習慣にしました。

 

1日一冊読み終わることもありましたし、今も基本的にはお風呂の時間は必ず読書タイムにしています。

 

年間180冊程ジャンル問わず読みました。

 

そこで感じたことは、本にはたくさんの答えがあって、自分が固執していた考え方や概念がなくなります。

 

人と意見がぶつかるのは、自分が持っている物事に対する意見が一つしかないということなのだと気づきました。

 

本があるということは、その分の著者がいるということなので、『世の中にはいろんな人がいる。

 

十人十色だ』と実感します。

 

私にはすごく大きな発見でした。

 

私は本のおかげで自分の価値観や人生観が変わり、生活習慣や食事、趣味興味もすごく変わりました。

 

何より健康意識が20代前半から持てたということはこれからの人生にとても大きな強みになるかなぁと思います。

 

そしてAの楽しい恋愛をすることは、自分を幸せにするということです。

 

自分が幸せになっていいのだという感覚を持つことで、どんどん新しい出会いがやってきます。

 

どんな辛い状況に直面しても、その状況を冷静に受け止めて、本を読んで一人の時間を大切にしつつ、恋愛をして楽しい未来を想像することで自分を探していけると思います。

 

 

 

 

 

 

36才女性考え方を変えてくれた小旅行

 

36才女性です。

 

自分探しをし始めたのは20代のころ、仕事にも慣れてきてなにか人生の目標を決めようと思っていた時でした。

 

学生時代はなんとか学校に通い、特に友達が多いわけでもなく、勉強ができるわけでもなかった。

 

無難に就職はしたけど、最初は先輩にいじめられ、上司から冷たい言葉をかけられ、それでもなんとかやってきた。

 

数年たって部下もでき、仕事も軌道に乗ってきた、が、何か物足りない。

 

毎日家と職場の往復、たまに飲み会。

 

楽しくないわけではないけど、特に人生の目標もなくすごしてきたから、ふと「自分の人生これでいいのかな」と思い始めたら止まらない。

 

まずは自分って何なのか、何をすれば心が満たされて充実した人生を送れるのかな、と模索し始めたのが始まりだったと思います。

 

ネットで検索してみる、でも答えはもちろんみつからない。

 

そこで、行った事のない土地に旅行に行ってみると色んなものが見えてきました。

 

知らない人、知らない土地、自分の知らないところで人も社会は動いている。

 

様々な人がいて、それぞれの人生があって、みんなそれぞれ悩んだり楽しんだりしている。

 

自分探しをしようと意気込んで何か成し遂げよう、人生の目標を決めよう、と思っていたのが間違いだったのかな、と気づいたのでした。

 

普通に過ごせばいいのかな、と思い始めました。

 

ただ、ぼおっとするのではなくて、日常で少しの楽しみを見つける、小さなことにも感謝してそれを幸せだと思えるように努力する。

 

そうすれば、自然と少しの幸せを感じれるようになるのかなと思っています。

 

まだまだそれの途中ですが、根本的にはなにも変わってないけど、考え方を変えるだけで、今までよりは少し人生の充実を感じています。

 

ちょっと後悔していることは、休みのたびに小旅行をしていたから、せっかく貯めた貯金が随分減ってしまったことかな?でも、自分だけで考えてるのではなくて、世間を見ることはとても大切だなと実感しました。

 

 

 

 

 

 

34歳 女性 図書館で見つけたこれからの自分 足掻いてスッキリ

 

30代、フルタイムで働く女性です。

 

私は小さい頃から、イラストや漫画を描くことが大好きでした。

 

自然にそういった職業に就くと思っていたのですが、現実は環境や自分の勇気のなさに流れに流されて、全く違う仕事に就くことの連続でした。

 

それでも一度勤めた会社では気合を入れて頑張るのですが、頑張れば頑張るほど、自分が本来やりたかったことと違うことをしているような気分でいたたまれず、いつかはその仕事を辞めなければならないと言う妄想にとりつかれていました。

 

そうやって、ハッキリしない日々を送る中で、このままではいけないと言う気持ちはいつも心の奥底にありました。

 

そして段々と、現実と頭の中のギャップに疲れ果て、何かしなければいけないと、あがく時期に入りました。

 

具体的には、好きだったはずの絵や漫画を描くことです。

 

けれど、一度離れてしまったせいなのか、以前のように筆は進まず、また、楽しいと思えなくなっていました。

 

それ以外の趣味を持ったことがなかったものですから、膨大な日々の時間をどうすればいいのか虚無感に襲われて、難聴を発症してしまいました。

 

そんな中、図書館でいろいろな本を手に取って暇な時間をつぶしていると、少しずつ自分の興味の幅が広がっていきました。

 

宇宙の始まりや古代に生きていた恐竜などに興味を持ち始めました。

 

さらに家にこもってばかりでは良くないと、意識的にジムの体験に行ったり、10数年ぶりに自転車を購入して、あえて車ではなく自転車で出かけるようにしました。

 

そこから目に入る自然にも興味を持ち始め、野鳥観察にも手を出すようになりました。

 

双眼鏡を購入し、休みの日に自転車で自然の中をゆっくりとサイクリングし、野鳥が目に入ると自転車を止め、明るい空の下でのんびりと野鳥観察を楽しんでいます。

 

そうやって、これまでしたことのない経験を楽しんでいると、自然とペンを持つようになっていました。

 

それでも相変わらず今の仕事を続けているし、絵を描くことが何につながるかも、何を目指すかも決めていません。

 

けれど気がつくと、虚無感に襲われて人生に行き詰まっていた時の気分はずいぶん薄らいでいます。

 

同じように悩んでいる人に言いたい事は、自分で自分を見限らずに、自分以外の人の目や知恵を借りたり、外に出かけることで何かが見えることもあると言うことです。

 

 

 

 

 

 

27歳男ガールズバーに行き続けることで自分探し異性では納得できず

 

 

33歳男性になります。

 

都内在住、普段は会社員をしております。

 

27歳の頃、保険の外交員をしておりました。

 

ある程度、成績がよくスーパーバイザーの職位を得てマネジャーも経験しておりました。

 

ただ新卒からずっと仕事に明け暮れていて、地元が新潟ということもあり、遊んだ思い出や経験がないということに気がつき、このまま仕事人間のまま30代に突入するのは嫌だと思い、たまたまランチもやっていたガールズバーを知りいくようになりました。

 

普段行かないような場所や雰囲気からは想像できない場所に行くことで新たな自分を知れるのではないかとも考えました。

 

その時の心情としては、ある程度お金を持っていたので何か楽しいことに使いたいということが一番にあったと思います。

 

また普段会うお客様が年齢がご年配の方ということもあり、年齢が若い子とふれあいたいという願望もありました。

 

またバーに来る他のお客よりもお金を使うことで一時的な自己満足を味わいたいという心があり入り浸るようになっていました。

 

実際、ボトルを頼んだり、名前も知らない明らかに年上と思われるお客と一緒にシャンパンを上げたりするのは優越感をすごく感じました。

 

ただお酒や異性とふれあい続けても自分探し、自分のアイデンティティを確立することはできませんでした。

 

一時の快楽や自己満足を図るのであればすごく効果的だったのですがそれも慣れてくれば、なんでこんなにお金を使っているのかがわからなくなり、次第に足がとおのいて行きました。

 

結局、お金を無駄に使ったしまったという思いがお店に行くたびに感じてしまいました。

 

結局、お酒や異性、また優劣感を味わうということでは自分が何をしたいか、自分というものを見つけることができないという答えをしれたので、決して無駄ではなかったのでいい経験ではありましたが、他の人から見れば時間やお金の無駄という意見もあるかと思います。

 

こちらの記事を見ている方がいて、私がお伝えできることとしては、何かの経験が自分を作るのではなく、何かの経験を通して自分で自分を作っていくということを伝えたいです。

 

 

 

 

 

 

自分の思い出と歌の力

 

もう年齢は70代を超えています。

 

昭和に生まれ、平成も終わり、令和を迎える時代。

 

人生を振り返ると、人生は20代が色々感情の起伏があり、自分にとっても、燃え尽きたのではないかと思います。

 

新採で、職場であった人に一目ぼれしました。

 

この人が、わが将来の人と思いました。

 

春の暖かい日から、冬の寒い日まで、毎日毎日、その人の帰り道を待ち、偶然にあったように話しかけました。

 

相手も、まんざらでもなさそうでつきあってくれました。

 

5何十回のデートを重ね、雪降るに日に思い切って結婚の申し込みをしました。

 

申し込んだとたん、平手打ちに会いました。

 

そんな気持ちで付き合ったのではないとのことでした。

 

私のメガネが道路に落ち探しているうちに彼女は去ってしまいました。

 

その後、何回も電話をしたりしましたが、彼女ではなく親が出て「もう電話等しないでくれ」と言われました。

 

それでも、あきらめきれず彼女が帰る道で待ち伏せしましたが、自分を見たとたんに、道を変えるなど足早に過ぎあってもらえませんでした。

 

た。

 

今風に言えば、ストーカーみたいなことをしていたのかと思います。

 

でもその時は、真剣で、彼女との結婚それ以外の道は考えることができませんでした。

 

多分、死ぬことも考えていたと思いますその後、寂しさで、会社の有給休暇を利用し、一人で東北の昔からあこがれていた複雑多岐なリアス式海岸を歩きました。

 

また、北海道の襟裳岬で太平洋を見て大声で泣いたときもあります。

 

そんな時、北海道の景色の自然の雄大さに見とれていると、いつの間にか心の中に、いずみたくさん作曲と永六輔さん作詞、坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」が流れてきました。

 

そうか、みんな悲しいことがあり我慢しているのだと思うと今度は「上を向いて歩こう」が心に流れてきました。

 

その時、ふと、人生には、必ず良いことがあるはずだ。

 

我慢して生きようと思いました。

 

旅行から帰って、しばらくて彼女から連絡がありました。

 

あの時は突然言われたのであんな行動をとったとのことでした。

 

その時の、彼女は隣にいます。

 

若いときの気持ちは大事にしたいものです。

 

そして、その時、好きだった歌、愛された歌はとてつもなく大事で、その人に力を与えてくれるものだとつくづく思います。

 

 

 

 

 

 

 

読書と実践をして道を決めた

 

私は仕事が本当に継続できない39歳の男性です。

 

もちろん独身男性です。

 

私が本当に人生で悩んだり、迷ったりした時に自分を形成した経験をお伝えします。

 

まずは自己啓発の本、経済に関する本、アウトローな本を読んでおりました。

 

その中でも「エドハリス」のエグザイルスギャングに興味をもち。

 

いちいち小さな揉め事、小さな気持ちでは「揺るがない精神」そして「つまらないと思う仕事」に対する無念はなくなりました。

 

その上、くだらない失恋や別れた女のことなんて忘れました。

 

そして、私が本気で生きていく道を見つけました。

 

先述した読書の中に「ロジャーバー」という方の本にも助けれられました。

 

私の決めた道は投資家として生きていくという道です。

 

ロジャーバーは、まだビットコインが一円にも満たない時に何万円も購入した投資家です。

 

現在ではビットコインの神様とまで言われております。

 

そして私もビットコインにハマりました。

 

投資としてかなり稼がせてもらいました。

 

当時、正社員として勤めていた際に私はビットコインに出会い稼いだ上で仕事をやめることにしました。

 

投資、投機で今も稼いでおります。

 

また利益が薄い時は、派遣社員として仕事をしております。

 

今の生き方、サラリーマン稼業にイライラしてる人々はみなさんは働き方改革だけでなく、生き方改革をしていきました。

 

仕事は、所詮は「人生の一部」です。

 

人間関係の悩みなんて関係ないです。

 

いちいち気にするまでもなく、自分の生きたいように生きる。

 

私は読書、トレーニング、格闘技などをして精神的に強くなりました。

 

他にもアウトローの経済マフィアの本の影響を受けまくりました。

 

山口組直系の組織である「猫組長」ラッキールチアーノのお孫さんに当たる「マリオルチアーノさん」はすごいと感じました。

 

自分でも投資家として生きていると思ってるので、アウトローのすごい経済マフィアとしてはすごいと感じます。

 

特に、派遣社員として働いてどんどんやめていくと世の中のビジネス、シノギが見えてきます。

 

どんどん仕事を変えるのはビジネスをどんどん知る目的もあります。

 

私はそうやって、世の中の仕事なんてものは俯瞰で見れるってことを悩んでる人に教えたいです。

 

今の気持ちとしては、本を読んで色々修羅場を踏むことは最高に良いことだと感じました。

 

 

 

 

 

 

 

41歳女 もがいて思うままに動いてみたら今は幸せ

 

大学を卒業した後に、就職した会社でつまづきました。

 

今で言うところのパワハラ環境の職場で、当時はそれが社会人なら当たり前と思っていたので、我慢していた結果、体調を崩し、退職しました。

 

それからしばらくはもぬけの殻のようになっていました。

 

大学でもそのための勉強をしていたのに、もう同じ職種に就く気には到底なりませんでしたし、はて、これから私はどうしたらいいのだろうと、全く先が見えませんでした。

 

短期のバイトや、派遣社員として、さまざまな職種を経験してみました。

 

正社員として働くことが怖かったのです。

 

あれこれしてみましたが、これだというものには巡り合わず、数年間悶々とした日々を過ごしました。

 

時間は山ほどあったので、自分探しのつもりで、パンや和菓子などの料理教室、スポーツ系、アロマなど、少しでも興味を引くものはとりあえずやってみました。

 

どれも楽しかったですが、それと職が結びつくでもなく、どこか空虚な感じがありました。

 

そんな時、親の「海外に行ってみたらどう?」という言葉を聞いて、留学してみることにしました。

 

全く環境を変えてみる、それこそが私が思っていたこと。

 

飛びつきました。

 

ホームステイ先、学校選び、久しぶりに希望に満ちていました。

 

何かがあるはず!と信じていました。

 

1年間の留学予定でしたが、半年にして帰ってきました。

 

英語はそこそこ出来ましたが、まぁ辛い。

 

初めての海外生活だったこともありますが、何もかもが違うし、人種差別的なこともあったり、日常生活が不便この上なかったり。

 

私の根性がないからだ、と余計に落ち込みもしましたが、分かったことは、どこに行っても自分の中で解決しないといけないということ。

 

外に答えはないのだということです。

 

総じて言えば、私はこの答えを体得するために留学したように思います。

 

負け犬かもしれません。

 

そして、今現在は、別の国で暮らしています。

 

あの頃の海外経験、自分探しにもがいていた頃に通った和菓子教室、何もかもが無駄になっていないことを実感しています。

 

未だに答えが見つかったわけではないけれど、今はとても幸せに暮らしています。

 

とりあえず、色々やってみる、なるようになる、そういう使い古された言葉って、真実だから使われ続けているんだと思います。

 

留まってもいいし、それに飽きたら進めばいい、ピンときたらやってみる、それでいいんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

30歳男性 大金持ちに出会いお金の価値観がかわる

 

 

30代の男性です。

 

自営業(IT広告系)をやっています。

 

3年前〜1年間、自分探しに全国にいろいろな職種や成功者に出会い、交流を持ちました。

 

以前は上場企業に勤めていましたが、当時の仕事や、会社組織の中に居るということ、自由のなさや、自分の意志では動けなくて制限が多い、などということに疑問を感じてしまい、会社を辞めることにしました。

 

このまま自分は死ぬまで、自由のない窮屈な生活をしていくのか、一回切りの人生これで良いのか、という不安に襲われていました。

 

そして、3年前に決断して会社を辞めて、自分探しの旅に出ました。

 

具体的に行ったのは、いろいろな職種の人に実際に会い、直接話を聞くことで、世の中にはいろいろな仕事があるのだということ、いろいろな働き方があるのだということ。

 

そして、起業家や経営者、自営業者など、好きなことをただ仕事にして生きている人などなど、自由な暮らしをしている人、さまざまな生き方があるのだということを知りました。

 

一番大きく自分の価値観が変わったのは、起業家や経営者などの成功者から教わったお金の価値観でした。

 

仕事を辞めることで毎月給料が入ってこないという非常に苦しい思いはありました。

 

今もあります。

 

一度、数百万の貯金が、マイナスまで落ちたこともありました。

 

ただ、自分で決断したことなので、後悔していることは一切ありません。

 

今、あなたが勤めている会社や仕事を、自分自身で誇れたり、大きな悩みもなく、何の疑問もなく生活できているなら、そのままの生活を歩んだ方が良いと思います。

 

その場合は、今の延長上の生活をおいて、環境はがらりと変えない方が幸せに生きていけると思います。

 

でももし、今の仕事環境、生活が苦痛でしょうがない、このままだと自分はうつ病になるかもしれないほどに精神が蝕まれてきていると感じるなら(一度、うつ病判定の質問に回答するなどで、ストレスチェックをしてみた方が良いかと思います)、一度その環境から離れて、自分探しをしてみるのも良いかもしれません。

 

もちろん、今のあなたの環境にもよりますので、ガラリと変えることができない場合もありますので、今の生活を守れる範囲内でも、少しでも環境を変えた方が良いかもしれません。

 

ただし、大きく環境を変えれば変えるほど、余計に悪い状況になる可能性もあるので、そこは自己責任です。

 

どうなっても他人の責任にはしない人、責任転化などしない人だけ、参考にしてください。

 

 

 

 

 

 

50歳男仕事についてがんばろう

 

私はアパレル会社に勤めていた五十歳の男性です。

 

昨今のアパレル会社はどんどん斜陽産業と言われるが、私の勤めていた会社も例外ではありません。

 

もうかれこれ15年以上前ですが、価格破壊が進みユニクロや H & M、 それらの大量生産大量販売低価格と言う つを破壊するような会社がどんどん躍進していきました。

 

そのため価格がどんどん下がりアパレルという業界は しぼんでいきました。

 

私の会社もとうとう廃業に追い込まれることになりましたので、私が失業者になりました。

 

そもそもアパレルというのはファッションなので音楽芸術と同じようなところがあります。

 

同じセーター1枚にしてもファッションと言う付加価値が吐くことによって、ピンからキリまでの値段があるのです。

 

付加価値があるからファッションなので付加価値がなければファッションだとは思いません。

 

ユニクロや H & M で売っているものなどは日用品かと思えるような値段のものもたくさんあります。

 

私はそれらをファッションだとは思いません。

 

しかし、世の中がそれでいいという風潮であるならば会社の廃業は致し方ないと思っています。

 

この世の中にはファッションというものを必要としている人はごく限られた一部の人たちだけなのだと言うことです。

 

それからというもの仕事がなく大変困った生活になっていますが、希望を捨てずにこの年齢になってもやれることがあるのだろうと、また、誰かの役に立てるようなことができるのではないかと心を奮い立たせて仕事を探しています。

 

今は何とかアルバイトや日雇い作業として仕事をしておりますが、時代が変わるのでその時代についていくことを心の中に留め日々考えています。

 

自分の中ではいつも世の中の役に立てることが仕事になれば本当に幸せなことだと思いますので、その仕事に巡り会うまでは、探し続けなければならないと、心を奮い立たせております。

 

下を向かず上を向いて頑張っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

40代・未婚女性、お金をかけずに心を揺さぶる言葉を探す旅に出る

 

未婚、40代、女性です。

 

若い頃は、評価なんかされなくても、仕事をするのが楽しかった。

 

ただ、40代に差し掛かってくると、それなりに、評価もされたいな、なんて思い始めたのが悪かった。

 

こんなに頑張っているのに、誰も解ってくれない気がする。

 

地元の友人たちには子供がいて、20歳を越えたよなんて話を耳にする。

 

直接言われているわけでもないのに、自分が、欠陥のある人間のように思えてくる。

 

このままじゃいけない。

 

じゃぁ、自分探しの旅に出よう。

 

でも、超インドア派。

 

家でテレビや動画を観たり、マンガ読んでるときが幸せなタイプ。

 

テレビの旅番組で、充分満足できちゃうし、旅行なんて、疲れるばかりと、ずっと近場で、この歳まで生きてきた。

 

人生観変えるために旅に出る?無理無理、お金の無駄だし。

 

とはいえ、家でテレビを観ていても、なんだか、モヤモヤイライラ。

 

集中できない。

 

誰かにアドバイスをもらいたいと思っても、そういう友人もいないんだよね。

 

なにか、こう、お金をかけずに、自分の心を楽にする方法は無いかしら?そうだ!大型の本屋へ行って、心を揺さぶる本を探しに行こう。

 

自己啓発本なんて、全然興味が無かったけれど、こういう時に読まなくて、いつ読むのか!本は紙で読みたい世代。

 

ネットのオススメは鵜呑みにしない性格。

 

試し読みして、良かったら買えばいい。

 

良いとこだけ記憶して、買わなくたっていい。

 

知ってました?大型書店は、立ち読みにも寛容で、特に、メンタルのヤバい人向けの本のコーナーって静かで、あまり人の来ないところに作られていたりする。

 

売れてる本は平積みで、「人生に迷うあなたに」「認められたいをやめよう」なんてポップまでついてる。

 

めちゃくちゃ親切。

 

文字の波間を漂って、心を揺さぶる言葉を探す旅。

 

なんかカッコいい。

 

何時間居たのかな、3時間か4時間か。

 

数冊の本に出会うことが出来て、あとは、大好きな自分の部屋でじっくりと堪能するのみ。

 

ただね、琴線にがっちり触れてくる力のある言葉に出会った瞬間に、不覚にも立ち読みしながら号泣してしまい、酸欠になり、足はがくがく、ちょっとフラフラ。

 

誰も来ませんように。

 

誰も来ませんように。

 

と念じながら、涙をやっと止めました。

 

店員さんに見られていたら、二度とその本屋に行けなくなりそう。

 

気にし過ぎかな。

 

購入した本は、さすが、そのために書かれているだけあって、効果あり。

 

自分の欲している言葉って、人によっても、立たされている岐路によっても違う。

 

私は言葉を見つけたけれど、写真集を観て、心揺さぶる景色を探すのも良いし、旅行ガイドを見て、本当に自分を変えてくれる旅行先だって、見つけられるかもしれない。

 

どこかに自分探しに行くのなら、まずは、大型書店。

 

おススメです。

 

 

 

 

 

 

29歳女勇気を出して参加した交流会 将来の夢を持つ事が出来ました!

 

私は5歳と3歳の子どもを育てる主婦です。

 

子ども達が小さいので、幼稚園の送り迎えの時間や何かあった時にすぐにお迎えに行ける事、行事や役員などの参加もあって仕事はできず専業主婦です。

 

収入は会社員の主人が稼いできてくれるものの、私自身の収入が全く無いことに今現在モヤモヤした気持ちがあります。

 

それ以外にも「子ども達が自立したあとの自分」を思い浮かべてみると、 「いったい自分には何が残るのか?」という漠然とした不安が押しかかってきたのです。

 

子育てや趣味だけで人生を過ごすのも良いですが、「自分をスキルアップしたい」「何かを始めたいけど何を始めたら良いのか分からない」「でもとにかく行動したい」という思いが少なからずありました。

 

そんなある時、去年の話です。

 

ママ友に勧められて参加したのが「異業種交流会」というものでした。

 

様々な職業の方が集まり、お互いの仕事内容を紹介したり今後の活動の報告などをする会でした。

 

といっても私はただの主婦で職がある訳でもないので本当に緊張していたのですが、それでも参加可能との事でしたので子ども達を主人に預けて参加してみたのです。

 

「自分は何かをしたい」という思いを話しつつ、参加されていたたくさんの方から名刺を頂き、ただの主婦の私とは世界が違う人達と知り合えて、一気に人脈が広がったのです。

 

そこからはSNSを始めて、知り合った方のイベントや交流会へ参加しては更に人脈を増やしていったのです。

 

私の趣味は料理なので、あるときレンタルスペースを借りて「一日限定のカフェ」を開いてみました。

 

ここ数カ月で知り合った方々に声をかけて予定の合う方が次々と予約を入れて下さいました。

 

約50名ほどでお店に入れない方もいるほどでした。

 

仕入れや仕込みの時間、宣伝やメニューを考える時間はかなりかかるし本当に大変で疲れました。

 

ですが、「やり甲斐」が物凄くあったのです。

 

何も無かった私でしたが、この一日限定のカフェ開催の経験を通して、様々な気付きや発見があったのです。

 

それからも何度か一日限定の出店をして経験を積みました。

 

今ではこの経験を活かして「自分のお店を持つ事」が夢です。

 

何も無かった私が今は活き活きと生きていけるのも、思い切って参加してみた交流会をキッカケにここまで自分を磨き上げる事が出来たのだと思います。

 

不安や自信が無い気持ちは誰にでもあります。

 

失敗しても良いので、勇気を出して一歩前に進む事で自分の人生を大きく変えていけるのだと私は思います。

 

 

 

 

 

 

48歳女退職して長期間海外を放浪、結局は安定した人生が一番

 

現在既婚、子持ちのアラフィフ自営業主婦です。

 

まわりに流されるままに就職し、正社員として3年間働きましたが、同じことの繰り返しの毎日に疑問を感じて退職。

 

仕事自体は難しい仕事でしたが辛くはなく、職場でもとてもよい人間関係に恵まれていましたが、好きな仕事をしている、という実感はありませんでした。

 

退職をしてまずは東南アジアに一人旅をし、数ヶ月間長期滞在をしては日本に戻って派遣やアルバイトでお金を貯め、また旅に出る、という生活を5年間ほど送りました。

 

その間に旅先では日本で会社生活を送っていたころには知り合えなかったような様々な人種・職種の人と知り合い、自分では見聞をひろめたような、人よりも面白い人生経験を積んでいるつもりになっておりました。

 

1ヶ月間、ただ何もせずにブラブラと発展途上国を旅したり、地元の伝統芸能を習ってみたり、一人で観光したり。

 

英語も、地元語も、日常生活に不自由を感じなくなりました。

 

このままでは結婚もしない人生になりそうだと予感はありましたが、それはそれでいいのではないか、と各国からのヒッピーのような旅人たちを見ながら思っていました。

 

日本の友人たちは、その間にも毎日真面目に会社勤めをし、以前自分が送っていたような家と仕事の往復の日々を送っており、帰国して話すたびに「アナザーワールドの人」と言われ、自分はもしかしたらちょっと特別な面白い人生を送っているのかななどと自惚れることもありました。

 

しかし、30代のまんなかくらいまできて、ふと、飽きてしまったのです。

 

まわりを見れば、友人はみな家庭を築いて、子育ての真っ最中。

 

自分はといえば、歳だけを重ねて自分のことだけを考えて自由に生きてきて、守るものも何も築けていないことに気付きました。

 

結婚はしなくていいと思っていたのに、ふと、これからもこのまま一人で歳をとっていくのかと焦りと不安を感じ、そうなると自分はこれまで何をしてきたのだろう、と自分のこれまでの人生まで疑問に思えてきたのです。

 

そこからは婚活に励み、出産し、今に至ります。

 

自由に過ごした数年間を後悔することはありませんが、正しかったのかどうかよくわかりません。

 

実直に勤めてきた友人たちは、仕事でそれなりのキャリアを築いていたり、退職していても資格をとっていたり、感性のままにぼーっと生きてきた自分とは計画性も未来の設計図も違っていたように思います。

 

それなりに楽しかった数年間ですが、あのまま退職せずに勤め続けていればどれくらい貯まっていたかなとか、どんな人生だったのだろうと想像することも多いです。

 

自分の人生なので、冒険か安定か決めるのは自分ではありますが・・・自分の子供が将来同じようなことをしたいと言ったら、おそらく反対するでしょう。

 

特に何をしたいという明確なものがない間は、自分探しに踏み切るよりも何かを始めたいと思ったときに使えるお金を貯めておいたほうがよかったかなと、最近になって思います。

 

 

 

 

 

 

34 女性 病から自分探し 今は幸せ

 

 

 

私は、現在34歳女性です。

 

24歳の時に「パニック障害」と診断され今は服用している薬を減薬中です。

 

メンタルクリニックの先生に、「自我がない」と言われた時に、はじめて「自我とは?」「自分とは?」ということを考えるようになりました。

 

その時は「自我って何?」「どうやったら自我ができるの?」とすべてがクエスチョンマークでした。

 

でも、振り返ってみると、私の人生はすべて受け身の人生で、母親に言われたことがすべて正しいと思って生きてきたことに気が付きました。

 

それが悪いとは言いません。

 

ただ、そこに私の選択する力がなかったのです。

 

高校生の時に、担任の先生との面談の際に夢を聞かれた際に、私は「凡人になりたい。

 

」と真面目に答えました。

 

大学の進学も特にやりたい専攻がなかったので、なんで大学は普通科がないのだろう。

 

と真剣に考えた時もありました。

 

学生時代から何かこれをやってみたい!これに興味がある!ということが私には薄かったようです。

 

そこにもある意味「自我」がなかったようにも思います。

 

そんな私も病気を患ってから、自分探しをする中で、気づいたことがありました。

 

西洋医学での治療に加えて、東洋医学の治療もしていた私はいろんな種類の治療をしました。

 

けれど、完治には至りませんでした。

 

そこには、病を誰かに治してもらおう。

 

という気持ちがあったのです。

 

どんな病を治すのも、最終的には自分の力になると思います。

 

(私の個人的な意見です。

 

)自分を守れるのは自分しかいないことに気づいた私はそこから、自分との向き合い方が180度変わりました。

 

母親に言われたことに対しても、自分の意見を言えるようになり、自分で選択することができるようになりました。

 

そうやっていくうちに、「自分の人生」を歩めるようになりました。

 

自分の人生とは、自分に責任を持って生きていくということです。

 

どんな悩みや病でも、最終的に判断するのは「自分」になります。

 

いろんな占いや本を読んで自分探しをしたけれど、周りからどんなことを言われようと、自分を信じ、自分の人生の選択をするのは自分自身しかいないと私は思います。

 

そこから本当に幸せにつながっていくと思います。

 

 

 

 

49歳、男性、バイクで自分探しの旅へ 人生、出世だけが全てじゃない

 

 

僕は40代、男性、会社員です。

 

今まで、僕は会社ではモーレツサラリーマンでした。

 

同期の中でも自他共に認める出世頭で、40代にして部長になり、その後は本部長、そして役員まで行く事を夢見て今まで頑張ってきたんです。

 

けれどもそんな僕を2年前、無情にも病魔が襲いました。

 

会社で倒れてしまい、そのまま救急車で病院に搬送。

 

僕はそれから3年もの間、入退院を繰り返していたんです。

 

そんな体調の悪化からもちろん出世街道からはすぐに外れてしまったんです。

 

その時の僕は、今まで自分がひたすら目指していた目標を失ってしまい、それこそどうやってこの先生きていけば良いのか、人生のモチベーションを完全に見失ってしまったんです。

 

まさにその時の僕は魂ここにあらず、生きる屍、そんな言葉がピッタリでしたね。

 

しばらくは自分自身、自暴自棄的な生活を送っていたんです。

 

そんな僕は会社からリフレッシュ休暇をもらえる事になり、なんと連続20日間の休みを取る事が出来ました。

 

会社員にとって20日間の休みなんてそうそうありません。

 

私はこれを良いチャンスだと思い、この時間を使って自分探しの旅に出ようと決めたのです。

 

僕は愛車のバイクで目的地を決めず、思い立つままひたすら走り続ける旅に出ました。

 

バイクで出た、自分探しの旅ではいろんな人と出会ったんです。

 

それこそ、漁師のおじいさん、ひなびた田舎の交番の警察官、ふと立ち寄った銭湯ではとなりにいた知らないおじさんに声をかけられ、その夜はお宅に泊めてもらった事もあります。

 

それまで僕は人生とはサラリーマンとして生きる事しか知りませんでした。

 

今まで勉強して培った事を会社で思う存分発揮し、高い給料をもらってそれなりの地位に就く事こそが人生の成功だと信じて疑わなかったんです。

 

けれどこうして自分探しの旅で出会った人はそんな世界とはかけ離れた人たちばかり。

 

しかも僕には彼らがこの上なく幸せそうに見えたんです。

 

彼らは以前の僕にとっては決して幸せになれる部類の人ではなかったはずなのに、そんな彼らがとても人生を楽しそうに過ごしている事に僕は気が付きました。

 

ふと、自分の事を振り返ってみると、今までの人生って自分にとって楽しかっただろうかとと思うと、僕は心から楽しかったとは言えません。

 

その時、僕は本当に後悔したんですね。

 

もっと今まで広い視野で人生を見る事が出来ていたとしたら、自分の生き方も違ったものになっていたはずです。

 

けれども、今、その事に気がづけただけでも僕は良かったのかもしれません。

 

人生、何歳になっても方向転換は出来ると思うのです。

 

自分の人生、このままで良いのか、これが自分の人生のあるべき姿かと迷っている人も多い事と思います。

 

そういう悩みを持っている人は走り続けるだけでなく、少しだけ立ち止まって自分の立ち位置や、周りを見渡してみると良いと思いますよ。

 

それまで見えなかった事がきっと見えるはずです。

 

人生、いつでもやり直しはいつでも出来るのですから。

 

 

 

 

 

 

49歳・女性・自分が自然体でいられる場所を見つけられて、幸せです

 

私は小さい頃からずっと、生きづらさを感じていました。

 

自分ではごく普通のつもりなのですけど、「変わってる」と言われ続けていて・・・。

 

とにかく、楽しいふりしてましたけど、学校が嫌いで馴染めませんでした。

 

中学に入って、英語の授業が始まり、それと同時に洋楽に興味を持ち、どんどんのめり込んでいきました。

 

まだ行った事のない、海の向こうの、このミュージシャン達が育ったところは一体どんな所なんだろう?やはり、日本とは全く違うのかな?そんな夢想ばかりするようになり、いつか、イギリスに行って、自分がどう思うのか、どう感じるのか、体現してみたい・・・と思うようになりました。

 

高校を卒業後、アルバイトをして初めてイギリスに行きました。

 

飛行機を降りた瞬間、何だかとてつもなく懐かしい空気に触れたような感じがしました。

 

言葉は通じないのに、物凄く居心地良く感じて・・・。

 

それから、短大に進学しましたがイギリスの事が忘れられず、短大を卒業後に今度は半年間イギリスで住んでみる事にしました。

 

語学学校に通い、アルバイトをしながら生活したのですが、本当に、自分には行きやすい国だと思いました。

 

それはどこがどうという訳ではなく、感覚的に自分に合ってると感じました。

 

半年後、日本に帰って英語関係の仕事に就きました。

 

外資系だったので職場は外国人が多く、本当に自然に呼吸できるようになりました。

 

毎日がとても楽しくなった一方、でも、イギリスのあの空気が懐かしく、恋しく、結局は2年働いた後に移住しました。

 

そして、結婚して永住権を得て、今もイギリスにいます。

 

育った国だからといって、自分にとって行きやすいとは限らないのだと思いました。

 

別に世界中どこでも、自分に合っていると感じたところに住むのも悪くないと思いました。

 

思い切って、日本を出た後、勿論色んな事はありましたが、ずっと幸せだと感じ続けてきました。

 

息子が1人いますが、息子にも、生まれ育った国が生きづらいと感じたなら、世界中どこでも好きなところに住んで、自由に生きていって欲しいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

51歳女性 2週間のヨーロッパ旅行 目標に向かってのが嬉しい

 

私は51歳の女性で、現在の職業はフリーライターです。

 

今の仕事は約5年前から行っていますが、今に至るまで、仕事に関してはいろいろな悩みや葛藤がありました。

 

学生時代、私は具体的に将来自分がやりたい仕事が見つかりませんでした。

 

仕事に関する様々な情報を入手しても、どれもピンと来るものがありません。

 

その為、最初の就職は何となく流れでしてしまい、結局、3年ちょっとで辞めることになりました。

 

もし、強い意志があったならば、もっと長く勤めていたかもしれません。

 

20代の頃の私は自分探しをしながらも、今しかできないことをやろうと思っていました。

 

そのため、仕事以外の時間は友人たちと遊びに行くことがかなり多かったです。

 

自分の中でも今しか遊ぶことができないだろうと思っていました。

 

もし、早くに自分の目標や仕事を見つけていたら、そこまで遊ぶことにエネルギーを費やさなかったかもしれません。

 

しかし、20代の後半になり、家庭問題などが出てきた頃、周りの問題に振り回されて、自分を見失いかけそうになっていました。

 

そんな時に自分を救ってくれたのが、以前からやっていた語学でした。

 

最初は趣味程度で始めたのですが、日常生活を忘れて没頭することができました。

 

そして、数年後に、それをきっかけとして海外旅行をすることにしました。

 

2週間という期間の旅行だったこともあり、あえて転職はせずに、短期間のアルバイトをやることにしました。

 

実際、海外旅行をして帰国しましたが、自分を見つけることができませんでした。

 

しかし、帰国して少し経ったところ、ふと自分の中の何かが見えたような気がしました。

 

それからはその内容が具体化されていきました。

 

その後も語学の勉強を続けていますが、残念ながらいまだにその仕事に就くことはできません。

 

ですが、自分のやりたい仕事の方向に向かっていることだけは確かです。

 

もし、自分探しをしなかったら、今でも不平不満を言いながら、やりがいを感じられない仕事をやっていたでしょう。

 

そう思うと、現在の自分は一生をかけて自分の目標を達成していくという、ある意味壮大なプロジェクトに臨んでいる途中なのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

29歳男性 自分探しで各地を旅をしたが最後は仙台に落ち着いた

 

こんにちは。

 

当方29歳の男性であり現在は、自営業(フリーランス)をしている者です。

 

 高校を卒業して自分を探したくて、自分らしく生きたくて、そして自由を求めた自分。

 

 怖いもの見たさと、自分の力を試したくていきなり18歳のガキが東京の新宿歌舞伎町に飛び込みました。

 

  歌舞伎町でクラブのキッチンスタッフとして社会人を始めた自分でしたが、色々と勉強になりました。

 

 スタッフの事、お客様の事、歌舞伎町という町の事、ヤクザさんの事、風俗嬢さんの事、ホームレスさんの事、ホストさんの事、キャバ嬢さんの事。

 

挙げたらキリがありません。

 

 そして2年ほど歌舞伎町で頑張り、お金を貯めました。

 

次は京都まで旅をしたくなり、歌舞伎町での仕事を辞めてブラリと旅に出ました。

 

 京都は祇園に着きました。

 

祇園でとある和菓子屋さんに頼み込んで雇ってもらった事は今でも覚えております。

 

(笑)今でも交友があります。

 

 しかも住み込みですからね。

 

接客の仕方や、商品の提供の仕方、商品の歴史、京都の歴史、商品の作り方、等ここでも普通に生活していれば決して触れることのできない文化に触れる事が出来て刺激的でした。

 

 ここでも2年程頑張りましたね。

 

京都を発つ時に、思い出として蛇の目傘を購入しました。

 

 そして、急に歌舞伎町が恋しくなり歌舞伎町に戻ることに。

 

歌舞伎町に戻ったらみんな歓迎して出迎えてくれました。

 

ちょっと感動しましたね。

 

(笑) ここでも4年程頑張りましたね。

 

 次は仙台が恋しくなり、仙台へ!仙台に着いてみたら、東北人特有の温かさというか、優しさに触れて仙台に落ち着くことになりました。

 

 右も左もわからない自分に、仙台の人達は優しく丁寧にユーモアを交えながらご教授下さいました。

 

 とあるイラストレーターさんと知り合い、今はそのイラストレーターさんの下で色々教わりながらですが、何とか自分でも人の助けを借りながらですが、自営業(フリーランス)を出来るようになりました。

 

 後悔していることは、不思議とないですね!やっぱり自分らしく自由に生きるのが一番ですよ! 最後になりますが、アドバイスとしては人に迷惑さえかけなければ、自分らしく自由に生きるのがいいと思います。

 

  一生に一度しかない人生です!人生は自分のためにあると思うし、自分は自分が可愛いので生きたい様に生きました。

 

  そして、これからも生きていくことでしょう。

 

 僕の人生も、皆様の人生も、最後は笑って終われるような人生にしたいですよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

35歳男性がむしゃらに走り続けた最高

 

35歳男性、今は教育機関での事務を行なっております。

 

高校生の時に、なりたい自分を思い描き、大学では建築学科に入学し、設計士への道へ進もうと努力してきました。

 

当時は、建設業界も荒れており、耐震偽装の問題など数多く報道されていました。

 

そのため、建築士の受験内容も大きく変わり、いっときに比べると、合格しにくくなったように感じます。

 

また、設計士は地を這うような収入の中で、技術を学ぶといった、ある意味職人の世界であるため、思っていた以上に華やかさはありませんでした。

 

常に孤独との戦いのようにまで感じました。

 

大学卒業後、一度は建設業界で仕事するものの、自分が本当にやりたかった事なのかという葛藤にかられ、設計士の道へ進むことは諦めました。

 

夢を諦めたという大きな決断から、進む方向を失い、自分探しへの時間を過ごす事になりました。

 

色んなことしました。

 

郵便局のゆうメイト、派遣会社でソーラーパネル作り、製薬会社の営業マン、旅館でのアルバイト、がむしゃらに自分のしたい事や自分に出来ることをただひたすら探し続けました。

 

そんな時間を過ごしている時、知り合いから声がかかり、教育機関の事務職を受ける事になりました。

 

最初は興味もなく、ただ、今より収入が上がり、安定するといったことだけで、試験を受ける事にしました。

 

不安だらけでした。

 

事務経験もなく、知識なんてありません。

 

人とのコミュニケーションも得意ではありませんでしたし、積極的に仕事を掴みに行くタイプでもなかったので、不安でいっぱいでした。

 

この時の感情は、ただ、後悔だけはしたくなかった。

 

今まで出会ってきた人や、自分の周りの人達に感謝を伝えたかったから、一度夢を諦めたから、もう諦めたくなかった。

 

今の職場に勤めて10年が過ぎましたが、初めはやりがいや、楽しみ、達成感など感じる余裕もありません。

 

建築士を諦めた後ろめたさがあったため、自分の仕事の価値に気がつくことができませんでした。

 

世の中には働きたくても働けない人がいる。

 

自分の人生の中心が仕事にならなくていい。

 

など自分の心に少しの隙間を作る思考を取り入れ、余裕を作ることで、仕事の価値ややりがいに気がつくことが出来たと、今は思っています。

 

スティーブン・ジョブズが言ったように、点と点はいつかは線になると、今は心からそう感じています。

 

 

 

 

 

 

 

ブログ作成をきっかけに、自分の心がわかった体験談

 

 

どうも始めまして。

 

賀茂茄子と申します。

 

今回自分探しについて述べさせていただきます。

 

昔大学の研究が上手く行かず、うつ病一歩手前まで行き、長期休暇を取ったとこがあります。

 

その休暇中に、「このままでは行けない、何か行動を起こさないと行けない」と思い、自分探しを行いました。

 

まずは「運動」をしようとして、30分程度ウォーキング、元気なときはランニングを毎日2週間程度続けました。

 

結果としては、あまり効果は高くなかったのですが、気分は晴れやかになったと思います。

 

次に「一人旅」に行きました。

 

場所は奈良県の方に行ったり、長野の方に行ったりしました。

 

自分探しとしてはあまり得られるものは無かったのですが、非日常的な体験をすることによって、自分の中にある心のつかえが取れたような気がしました。

 

特に自然に触れることは重要だったと思います。

 

川のせせらぎやハが揺れる音を聞くと、心が浄化されるような気持ちになりましたね。

 

最後に今も続けている、「ブログ作成」を行いました。

 

これは非常に効果が高かったです。

 

大学の研究では当然論文を書きます。

 

教授が厳しかったため、文章の書き方を徹底的にたたきこまれました。

 

そこで身につけた能力を活かせるものとして始めたわけですね。

 

まず思ったことを書くことで、自分が何を考えているのか、客観的に見ることが出来ました。

 

これが心の回復にはかなり効果がありました。

 

またブログは閲覧数が表示されるので、「ああ、今私の記事が世の中の人に見てもらえてるんだ」と、嬉しい気持ちになりました。

 

つまり自己承認欲求が満たされたわけですね。

 

コメントが付けばそれはそれは喜んだものです。

 

それによって「また記事を書こう」という気分にもなりますね。

 

文章を書くことが好きなのだ、ということも感じさせてくれました。

 

さて、この文章をもし読まれている人がおられるなら、ぜひ「ブログ」作成をやってみてほしいと思います。

 

難しく考える必要はありません。

 

自分が思ったこと、感じたこと。

 

それらを綴るだけでも、自分の中にあるものを外に出せると思います。

 

ぜひお試しあれ。

 

 

 

 

 

 

39才女、自分探しは自分探しのための本当の手段ではない

 

 

私は30代後半の女性です。

 

職業はIT企業でサポートエンジニアをしています。

 

私もこれまでいろんな自分探しをしました。

 

自分探しは、大学受験のときや就職活動ではじめて行ったと思います。

 

でももっとも自分を探したのは入社して2,3年目くらいの頃だったと思います。

 

その新卒で入社した会社は自分の第一希望からはほど遠い会社でした。

 

入社して2、3年目の頃は、まだ会社の戦力とも言えず、失敗も相当する時期です。

 

それに自分の仕事をうまくカバーしてくれる先輩や上司がいるから、自分の存在理由なんてない状態です。

 

もしかしたらこの仕事は天職じゃないのではないだろうか、自分に向いている仕事は他にあるんじゃないだろうかと考え続け、そして悩みました。

 

仕事でうまくいかないことがあると、その仕事をやっている自分は自分じゃない、と自分で自分を否定することもありました。

 

そんなときには自分探しの旅と称して、自己啓発のセミナーに通いまくったり、自分探しに関わる本を読み漁りました。

 

自己啓発のセミナーは、遠出をして行く必要があるものも中にはあり、私の給料や貯金が自分探しのために消えていきました。

 

そして、何気なく流されて行きている周囲の人間と違って、私は自分を探そうとしていると考えると、一種の優越に浸ることができました。

 

そのようなところで得た知識は、一時的な心の癒やしというか、自分探しの答えを与えてくれるものではありました。

 

でも、結局のところそれらは自分探しのために必要な真の答えを教えてくれるものではなかったから、自分という人間について次の疑問が浮上します。

 

なぜならば、自分探しの答えは、自分の現状と、自分の心の中にしかなかったからです。

 

セミナーに行っても、自分の現状が変わるわけではないからです。

 

それがようやくわかり始めたのは、30代の半ばで、今では今の自分としっかり向き合って、現実をしっかり捉えてから行動をするようにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

29歳女 ひたすら情報収集と自問自答 選んだ道に悔いなし

 

 

29歳、女性、専業主婦です。

 

私が自分探しのために行動した時期は高校3年生の時です。

 

行動したきっかけは誰もが通るであろう進路決定をするためです。

 

当時、私はウエディングプランナーに憧れていました。

 

何かきっかけがあったわけではないのですが、小さい頃からウエディング情報誌や結婚式場のチラシを見たりすることが好きでした。

 

元々イベントを企画することが好きだったことや、新たな旅立ちを応援出来る仕事だということに魅力を感じていたように思います。

 

しかし、当然ながら結婚式は土日に多く行われます。

 

そのため、結婚して子育てをするのであれば一生続けていくのは難しい仕事なのではないかと高校生ながらに感じていました。

 

もうひとつ興味があったのは福祉関係の仕事です。

 

兄に知的障害、姉に精神障害があったことから、私にとって障害というものはとても身近なものでした。

 

また、社会福祉士や精神保健福祉士といった国家資格があることも魅力でした。

 

当時の私は自分の情熱と現実の間で揺れ動いていました。

 

自分の心に正直になるのであればウエディングプランナー、長く続けることや安定を考えると福祉の仕事と思っていました。

 

決断するために私がとった行動は情報収集をすることと、ひたすら自分と向き合うことです。

 

当時ガラケーは持っていたものの、パソコンは持っていなかった私はインターネットで情報収集することが容易ではなかったため、主に書籍が情報源となりました。

 

関連する本を借りたり買ったりして、自分なりに色々調べました。

 

また、自分はどのような人生を歩みたいのか、そのためにはどのような仕事が良いのか等、自問自答を行いました。

 

その結果、選んだのは福祉の仕事。

 

自分は結婚して子どもを産んだら、その子が休みの時に一緒に過ごせる仕事が良いと思いました。

 

また、国家資格があれば引っ越したり、ブランクがあったりしてもまた働きやすいのではないかと考えたのです。

 

その後、大学に進学。

 

精神保健福祉士と社会福祉士の資格を取得し、5年半働いた後、結婚で他県に引っ越すため退職しました。

 

現在は子どもが小さいため専業主婦ですが、資格を取得し経験もそれなりに積んだため、再就職に関する不安はあまりありません。

 

福祉職と選んで良かったと思っています。

 

しかしながら、心のどこかで若い情熱のままに突き進んでいても良かったんじゃないかという思いもあります。

 

この記事を見ている方にアドバイスがあるとしたらとことん自分と向き合ってほしいということです。

 

もちろん、心の片隅に思いは残っています。

 

しかし、後悔はありません。

 

それは高校2年生なりに一生懸命悩んで出した答えだったから。

 

あの時中途半端なことをしていたらきっと後悔していたでしょう。

 

大切なのはどの道を選ぶかということだけでなく、選んだ道をどう後悔しないように生きていくかということでもあると思います。

 

自分と向き合うことは時に苦しさを感じます。

 

でも逃げずにじっくり向き合ってみてください。

 

きっと答えが見えてくると思います。

 

 

 

 

 

 

21 男 自転車というツールによる自分探し 明るい気持ちです

 

 

広島出身の21歳男性です。

 

趣味は自転車競技と自転車旅行、車でのドライブです。

 

昔の性格は内気でゲームが大好きなインドア派の男の子でした。

 

高校3年生の頃友達があまりいなかった自分はネット、SNSに没頭してしまいいろんな人と関わっていくうちに自分の存在意義や自分とは何かといういろんな思いが渦巻いていました。

 

ネットで人間不信と疑心暗鬼になり、外の人間とコミュニケーションをとるという事が恐ろしくなったいたことを覚えています。

 

そこで見つけたのが自転車というツールでした。

 

私の恩師にしまなみ海道というサイクリングロードに連れて行ってもらったのです。

 

風を突っ切っていく爽快感、パンク修理で助けてくれた人、自転車で繋がるいろんな人たち、自分が今まで見ていた世界が広がっていくように感じたのを今でも鮮明に覚えています。

 

そこから自転車に没頭するようになり自転車を通じて学校の友達と仲良くなり自転車の旅をするという計画を立てました。

 

テント泊をしながら香川県にうどんを食べにいくというビックな計画を立てました。

 

途中休憩のコンビニ等で話しかけてきてくれ、私たちに温かい支援をしてくれる人たち。

 

旅の途中でアクシデントが起きた時に助けてくれた人たち。

 

私はこの旅で今まで不安だった要素が断ち切られ内気だった性格も変える事ができました。

 

自分という柱を大いに立てられたと断言できます。

 

そこからはSNSでも自転車ショップなどでもいろんな人と知り合う事ができ今ではたくさんの友人がいます。

 

後悔していることはありません。

 

自分というものは自分がアクションを起こし他人からもアクションを起こさせることで自分というものが形成されるのです。

 

自立という言葉はありますが他人からの支えがあってからこその自立、人は一人では生きていく事は難しいのです。

 

自分探しの旅に出てみましょう。

 

自転車でなくともツールは何でもいいのです。

 

ドライブに行ったり、散歩してみたり。

 

見える関わる世界の幅を増やして、自分という存在の小ささを肌身で感じ取り、他人と関わることにより自分を見つけ出してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

25歳 女 大手企業生活よりフリーター生活でも十分

 

 

 

私(女)は今都内でフリーターをしています。

 

私の仕事と自分の人生を見つけなおした体験談をお話しします。

 

5年前に大学を卒業し、大手企業に就職しました。

 

初めは仕事に一生懸命で配属先ではおつぼねさんに嫌な思いをさせられそれでも負けじと休憩もなしに仕事をしてきました。

 

そんな中でも先輩に褒められたり、努力を感じ取ってもらえて責任ある仕事も任され楽しくなっていました。

 

 そんな私が自分探しを始めたのは入社3年目に入ったとき。

 

異動が発表されました。

 

休日にきた1本の電話で異動を知らされ、まして異動先は忙しい大変な部署へ。

 

電話を切って涙を流しました。

 

「せっかく仕事が楽しくなってきたのに」「なんで私が」と。

 

しかし、大変な部署への異動は栄転なんだと気持ちを入れ替え、その後も仕事に専念しました。

 

 異動先は家から90分ほどかかり毎日座れない、人にあふれた満員電車で通勤。

 

朝8時前に家を出て帰ってくるのは9時ごろ。

 

そんな私が自分を見失ったのは気づいたときに自分が仕事以外何もなくなったと知ったときです。

 

入社当初はシフトが出ると休みの日に毎日遊びの予定を入れ仕事の休憩には先輩方と恋バナをして、仕事が始まれば今日はこんなことをしようと計画をたてそれが終わればみんなでご飯を食べて帰って…そんな毎日がいつしか通勤時間には自己啓発で300頁もの本を読み、休日は昼過ぎまで寝てお昼が過ぎれば明日から〇連勤か…と考え始め、仕事中は同期との競争を意識して会議に出れるだけ出て言われるがままなにも楽しさなどなく過ごしていました。

 

 気づけば入社時に計画していた仕事を3〜4年したら寿退社してるかな〜と軽く考えていた夢の年齢になり焦り始めました。

 

そこで私は自分の人生を探し始めました。

 

気楽に考え仕事も減らし連休で海外へ行き通勤は立ちながら睡眠、次の日は考えず夜からでも遊びに行きました。

 

しかし、それでは仕事で上に行けないことも分かっていたので退職を決心しました。

 

 退職後は半年とことん遊び、旅行へいき就職活動を始めました。

 

初めは正社員としてまた大学へ行かせてくれた親に恥のないようしっかりとした会社を探しました。

 

しかしさらに半年が経ち私はフリーターを選んだのです。

 

私はフリーターになってから物欲が減りました。

 

100円均一ですら「本当にこれ使うかな?」と考え、洋服はいらなくなったものをフリマアプリで出して新しいものを購入しています。

 

そんなときにクレジットカードの年間使用額を見るとが過去の半分に。

 

そして携帯アプリで簡単な家計簿をつけると貯金額も変わらずタダで自分の時間だけが増えたのです。

 

仕事を辞めた後の健康保険料や住民税、年金など今までただ生きるだけでこんだけお金払っていたのかと怒りと悲しみが募り、始めは苦しい時もありました。

 

しかし、それが過ぎると保険料なども減り今は好きなものも旅行も我慢しないほど自由に生きて将来を考えています。

 

 仕事を辞めた後悔はありません。

 

親戚の人に会った時に「仕事何してるの?」と聞かれてフリーターと答える時の親の気持ちを考える時は少し申し訳ないと思いますが…仕事をしていて得ることが増えることも重々わかっています。

 

しかし、それ以上にこの年でしか出来ない今の時間をタダで見つけたことに私は成功を感じています。

 

このご時世仕事なんてしようと思えばいくらでも出来ます。

 

私は自分の時間に飽きたらまた人一倍働く気で今フリーター生活を過ごしています。

 

 

 

 

 

36歳男性 ブログで見つけたもう一人のわたし

 

 

はじめまして。

 

簡単に自己紹介をさせて頂きます。

 

私は現在30歳後半の男性です。

 

現在は経理のお仕事をさせてもらっています。

 

今まで惰性で生きてきた人生tになります。

 

自分探しということで何のために生きているのか自問自答しながら毎日を過ごしておりました。

 

ただただ、会社と自宅の往復の日々を過ごしておりました。

 

そんな自分に嫌気がさしたりもしつつ何か行動を起こすこともなくという感じです。

 

結構、家族の借金の肩代わりをしたりと色々な経験をしているつもりではおります。

 

無趣味というか誰かにこれが私の趣味ですと強く言えるものがなくそんな状況です。

 

そんな折、何か副業を始めてみようと考えてみました。

 

パソコンをいじることが好きだったのでブログを開設から考えてみました。

 

私自身の仕事の内容を誰かの為に発信できればいいなと少しでも収益としてできれば楽しいかなと思ったのが動機でした。

 

しかし、調べてみると意外と難しいことが分かりました。

 

SEOなど色々な用語や仕組みに戸惑いつつ進めております。

 

しかし、匿名性を保ちつつ別の自分を演出して文章を書くことが意外と楽しかったです。

 

誰かに読んでもらえる文章を心がけておりますが手を動かしてひたすら慣れと実践が必要なことが分かりました。

 

そんなことで自分が何をしたいのか趣味を発見できたのは大きいところです。

 

まだまだ、未熟な部分勉強することは多くあります。

 

一番の後悔は大学の時にもう少し頑張っていれば良かったかなと感じるところです。

 

このフレーズも大体の人が後悔する時の定番文句のように思います。

 

ごく一部の大学生は既に気づいて起業したりとアグレッシブに活動しています。

 

羨ましさも感じます。

 

そんな行動力が欲しいと感じます。

 

何かをするにはリスクが伴いますが多大な代償を払う場合には慎重を期す必要がありますが、些細なものでしたらます、一歩を踏み出してみたらとどうかなと思います。

 

こんな私の拙い文章ですがここまでお読み頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

自分探しには回り道も必要です

 

現在はIT企業に10年務める会社員です。

 

この会社に入社するまでに挫折を味わい、自分探しをしました。

 

そして自分の適正を見つけ、現在に至ってます。

 

その時の事が参考になればと思い体験を記します。

 

この会社に入る前に大学受験を2度ほどトライし、合格できませんでした。

 

私の過程は裕福ではなかったので、国立大学以外は認めて貰えませんでした。

 

しかし、私は国立大学に合格出来るだけの実力がなかったのです。

 

2度の浪人を経て、それでも合格出来ないので、自分は勉強する事が出来ないんだなと理解し、諦めました。

 

これ以上、両親に金銭的負担をかけられないし。

 

そうして、自分の新しい道を探しました。

 

特別にスポーツが出来たり、推薦されるような特技もないため、この先、どうすべきか悩みました。

 

その頃、TVゲームが好きでやっていました。

 

PCゲームです。

 

なんとなく、ソフトでプログラミングする事でPCの能力を使ってゲームが出来るんだと言う事はうっすら理解はしていました。

 

私はPCは持ってなくて友人の家に入り浸って、PCゲームをしていました。

 

それと同時に将来について考えていて、大学以外の道を調べました。

 

高卒で働く事は考えてはいなくて、それなりに高給をとるためにはどうしたら良いか考えました。

 

専門学校というのもある事を理解し、少し調べました。

 

専門学校と言うと「簿記」か「看護」のイメージでした。

 

よくよく調べると「コンピュータ系」の専門学校がある事を発見しました。

 

当時、新聞なんかでも「ソフト技術者は将来、数万人不足する」と言われていた時代です。

 

PCでゲームをやっていた事もあり、これからのコンピュータ業界は伸びるはずだ、と20歳そこそこの私ですが、強い思いを持ちました。

 

親を説得し、コンピュータ業界の明るい未来、その道を進む旨を強く説明し、なんとか専門学校に入学させてもらいました。

 

そうして3年間、専門学校に通い、卒業し、就職も電気メーカー直属のソフトウェア会社に入る事が出来、人並み以上に給料がもらえる職業につく事が出来ました。

 

振り返ると、遊びでも何でもいいので、やって見て、自分は何が好きか? これから世の中どうなっていくのか? そう言う回り道も必要だと思います。

 

回り道があったから、自分は何が好きで、どう言う方向に進むのが良いかをうっすらでも道を見つけて進む事が出来ました。

 

経験をして、回り道をしたから自分の道が見えてくるんだと思います。

 

その道が正しいかどうかも進んで見なければわかりません。

 

なので、進みながら自分の道を探していけばいいのだと思います。

 

間違ったと思ったら引き返せば良いのだから。

 

私の経験が少しでもお役に立てればと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

37歳女 読書や趣味で自分探し 自分に気づくという大切さ

 

 

 

私は3人の子供を持つ主婦です。

 

子供がある程度成長してからパート勤めを再開しました。

 

私も子供の頃はそれなりに興味のあることがありましたが、親からは挑戦する機会を与えてもらえず、いざ将来を考える時期になると、したいことはなくなっていました。

 

なんとなく就職し、20代前半で結婚し、転居のために仕事を辞めました。

 

贅沢ながら、自分には何もないように感じました。

 

知らない土地で慣れない家事をしながらフルタイムで働く自信もなく、パートに出ましたが、やっぱり自分のしたいことが分からず、このまま年をとっていくことに不安を感じたり、世の中で活躍している同年代の人たちをうらやましく思っていました。

 

趣味程度のことはあったのですが、職業にできるほどのめり込めるものもなく、自分の人生について考えるようになりました。

 

このままではいけないと、まずは本をたくさん読みました。

 

自己啓発の本も読みましたが、ミステリーや恋愛ものなど、なんでも好きな本を読みました。

 

フィクションでもノンフィクションでも、色んな人の色んな人生を見ることで、自分の人生が見えてくるのじゃないかと思ったからです。

 

それまで疑問だった、人生の意味、人はなぜ生きるのか、についての答えがどこかにあるものだと思っていました。

 

しかし、見つかりませんでした。

 

その後第一子が誕生し、趣味だった手芸で子供のものを手作りしたり、お菓子を作ったりすることが楽しくなりました。

 

ちょうどその頃、ハンドメイド雑貨を販売したり、ネット販売が普及し始めていました。

 

趣味でお金を稼げることに憧れ、挑戦しようとしましたが、ハンドメイドと一言でいっても沢山の分野があります。

 

またここで、つまずきました。

 

お金を払ってまで買ってもらうには、それなりのものを作り上げなければいけません。

 

それほどまでに自分ができること、また、そこまで上達するほど打ち込めることがないのです。

 

所詮、趣味程度だったのです。

 

そして第二子、第三子と生まれ、育児に追われ、自分の時間は一時期ほとんどありませんでした。

 

今も出産前と変わらず、パート勤めですが、自分探しはひと段落したように思います。

 

たくさんの本の中にも、出会った色んな人の話の中にも、ヒントはあるだろうけど、答えはありません。

 

自分探しの答えは自分の中にある。

 

それが、私自身の自分探しの結果気づいたことです。

 

やりたいことや自分の生き方を見つけたわけでもなく、今の自分に全て満足しているというわけでもありません。

 

しかし、今は以前の私のように不安に思うことはないです。

 

それは探して見つかることじゃなく、気づく、ということだと思います。

 

もちろん勝手に気づくわけではなく、探すことは大事です。

 

探して、色んなことに触れていくうちに、自分なりの答えに気づくものなのかなと思います。

 

 

 

 

 

39歳 男性 人に救われることで自分がわかることもある

 

 

39歳男性。

 

現在在宅ワークが主な収入源です。

 

自分は猪突猛進タイプなので思ったことがあればまず行動、すぐ行動がモットー。

 

オンラインゲームで仲良くなった女性がいた。

 

インすれば話がはずむ。

 

お互い時間を忘れて一緒に遊んだりしていた。

 

そのうち自然な流れでボイスチャットもするようになった。

 

1年くらいはそういう時間が過ぎただろうか、その時自分は仕事もうまくいかず鬱になり社会復帰にあぐねいていた頃。

 

そういった身の上も相談したりしていると相手からの金銭と物資のリアル援助。

 

感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

付き合いも長かったため好意ももちろんあった。

 

このまま自分の殻に閉じこもっていても仕方ないと思い一念発起。

 

猪突猛進すぐ行動。

 

まず告白、幸いなことにOKを頂きその後すぐに彼女の住んでいる県で仕事探し。

 

工場の期間従業員募集は大抵どこの県でもあるので寮付きのものを探し面接、採用、入寮、仕事。

 

もう突っ走ることしか頭になかった(彼女に会いに行きたい、など)ためものすごいやる気に満ち溢れていたことは今でもよく覚えている。

 

初対面の時は駅の入り口だったにもかかわらず抱きしめてしまった。

 

今思うとすごく恥ずかしい。

 

今も彼女とは続いている。

 

が仕事は現状うまくいっておらず迷惑をかけている日々が続く。

 

もっとちゃんと、自分が考えて行動していたらどうなったんだろうか?あの時こうしていれば、などたらればは毎日後を絶たない位でてくる。

 

こういうときいつも自分の性格がキライになる。

 

何事もよく考えてから行動しよう。

 

あとからでは遅すぎることは多々あるので。

 

やってから考える、よりやる前に色々想像、妄想して最善の、そして最悪の結果は考えていたほうが精神的にラクになるかと思う。

 

まずはやる前に考えよう、そして考えたことを「行動に移そう」行動に移すのが一番大事。

 

もし失敗したならそこから学べばいい。

 

 

 

 

 

 

25歳男 ブラック企業から抜け出してゆっくり自分を見つめ直す

 

大学時代の就職活動がなかなか上手くいかず、もはや手当たり次第に試験を受け始めた頃に内定をもらった、第6希望ぐらいの会社に入社しました。

 

食品を扱う会社で、私は関東にある製造工場へ配属になり、経験を積むため様々な部署を転々とする日々。

 

中にはほぼ一日中一人で黙々と仕事をする現場もあり、「今日挨拶しか喋ってないなあ」と、何とも言えない複雑な気持ちになりながら仕事をしていました。

 

おまけに残業は月60時間を超え、繁忙期には100時間近くに達する日もあり、そうなると家に帰っても寝るだけ、休日もどこかへ出かける気力も体力もない状態で、急な体調不良に見舞われることも増え、日に日に心身が消耗していくのを感じました。

 

企業風土を鑑みても労働条件が改善される可能性は低いと感じ、約3年勤めた会社を退職しました。

 

退職後は失業保険が貰えたため、とりあえす2週間ほどは何も考えず心身を回復させようと、近所の河原でのんびりしたり、それまで行けなかった東京の猫カフェ巡りなどを楽しみました。

 

徐々に心と体が癒え前向きな気持ちになれた頃、新たな職探しを始めました。

 

以前は就職活動が上手くいかない焦りから、自分の適性や本当にやりたいことを度外視してしまったという反省がありました。

 

しかし、明確に自分の方向性が定まっていない今の状況は昔と変わりなく、そこで知人から「焦らないでアルバイトから色々やってみたら?」とアドバイスに従うことにしました。

 

ちなみに私の一番の好きなことはボクシングなのですが、さすがにプロボクサーになるわけにもいかないので、二番目に好きな「ペット」に関わるアルバイトを探し、ペットショップの店員を始めてみました。

 

以前のように心身が追い込まれることもなく、充実した日々を過ごすことができ、多忙により疎遠になっていた友人とも接点が増え、公私で自分を取り戻すことができました。

 

その後、関連会社での入社を薦められ現在へと至ります。

 

30代になった今、焦らずに自分を見つめなおした時間は無駄ではなかったなと当時を振り返って思っています。

 

 

 

 

 

 

34歳男 ホテルへ一人旅 やっぱり友は大切

 

関東在住の34歳男性、既婚です。

 

今年の3月に結婚したばかりの新婚ほやほやです。

 

でも結婚するまでいろいろなことがありました。

 

実は高校一年生の時からずっと好きだった女性がいました。

 

でもその当時私はとても奥手でほとんど話すこともできませんでした。

 

会う機会はその後も定期的にあったのですが、私の仕事の関係で離れ離れになることになり、それを機にその女性に告白をすることにしましたが、見事に断られました。

 

その後も1,2年間は引きずり、再度告白しましたが、ダメでした。

 

そんな矢先、彼女が別の女性と婚約したことを人づてに聞きました。

 

そのタイミングで私がとても親しくしていた友達も結婚することになり、私はとても孤独感を感じるようになりました。

 

私が自分探しをしていたのはちょうどその頃です。

 

27,28歳頃だったと思います。

 

当時仕事もなかなかうまくいかないことが多く、いろいろとストレスを溜め込んでいました。

 

それで思い立ち一人で山梨のホテルへ自分探しの旅に行くことにしました。

 

もともとドライブが好きなので高速は使わずに下道でひたすら運転していきました。

 

ところどころ気の向いた場所に止まってはぶらぶらする、そんな旅でした。

 

その時は自分の気持ちなど分かってくれる人はいないと思っていたので、ただ一人で旅行するのが一番いいと思っていましたが、思ったほど気は晴れませんでした。

 

むしろ寂しさの方が募っていき、悲しい気持ちになっていったような気がします。

 

時間が過ぎた今だから思うことですが、そのように辛い経験をしたり寂しい気持ちになっている時に、さらに友から離れて一人で考えるのはとても危険なことだと思います。

 

そのような時こそ親友に心の内を打ち明けるのが大切だと思います。

 

私の場合主な問題は好きだった人にフラれたことでしたが、時間が過ぎて考えてみると自分に合う人は決してその人一人ではなかったのです。

 

実際私も今心から愛せる人と結婚できました。

 

でも落ち込んでいる時にはあまりにもその問題ばかり注目してしまい、物事の全体が見えなくなってしまうきらいがあります。

 

だからこそそんな時に、客観的に考えるよう助けてくれる友の助けが必要だと思います。

 

旅の後に私はそのことに気づき、できるだけ信頼できる友達と時間を過ごすようにして本当に良かったと思います。

 

皆さんにもそうするようにおすすめします。

 

 

 

 

 

 

30歳女性 婚活パーティーと趣味 行動に移して充実した毎日

 

都内で保育士をしております、30代独身女性です。

 

日々子ども達の笑顔に囲まれ楽しく仕事はしています。

 

仕事に不満もなく過ごしていますが、ただ何となく仕事をこなしているような、仕方なく生きるために仕事をしているような…保育士という仕事はとても素敵な仕事だとは思っています。

 

しかし、日々の仕事が終われば真っ直ぐに家に帰り、気がつけば家と職場の往復でほとんどが終わってしまっていることに気がつきました。

 

休日も一人で過ごすことが好きで、ドライブをしながらショッピング、一人で適当にご飯を済ませ家に帰る…ちょっと空しく感じ始め、彼氏もいなかったので、年齢も年齢だしこれは何か行動に移さなければ…と思いました。

 

そこで一番最初に思ったのは、婚活パーティーに参加してみようと思いました。

 

ネットで散々調べ、家からも近い会場でも行なわれていることがわかり、かなりの勇気を振り絞って一人で行きました。

 

元々、そう言った婚活パーティーで出会うなんて、自然な出会いじゃないし、恋愛関係になれるのか…と少し疑っている部分もありました。

 

会場に着くと、意外にも男女ともに人数がいて驚きました。

 

もしかしたら自分と同じ境遇の人がいるのかも、職場で出会いがない人がいるのかなと思いました。

 

この初めての参加をきっかけに、他のパーティーにも参加してみようと思い始めました。

 

一人で参加することにはとても勇気がいりましたが、一歩踏み出したことで、今までの環境から抜け出し、様々な人と出会ってみたいと思いました。

 

そこから、学生時代にやっていたバレーボールも再び始めることにし、家から通えそうなチームを探し入ることにしました。

 

これも新たな一歩で、外へ外へ出ようと思えるようになったことが大切だと思いました。

 

チームに入ってからは週1回は練習、他の日にもバレーボールをする機会が増え、家にいる時間も減りました。

 

チームに入ったことによって仲間ができ、その仲間と飲みに行くなど、さらに行動範囲が広がり、たくさんの人と話すことでたくさんの刺激にもなりました。

 

そう感じるようになって、もっと早くに行動に移しておけば良かったなと思いました。

 

もし、今までの自分の生活や環境から抜け出したいと思うなら、何でも良いです、興味のあるもの、好きなものにもう一度目を向け、思い直すのも良いかと思います。

 

そして、何よりも思い立ったら即行動!これに尽きると思います。

 

思えたことが大切なので、あとは行動に移すだけです!!

 

 

 

 

 

 

25歳女、人生を変えたくてアメリカに留学したら、好転しました!

 

私は40代の主婦で、今は幸せに暮らしています。

 

でも20代前半の時には何もかもうまく行かなくて、色々と悩み苦しんで、その後の人生に対しても不安しかありませんでした。

 

そんな生活に疲れきって、このままでは自分自身がダメになってしまうと思って、何か人生を変えることが出来るものを探してみました。

 

まずは何か堅実な資格を取って、良い仕事に就くことを考えて、色々と調べてみました。

 

でも私が興味があった資格は、専門の大学を出る必要があったりして難しいことが分かりました。

 

そして思いついたのが、海外に行って英語を学ぶことでした。

 

語学に関しては以前から興味がありましたし、海外に行くことによって生活環境も全部変わるので、自分の人生を変えるには良い方法だと思いました。

 

それからどこに行くかを考えました。

 

英語を学ぶことが出来る国は割と多くて、どこに行くか、またどんな方法で英語を学ぶ方が良いのかを調べて考えました。

 

安く留学するにはフィリピンやインドなどに行くのが良さそうでしたが、どうせ英語を勉強するなら、やっぱり英語が主の母国語になっている、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどに行きたいと考えました。

 

そして結局、アメリカの大学のESLと言う外国人を対象にした英語のクラスを受けることに決めました。

 

でもその話を両親にしたところ、すごく反対されてしまいました。

 

なぜならアメリカは危ないというイメージを持っていたからです。

 

だけど私の決心は変わることがなく、1年以上かけて両親を説得しました。

 

そしてその1年はアルバイトなどをしながら、留学費用を貯めましたし、英語の勉強も必死でしました。

 

お金に余裕があれば、留学前に英会話教室などに通って、英語の勉強をすることが出来たと思いますが、そうする余裕が無かったので独学で工夫して必死に勉強しました。

 

そして25歳の時にアメリカに留学しました。

 

留学先では色んなことがあって大変でしたが、様々な経験をすることが出来て楽しかったです。

 

そして最初はあまり話せなかった英語も、だんだん上達して行きました。

 

それからその学校で色んな人に出会って、また私の人生は変わりました。

 

ESLの英語のクラスだけ1年ほど受けたら日本に帰るつもりでアメリカに行ったのですが、結局は半年後にはその大学に入りました。

 

お金が無かったので、大学の施設内でアルバイトをしたり、奨学金をもらったりして、何とか卒業することも出来ました。

 

この経験は私の人生を思っていた以上に変えてくれました。

 

自分に自信をもつことが出来るようになりましたし、良い仕事にも就くことが出来ました。

 

また良い伴侶にも恵まれました。

 

あの時、本当にアメリカに留学することを決意して良かったと思っています。

 

そうしなかったら、私の人生は大きく変わっていたと思います。

 

自分の人生を変えたかったら、自分で行動することが大切だと思います。

 

 

 

 

 

 

43才女性通信講座学習 アラサーでの学習について

 

 

はじめまして。

 

私は43歳女性です。

 

映画鑑賞が趣味で、絵を仕事にしたいと専門学校を卒業しました。

 

当時は、バブルがちょうど弾けた時と聞いてます。

 

就職難でした。

 

そのまま、絵の関連の仕事にも就かずバイトで何年も過ごしてました。

 

妹や両親が入院などした事から、就職もしました。

 

社員では2年くらいで、またバイトに戻りました。

 

家で祖母の在宅介護もありましたので、そのまま10年くらい、派遣とバイト生活です。

 

今は、祖母は亡くなってますが、旦那さんと出会い夫婦で過ごしています。

 

そんな事から、今から10年以上前、資格取るブームがありました。

 

その時には、会社員少し前でバイトで考える余裕はあったので、30才を機に資格を取ろうと、いくつか通信講座をしました。

 

資格ブームでありながら、自分探しのブームも世間にありました。

 

アニメや漫画が好きで、世間のブームには疎かったので、ブームに乗っかった考えではありません。

 

また、子供の頃は、今みたいにインターネットも普及していなかったので、漫画雑誌などの広告で情報を得て、通信講座を受けていたので、やる事に後悔はありませんでした。

 

ただ、無謀だったなぁとは、思います。

 

“絵を描きたい!”とは思っても、生きかたが定まらず、通信講座にしても、流行る前には仕事にしたいのでと、アニメのトレースや塗りの通信講座で勉強してました。

 

それは、若過ぎたのか、合わな過ぎたのか、途中、リタイア。

 

流行ってた頃に挑戦した通信講座は、当時のバイト先で宝飾担当だったので、ジュエリーコーディネーターの試験を受けるまで、勉強しました。

 

あとは、手書きPOPを習いました。

 

終了までしたものの、就職に繋がる資格にならず、何処で仕事を繋がるかも解ってませんでした。

 

30才前後にして、本当に爪が甘かったと思います。

 

もし、今後、通信講座や何かで学習しようとしている人へは、ちゃんと目標を定めて勉強しないと、お金と時間が無駄になる〜という事です。

 

勉強する事自体には、いつも、後悔なんてないかもしれません。

 

ただ、自分の年齢を考え、お金を考え、気持ちと相談してやる事だなと、思います。

 

 

 

 

 

50代女性 鬱になった時やりたいことをやってみた 自分は自分だった

 

 

30代の頃の苦しかった思いを話してみたい。

 

私、鬱になったことがあります。

 

でもその時は、眠れなくなり、食事も出来なくなり、無気力になり、自分がドンドン深い暗闇に落ちている感じが怖くて、怖くて、どうしていいかわからないのに、鬱だと思いつかなくて。

 

ただ、今までにない、苦しい感じだけど、何が起こっているんだろうと思っていました。

 

兎に角、1分が長い。

 

60秒をどう過ごせばいいかわからない。

 

生きているなと感じることが出来るのは、走ったり、泳いだり、体を極限まで動かして、疲れたと感じた時だけ。

 

それ以外は、すべての時間が不安で、生きていることが苦しかったです。

 

心の中で起こっていることなので、誰に上手く説明できないし、誰も理解してくれなかったし。

 

病院に行ったって、それは同じだと思っていました。

 

自分を元通りにしてくれるものがあるんだったら、何にでもすがりがかったです。

 

本を読んだり、外を歩いたり、私は何がしたいのか、どうしたいのか考えました。

 

その時、そういえば、ずっとやりたかったけど、出来てなかったことが沢山あることに気が付きました。

 

そして今度やろう…と思っていたことをスケッチブックに書きだしてみることにしました。

 

社交ダンスでチャチャチャを踊りたい、スザナ・タマーロの本が読みたい、岡倉天心の茶の心を英語で読みたい、ラジオ英会話12か月分を全部暗記したい、ロミオとジュリエットの英語のセリフを全部覚えたい、アレックス・カーの英語の本を読みたい、石鎚の鎖場を頂上まで登りたい、絵を描きたい。

 

チューリップの球根を200個植えたい。

 

今度なんて、あるかどうかわからないのに、こんなに沢山の事を溜めていたなんて。

 

次の日から、やりたいことをやってみることにしました。

 

そして、やり終わった時にどんな自分に出会えるのか、きっと私の具合も良くなっているはずだと、良いことがあるに違いないと思っていました。

 

それから1年の半の間、毎日やりたいことに取り組んで、私はチャチャチャが踊れるようになり、英語の本を全部読み、石鎚に登り、生徒とロミオをジュリエットや英会話の本を暗記しました。

 

春に葉200本以上のチューリップが先、そのチューリップを見て、絵を描きました。

 

ドラマやマンガのように、今までであったことの無い自分に会えた!と思うかもしれませんが、私はただの私でした。

 

まだ、心は重くてしんどくて、元気になっていなかったし、やりたかったことを全部やっても、鏡に中の私は全く変わっていませんでした。

 

清々しい、なんて気持ちもなかったけれど、全くがっかりしませんでした。

 

思い返すと、一生懸命自分に向き合っていることが、良かったな。

 

あれが出来たとか、これが出来たではなくて、自分の気持ちを大切に考えて、やりたいと思っていることに向き合っている過程が良かったです。

 

本や会話の中で、素敵な言葉に沢山出会えたし、チューリップが咲く様子を想像しながら、水をやりをすることはとても楽しかったな。

 

チャチャチャを覚えて、踊った後のあの爽快感も最高だった。

 

泳ぐことも走ることも好きだけれど、ダンスには体や心のどこか深い部分に刺激を与えてくれてるようだったな。

 

今、私は50代。

 

あの時と変わらず、英語を教えて生計を立てています。

 

自分の心に突然現れる何かをやりたいという思いは、大切だなと思っています。

 

それは、どこに行っても買うことが出来ないから。

 

どこにも売っていないから。

 

 

 

 

 

 

40代女、断捨離することで自分探し そして油断しないよう心がける

 

 

40代、専業主婦です。

 

嫌なことや、うまくいかないことなどが続けてあると何か違うことをしようとか、変わらなければいけないと感じます。

 

自分探しは、いろいろ本当に試してみました。

 

自分を変えるためにダイエットをしたり、新しく習い事をしたり、旅行したり。

 

今は断捨離しています。

 

自分がしなかったこと、してこなかったことをすることで、新しい自分が見えるような気がしたからです。

 

それと、とにかくゴチャゴチャした家を整理することで、自分自身の精神をきちんと整理できると思いました。

 

なんでも後回しにする性格だったのでとにかく、とりあえず置いているものが家の中にたくさんありました。

 

押し入れをみると、使っていないものも、いつから取っているのか分からないものもとにかくたくさんありました。

 

パッと見には片付けていたので、自分自身でもこんなにたくさんのものに囲まれているとは思いませんでした。

 

整理整頓できない人は、心の中も出来ていないと聞いたことがありました。

 

正に自分だなと思いました。

 

常に今の自分に満足できず、何かしなければと思っていました。

 

少しずつ片付けていますが、前よりも少し前向きになって来たように思います。

 

なんでもポジティブに考えられない人でしたが、少し変わったように思います。

 

悪いことがあると、やっぱりなと思うし、どうしても自分はみたいな気持ちをもっていました。

 

しかし、断捨離して気持ちの整理もできてきたのか、悪いことばかり考えないようになったと思います。

 

でも、油断すると後回しにする癖が出てくるので気を付けています。

 

長年の癖というか習慣はなかなか身に付かないようです。

 

ぼーっとしているとまたすぐに物が溜まってきます。

 

変わりたいと言う気持ちを常に持ち続けていないと私のような人はすぐに元に戻ってしまうようです。

 

毎日のことなので、常にしっかりとした気持ちを持ち続けないといけないと感じました。

 

他の方は私よりもっとしっかりとしていると思います。

 

でも、私と同じような方は常に油断しないように心がけるようにした方がいいと思います。

 

 

 

 

 

 

27歳 男 10代20代自分探しの旅で得たもの

 

私は現在30代前半の女性です。

 

私は若い頃に10代後半から20代にかけて自分探しの旅や、転職する前に自分を分析してみようと思い、更に追求する形での自分探しの旅等をこれまでにしてきました。

 

その中で10代の頃の自分探しの旅としましては、とにかく幅広い地域を自転車で駆け巡ることを趣味としても楽しんできましたし、サイクリングとしても楽しんできました。

 

自分が自転車での自分探しの旅をする中で印象に残っていたことは、やはりこれまで行ったことの無い旅先を自転車で行ってみるとどうしようもない位の高揚感と、次の瞬間には何が待ち受けているんだろうと言う新鮮感が合わさってどうしようも無い位楽しい瞬間となります。

 

それを自分一人だえではなくノープランの自分探しの旅を友達と自転車でできるのも非常に良かったと思います。

 

思いが同じ友達達と共通するような形で、将来の悩みを共有して、一緒に考えながら成長して行くこそが、自分探しの旅の答えなのかな?と自問自答することもありました。

 

様々な新しい景色との出会いの中で私が意識しておりましたのは、その瞬間に出会える人との繋がりを大切にしようと言うことです。

 

その瞬間に出会える方達との繋がりを大切にすることによって、また新しい世界が開けてくる形にもなります。

 

それとは別に20代での自分探しの旅としましては、今度は車で向かう形となりました。

 

車での自分探しの旅としましては、今まで自分が行ったことのない県をターゲットにしまして、行ったことのない県で自分自身が経験したことのない文化や歴史触れてその価値を知ると同時に自分自身も進歩させていくと言うものです。

 

これにより、自分が今まで考えもしなかった思考パターンを見つけたりですとか、自分自身が研究して行きたい分野が確立できましたので、やはり知らない文化に見て聞いて触れてみると言う要素は非常に魅力的であると思いましたし、今後も自分の感性を高める点において必要不可欠なものであることが分かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

31歳女 一番好きなものを探し求めて悩んだ結果、いつも一緒だった

 

 

31歳既婚、特に好きなものや好きなことも無く、無趣味の平凡な女です。

 

一番好きなもの・ことを探し悩んで生きてきました。

 

結局同じ事しか書かれていない自己分析ノートは20冊以上が本棚に眠っています。

 

私は自分という存在を意識し始めた中学生・高校生くらいの頃から「わたしの人生迷子」というのが口癖でした。

 

というのも、何をとっても、わたしには一番好きなものが無いので、常に選択に迷っていました。

 

例えば一番好きな食べ物や一番好きな色を訊かれても、答えられません。

 

「唐揚げも好きだしウインナーも好きだし、りんごも好きだよ。

 

」「ピンクもいいし黄色や青もはっきりしていていい色だと思う。

 

」とにかく何をとって考えてみても一番好きなものなんて判りませんでした。

 

好きなものがなくて人生が迷子の私が人生の選択の第一歩として何の特徴も無い普通の高校を受験して入学・卒業。

 

高校では自己分析ノートというものを知り、書き始めます。

 

最初のノートを開くと好きなものやあまり好きでは無いことがページいっぱいに書かれています。

 

ここからことある毎に、私は自己分析ノートを書き綴って自分の一番すきなものを探ろうとします。

 

高校を卒業した私はやっぱりごくごく普通の大学に入学しました。

 

高校を卒業してすぐに会社勤めるには何をして良いか判らないし、専門性のある学校に行くにはやりたいことも思いつかなかったので普通の大学に進学しました。

 

学生時代は普通に勉強しアルバイトをし、友人と遊んでいました。

 

お酒を覚えて二日酔いになってみたり、恋人ができたり別れたりしましたが学生時代のニュースといえばそのくらいなもので、特筆すべきこともなく平凡に卒業。

 

高校時代から書き綴っていた自己分析ノートは健在です。

 

就職活動をしていたこともあって自己分析ノートの冊数は着々と増えていきます。

 

どんなに書き綴っても、一番好きなものはみつかりません。

 

その後の私も平凡でありふれたものです。

 

就職はなんとなく受けた企業にで接客業。

 

なんとなく出会って付き合った人となんとなく結婚しました。

 

いたって普通の人生です。

 

こんなにも平凡でわたしの人生はなんてつまらないのかと思っていましたが、31歳の今ようやく吹っ切れて好きなものができました。

 

私の一番好きなものは私自身です。

 

これまで色々と悩んですきなものを考えてきましたが、私は絶対に生涯付き合っていかなければならない私自身を好きなものにすることにしました。

 

15年前から書き始めて20冊以上の中にある、「そこそこ好きなもの」に囲まれながら「一番好きな私」の人生を豊かにしてけば良いのです。

 

 

 

 

 

 

37歳女性、10年前の自分に視野を広く生きようと伝えたい

 

 

今となってはいい思い出。

 

と振り返る37歳の最近一人娘の母親になった私ですが、20代は悩み苦しみ自分探しの旅に出ていました。

 

好きな事を仕事にしたいと、服飾専門学校に通いそのままアパレル系専門の仕事に就いたまではよかった。

 

しかし、理想と現実のギャップに挟まれ、毎日残業と納期に追われる日々。

 

 

 

悩みを周りの友達に相談しても「好きな事を仕事にできてるだけ幸せ」と言われて終わり。

 

5年頑張ったものの、寝れない日が続いたり、食欲もなくなり、休みの日に出かける気力もなくなっていきました。

 

身も心も疲れきって「私なんの為に、この仕事してるんだっけ?」と思う様になりました。

 

社会人になって初めて入った会社ですし、次また転職できるだろうか?など、たくさん悩みました。

 

でも「このままでは自分が壊れてしまう」と一旦充電しようと仕事を辞めました。

 

そして、ダイビングが好きだったので、沖縄の離島へ一人旅に出ました。

 

毎日毎日追われる日々でしたが、沖縄のゆったりした時間の流れに癒されました。

 

ゲストハウスを転々として、同じく一人旅に来ている同い年の友達が出来たり、ゲストハウスで出会った人たちに、たくさんの大切な言葉をもらいました。

 

いつのまにか忘れていた人の温かさや、自分の大事にしている部分がおろそかになっていた事に気付きました。

 

旅から戻り「また沖縄へ行きたい!」「しばらく住もうかな」など真剣に考えましたが、1人暮らしの家を引き払って荷物をどうしよう?など、またいらんことをウダウダ考えてしまい、結局転職活動をして仕事についたので、あの時に行ってたらまた人生変わってたかな?と少し思います。

 

結局同じ業種で転職しても、もうその時の私には全然楽しく感じれなかった。

 

やっとそこまでして分かったので、今は全く違う仕事についています。

 

仕事とプライベートがきちんと切り替える事ができる仕事。

 

そのおかげで、結婚も出来たし、子供を産んでも仕事が続けていられるのかな。

 

と振り返って思います。

 

悩んでた時は、自分の視界が狭くなりその世界しか見えてなかったけど、視界を広げるともっとたくさんの生き方があるんだとよ!とあの時の自分に言ってあげたい。

 

 

 

 

 

 

28歳女 彼氏いない歴=年齢から脱却したい 婚活して無事成婚

 

既婚で子供が1人いる28歳の女性です。

 

26歳の時に結婚し、27歳で妊娠し、28歳で出産しました。

 

結婚も出産も平均より早く、人からは迷うことなくまっすぐ人生を歩んでいるねと言われることもたまにある私ですが、結婚前は迷うことばかりの人生でした。

 

以前の私が何に悩んでいたかというと、「モテないこと」でした。

 

いや、モテないことに悩むというより誰とも付き合ったことがないことに悩んでおりました。

 

それでも人並みに結婚願望はあったのですが、付き合った経験すらないのに誰と結婚できるのか・・・と日々悶々していました。

 

自分を変えよう、と決意したのは25歳になるちょっと前でした。

 

まずは誰かと付き合ってみよう、と思い以下のような行動をしました。

 

・婚活サイトに登録する。

 

・婚活パーティに参加する。

 

・友人に彼氏募集中であることを伝え、合コンや紹介を設定してもらう。

 

また、ありのままの自分ではモテないことは分かり切っているため、以下のような自分磨きも行いました。

 

・ダイエットする。

 

・卑屈にならない、人と話すときはニコニコする。

 

・服装や髪型に気を使い、清潔感が出るようにする。

 

今までほとんど恋愛や自分磨きなどしてこなかったものですから、初めのうちはぎこちなかったりうまくいかなかったりで自己嫌悪におちいることもありました。

 

しかし、行動しなければ何も変わらない!と思い、上手くいかなかったときは落ち込みもほどほどに気持ちを切り替えて次に行く、上手くいったときはうぬぼれすぎないよう気を付けつつ喜ぶ・・・とメリハリをつけて行動を起こしていきました。

 

結果、人生初めての彼氏が出来ました。

 

残念ながらその方とは1年弱で破局してしまうのですが、その後に今の夫と出会い1年で結婚することになりました。

 

婚活を始める前と後とでかなり内面の変化がありました。

 

始める前はとにかく自分は男性にモテない、こんな私に興味を持ってくれたり優しく話を聞いてくれる人なんているわけない、と決めつけていました。

 

しかし実際はこちらが真剣に向き合えば真摯に向かってくれる方がほとんどでしたし、私に興味を持ってくれる方も何人かいました。

 

婚活、というと抵抗がある方もいるかもしれませんが少なくとも私は行動を起こしてよかったと思っています。

 

以前の私のようにお付き合いの経験がなくて悩んでいる方に一歩踏み出してみてほしいです。

 

 

 

 

 

 

 

40代女性が散々迷い道をしながら自分探しを終えた

 

 

私は現在40代後半の女性です。

 

私が「自分探し」を始めたのは30代の頃でした。

 

当時の私は、自分に自信がなく「何のために生きているのか?」という事を真剣に考えていたんです。

 

自分の存在意義や女性なので恋愛や結婚についても考えていましたが仕事も恋愛も上手く行かないのは自分に何か問題があるんじゃないか?と悩んでいた時期でもありました。

 

当時SNSを通じて知り合った人の中にスピリチュアルに詳しい人や、私と同じく自分に自信が持てず生きにくさを感じている人がいました。

 

職場にもスピリチュアル系女性がたくさんいたので勧められるがままに自己啓発本を読み漁るところから始まりました。

 

当時の私の本棚には自己啓発本しか並んでいなかったくらいです。

 

パワースポットへ脚を運ぶ事を勧められれば神社や森に行ったりもしてましたね。

 

大きな木にはパワーがあるから抱き着くこと。

 

月を浴びて(月光浴)自分を浄化されること。

 

夢日記を書く事。

 

パワーストーンを持つこと。

 

魂を意識して生活すること。

 

いろんな事を言われるがまま継続すること5年。

 

その頃にはすっかりスピリチュアル系に私もなっていて占いにハマってたし、パワーストーンにまみれていた私は周囲から嫌な感じで見られる事も多かったんです。

 

その頃、カウンセリングを月に一度受けていました。

 

すると、一気に今までやっていた事が馬鹿馬鹿しく感じてしまったんです。

 

「自分はそこにいるのに、どこにも行かないのにいったい自分の何を探しているの?」とカウンセラーから言われた一言でハッとしたんです。

 

その後、カウンセリングが良い自分探しになってどんどん自分に自信が持てるようになって、生きるのが楽に感じるようにもなりました。

 

「自分」の知りたい事は「自分」の中身にあったんです。

 

決して木に抱き着いたり、パワーストーンを持ってれば良いってわけではなかった。

 

後悔してはいないけどあの5年間で何十万使ったのかな?と考えると勿体ない気持ちにはなりますが。

 

その人に合った自分探しはきっとあります。

 

旅で見つける人。

 

交際相手に教えてもらえる人。

 

でも、私はカウンセリングという方法で自分探しが出来てもう探すのは終わりましたよ。

 

 

 

 

 

 

30代女性が自分探しをする為にハワイへの一人旅をした結果

 

 

◎現在、40代後半になる既婚者女性です。

 

私は仕事をしながら主婦業をして、子供も育てました。

 

今回は私が仕事関係で悩み、職場で人間関係に行き詰まり、退社をした時に、自分探しをしようと思いまして、一人旅に出かけました。

 

その時の経験を踏まえて簡単ですが、レポさせて頂きます。

 

◎私が仕事を辞めようと思ったのは30代の終わりでした。

 

当時の職場はファミリー会社だったので、社長の奥様や親戚の方も役員として会社に関わっていたので、仕事以外でのお付き合いがとても大変でした。

 

年間を通じて、花見の会やクリスマスの会や社員旅行などもあり、年間行事がとても多い会社で、行事に参加をしないと、後々嫌味を言われたり、気まずい雰囲気となるので、年々、仕事以外での行事参加が面倒になっていました。

 

◎暫くして、ある事がきっかけとなり、会社を退社をしようと決意して、色々と人生に迷う時期でしたので、夫と私の母や姉の協力もあり、人生初の一人旅に出させてもらったのです。

 

人生旅の旅行はハワイでした。

 

ハワイを選んだ理由はハワイに友人がいた事と、英語ができないので、海外旅行は行き先が限られました。

 

◎1週間ハワイで過ごす時間は本当に貴重で、これまでの人生や今後の人生について、また自分にはどんな職種が合っているのかなどを真剣に深く考えることができました。

 

また、友人がハワイのパワースポットを案内してくれて、1週間でしたが、本当にリフレッシュが出来ました。

 

◎もし、人生に迷ったり自分探しをしようと思っている人は、自宅を離れ、身近な人間とも離れて、一人の時間を持つと、良い答えが見えてくると思います。

 

自分探しをする為には環境を変えてみたり、一人だけになれる時間がとても重要だと言う事を改め感じられたので、旅へ出なくとも、一人になって人生を振り返る時間を持つことをお勧め致します。

 

短い時間でも一人になって、リセットをする事がとても大切な事だと感じます。

 

 

 

 

 

23歳 女 海外に行くこと 色んな場所を見てみたい

 

東京都在住のOLです。

 

今回のテーマである自分探しで色々したという事ですが「自分探し」といっても様々な事ができるわけで私は「海外に行く」という形で自分探しをしました。

 

幼い頃ハワイとグアムに旅行したと言われましたが私自身その記憶はないのでそれ以降の話をします。

 

笑中学1年生 アラブ首長国連邦:ドバイ中学2年生 アメリカ合衆国:ロサンゼルス高校3年生 シンガポール/マレーシア高校3年生 シンガポール大学1年生 シンガポール大学2年生 韓国:明洞大学3年生 インドネシア:ジャカルタ/バリ島大学3年生 ベルギー/ドイツ/フランス/オランダ大学4年生 ベトナム:トゥイホアといったように様々な国に行きましたが私自身海外に行くこと自体飛行機に乗ること自体が好きだということもありますし一人になりたい時、自分探しをしたい時に海外に行くこともあります。

 

ずっと1つの国で暮らしていると良くも悪くもその国に染まってしまいます。

 

例としてロサンゼルスに行った際の話をします。

 

アメリカ合衆国に行った当初の理由は語学を学ぶためのインターナショナルスクールに通うことでした。

 

夏季限定で学校に通い、夏季プログラムを修了しました。

 

その際、バスで通学をしていたのですが当時の前米大統領がインターナショナルスクールがある通り沿いを通るということでバスが一切動いていませんでした。

 

そこで理由を知らない私がバス会社に電話で問い合わせると「今日は大統領が来るから動かないと思うよ、多分ね」と言われてしまいました。

 

私はその時、「Maybe(多分ね)」と言われた時とてもびっくりしました。

 

その時点で遅刻が確定していた私ですが、この後バスが来るのか徒歩で何ブロックも行くことになるのか…日本の会社に電話しても「多分」と言われることはないと思いますしクレーム対象になることと思います。

 

私はその時「自由で適当な国だなあ」と思いましたが先生や他の生徒も「よくあることだよ」と言っていたので時間に厳しい日本で生きている私からしたら羨ましかったです。

 

日本は時間厳守・規則厳守等日本で仕事をするには守って当然と言われているものがたくさんありますが、その点外国の方が日本で仕事をするということの大変さを感じました。

 

日本のみで暮らしていると他の国の方の習慣や当然と思われていることが日本人には「ん?」と思う部分があったりそのまた逆もあります。

 

海外に行くことが全てではないですしSNSが発達している今多々分かることはありますが現地に行って触れてみると尚良いかもしれません。

 

 

 

 

 

 

30歳男性 日本一周自分探し やればできる

 

 

自己紹介現在30歳になり、IT関係の仕事ついているものです。

 

趣味は旅行、写真撮影などです。

 

休日は暇さえあれば外に出て写真を撮ったり、綺麗な風景を見に行ったりしています。

 

今回のお話ですが、私が20歳の時色々進路について悩んでいる時期でした。

 

高校を卒業し、専門学校に入りいよいよ卒業が間近になったときに、悩みが突然訪れました。

 

このままの人生で良いのだろうか?自分が選択した専門学校に入りこのまま就職それは社会において安定した収入も得られ、自身の地位も社会人として普通の生活を送れる事となる。

 

しかし、そんな時期に私は思ってしまったのです。

 

このままみんなが歩む普通な人生のままではつまらないと。

 

そこで私は一つでも人に自慢できるようなエピソードを作りたいと思い、自分が生まれ育った日本という国で行ったことのない地域に行ってみよう!しかも、自転車に乗り一人で日本一周する事を決意しました。

 

そこで私は専門学校を無事卒業後、平成21年の3月から平成22年の3月までの1年間、自転車で日本一周をしました。

 

宿にはほとんど止まらず、お風呂も公園の水道を使い体を洗う。

 

ひどい時には8月の猛暑の中自転車をこいで、ベタベタな状態の体でお風呂も入れず2週間過ごしたこともありました。

 

本当に夏場のその日の思い出は悲惨でした。

 

お風呂に毎日入れている今は本当に幸せだと思います。

 

また、冬の時期が一番大変でした。

 

寒さに凍えながら人気のない公園にテントを張り震えながら3ヶ月以上生活していた事。

 

風邪をひいてしまっても助けてくれる人誰もいなかったのですべて辛い時でもめげずに何かをしなければいけなかったこと本当に色々ありました。

 

また後悔していることとしては、全国47都道府県に1人ずつでも友達を作りたかったのですが、その野望を叶えられなかったことです。

 

もっと人に積極的に話していればなとそこだけは後悔しています。

 

この話をみている人へ私はこの経験をした事により、やって後悔するよりやらずに後悔することが本当にもったいない事だとつくづく思いました。

 

ある程度本気でやればなんでもできるんだと思います。

 

自分に限界をつけないでください。

 

やってダメならしょうがない。

 

やらずにダメはやめましょう!以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

47歳 女性 色々なことにチャレンジ 夢をもつことが大事

 

 

47歳の主婦です。

 

現在、優しい夫と小学生の子供の3人で生活しています。

 

私が自分探しで迷走したのは29歳から38歳までの約9年間です。

 

29歳目前で、それまで7年間付き合ってきた彼氏に一方的に別れを告げられたことがこの迷走の始まりです。

 

別れた彼とは結婚を考えていて、彼との結婚以外の未来を新しく考えることができませんでした。

 

その後、数人と付き合いましたがあまりいい恋愛をしませんでした。

 

今考えると男性に依存していたのだと思います。

 

新しい恋愛をすることで失恋の傷を治そうとしましたが、男性を見る目が全くありませんでした。

 

自暴自棄になっていたのだと思います。

 

33歳ごろ、このままではダメだと自分でも気付き、自分を探すために自己開発系のセミナーに参加したり、とにかく自分が夢中になれるものを仕事にしようと転職したり、新しいコミュニティに参加するなど、とにかく思いつくことは全部チャレンジしました。

 

自分を取り戻そうとしていたのだと思います。

 

無我夢中で色々とチャレンジした結果、38歳の時に転機が訪れました。

 

やっと自分自身の夢を描いて、その夢に向かって進もうと言う時に、今の夫に出会ったのです。

 

夫との結婚生活は、私が29歳の時に考えていたような結婚生活とは全く違います。

 

29歳の私が夢に思い描いていた結婚生活は、専業主婦で当時の彼に全て依存した生活でした。

 

しかし今現在、現実の結婚生活では、子供が保育園に通っている間はフルタイムで働いていましたし、子供が小学校低学年のうちは専業主婦ですが、子供がある程度大きくなったらまた仕事を始める、という柔軟な生活スタイルをしています。

 

地味な生活ですが、夫婦お互いの夢を応援して家族で何でも話し合える良い関係を築きあっています。

 

私自身、死ぬまでに叶えたい夢がいくつもあり、これからまだまだ楽しみな人生を送っています。

 

後悔していることは、20代の時にもっと視野を広くもって、自分の夢を早くから思い描いていればよかったと言うことです。

 

今思うと、20代の私の夢は「結婚して専業主婦になる」ことしかなかったのだと思います。

 

勿体無いことをしました。

 

今、20代で既に結婚を約束している彼氏がいる方も、結婚することを目標とするのではなく、まずは自分の夢を思い描くことをオススメします。

 

夢が見つけられない場合は、本の多読や映画鑑賞、旅行、異業種交流会など、様々なチャンスにチャレンジしてほしいです。

 

夢をもってイキイキと頑張る女性は素敵です。

 

結婚・出産で一時的に夢の実現が中断したとしても諦めなければ叶います。

 

また、長い間付き合ってきた彼氏との突然の別れで自暴自棄になってしまっている方も、どうか新しい恋愛をすぐに探すのではなく、まずは自分とゆっくり向き合う時間を作ってください。

 

人生はまだ終わっていません。

 

まずは自分と向き合って自分の夢を確認する、自分を大事にすることから始めてください。

 

自分に向き合うことで、自分にふさわしいパートナーとの出会いも早くなると思います。

 

 

 

 

 

 

33歳 女性 趣味や転職を通して自分探し 今は満足しています

 

 

30代女性です。

 

既婚・子供がいます。

 

「自分探し」といえることをしていたのは、16歳〜23歳のころです。

 

何をしていても居心地が悪くて気分が晴れない。

 

さぼりたいわけでも嫌いなわけでもないのに、勉強や学校生活に集中できない。

 

どうやっても集中できない。

 

学生時代は、いつもそのことに悩んでいたような気がします。

 

勉強ができない劣等感をリカバリーできるほかの何かを探すために、がむしゃらにいろんなことを試していました。

 

学校以外のコミュニティーの人たちと音楽活動をする。

 

毎日ひたすら本を読み続ける。

 

レンタルDVD(初期はビデオでした)を借りてきていろんな年代の映画を観まくる。

 

仲間とつるんで徹夜で遊び歩く。

 

街をぶらぶらする。

 

アルバイトをする。

 

何処にもやり場のないエネルギーを日記に書きつけてぶつける。

 

洋楽を聞きまくる。

 

それが私の自分探しでした。

 

こうしてみると普通に趣味ですよね。

 

けれど、それがただの趣味ではなくてどこかで何かにつながって、居心地のいいどこかへ私を連れて行ってくれないかな。

 

そんな祈るような気持ちで毎日、そういったことをしてしていたのだと思います。

 

簡単にいってしまえば、「何者かになりたかった」んでしょうね。

 

普通の平凡な人ではなくて、自分は特別な人でありたかった。

 

そういう思いに心を奪われていたのだと思います。

 

掘っても掘っても、金も宝石もでてきませんから、苦しかったです。

 

毎日堅実に勉強をして、将来公務員になりたいとか、○○大学に行きたいとか、そうやって着実に自分のなりたいものを既存の世界の中から選びだしてしっかりと勉強に励んでいる友達とはどんどん差が開いていく。

 

「勉強に集中できないから自分探しをしている」そんな寝言みたいなこと、周りには打ち明けられないし、ただやりたくないことから逃げて楽しいことをしているだけなんじゃないかと自分でもうすうすわかっている。

 

自分探しをやればやるほど自信を失っていく…。

 

いたたまれない思いのまま、私は大学に進学もせず、地元の企業に就職しました。

 

関東や関西の都市部の大学に行った友達を眺めながら、私は小さな町を出ることさえできなかったんだ。

 

と落胆しました。

 

その後の仕事は勉強と違ってきちんと結果を出すことも、勘所をつかむことも割と順当にできたのですが、モヤモヤとした劣等感を拭いさることはできませんでした。

 

そして、転職を繰り返すようになりました。

 

自分には何ができるだろう。

 

どこまで給料がもらえるようになるだろう。

 

自分探しに転職というコンテンツが加わりました。

 

職歴が増えていくと就職先の質が下がっていくよ、と忠告を受けたこともありました。

 

私は負けたくなかった。

 

けれど何と勝負しているのか、何に対して勝負を挑んでいるのか、どうして勝負しているの、そのすべてがわかりませんでした。

 

だけど、負けたくなかった。

 

気付いたら23歳になっていました。

 

その年、私は結婚を前提にお付き合いしていた人と結婚話が持ち上がりました。

 

しかし、相手のご両親の息子の結婚に対する介入の仕方や結婚観に嫌気がさして、私のほうから婚約破棄をしてしまいました。

 

なんというか今までで一番体力のいる戦いでした。

 

全てが片付いた時、自分探しも終わっていました。

 

自分探しが終わった!と文字通りにそう感じたわけではありません。

 

全力で生きてきた自分を「きっと私はこれからもなにも成さずに生きて死ぬだけだな。

 

私のような人間て、たくさんいるんだろうな。

 

それもありだ」とやっと認めることができました。

 

どんなに自分探しをしても私が会いたいような自分には会えない。

 

そう悟ったのかもしれません。

 

たくさんの負けを認めました。

 

それ以降私は転職をしなくなりました。

 

手近な相手と結婚して、子供を産んで、普通にスーパーで安い食材を買って料理をして、家事をして育児をしています。

 

私の人生は、もしうっかり落としてしまっても、なんの特徴もないのでどこの誰のものかさっぱりわからないだろうし、誰も拾おうともしないでしょう。

 

その辺の砂や埃となんら変わりはありません。

 

ただその場所が私の居心地のよい居場所だったんだとわかりました。

 

 

 

 

 

24歳男性 一人でも生きていけるという考えは捨てろ

 

 

現在24歳の社会人男性です。

 

当時は大学3回生のころでした。

 

自分の未来の事でとても不安になっていました。

 

自分のしたいことも見つけることが出来ず、自分に何が向いているのかも分からず、かなり精神的に不安定な時期でした。

 

家族は自分のしたいことが見つかるまでゆっくり時間を過ごせばよいと優しい言葉をかけてくれましたが、周りはそろそろ就職活動が始まる時期で焦らずにはいられないそんな日々を過ごしていました。

 

就活が始まるまでに多くの企業を研究している周りの友達に対して、自分は特に何も行動することなく、ただただ焦りだけを感じている、そんなちっぽけな毎日を過ごしていました。

 

このままではまずいと思ったのが4回生になる手前の事。

 

ある考えが脳裏に浮かびました。

 

自分に何が向いているのか考えるためにも、一人の時間を持とうという考えでした。

 

そのために周りの友達を完全にシャットアウトし、本当に一人で生きていこうとのことでした。

 

友達がいることで自分が焦ってしまうというのが大きな理由でした。

 

大学に通えば、必ず知人と会ってしまう、そのためしばらく大学に通うのはやめよう。

 

そんな考えに行きついてしまいました。

 

友達の連絡先を消し、友達からの連絡にも一切返すこともなく、そして実家にもめったに帰らず、漫画喫茶で一時を過ごすそんな毎日を送っていました。

 

もちろん家族からの心配の連絡もありました。

 

友達からの心配の連絡もありました。

 

しばらく一人で過ごしたいと家族には変な心配はかけたくなかったので返信しましたが、友達には全く返信はしませんでした。

 

好きな時間に好きな場所に行って特に何もせずまた近くの漫画喫茶に入り浸り、そんな日々でした。

 

自分のしたい事ってなんだろう、答えは必ず見つかると信じ、一人で生きていきました。

 

そんな生活が続き、いよいよ友達からの連絡も絶え、みんなの中から自分が消えたそんな気がしました。

 

それを求めていたのですが何故か寂しい気持ちになりました。

 

一人になりたい、そんな軽はずみな考えから行動した結果自分のことを考えてくれる人が周りから完全にいなくなってしまいました。

 

この行動から出てきた答え、それは自分はとても寂しがりな性格なんだなということでした。

 

そんなことを発見するのにたくさんの友達を失ってしまいました。

 

家族にも本当に迷惑をかけてしまいました。

 

キチンと考えてから、行動しなければいけません。

 

もし今自分が分からなくなってしまった人がいるのならそんな人たちに伝えたいことがあります。

 

周りの人を大切にしてください。

 

その一言です。

 

 

 

 

 

 

33歳男 痩せて気付いた 輝く自分

 

 

北海道札幌市に住む33歳の男性です。

 

今はアルバイトしながら一人暮らししています。

 

つい二か月前までの僕は自分に対する評価や印象派あまりよくない方だった。

 

仕事はまだまだアルバイトだし、過食が止まらない体重が102キロの糖尿病持ちだし。

 

自分とはただそれだけだと思っていた。

 

だが、二か月前の病院の血液検査が最悪で、医者から「そろそろ痩せたらどうなんだい?」ときつく怒られたのをキッカケでダイエットを初め、二か月で12キロ痩せた結果。

 

新しい自分に出会え、自分の可能性はもっと広いんじゃないか?と思い始めた。

 

このダイエットは今も継続している。

 

ダイエットは新たな自分を見つける「旅」なのかもしれない。

 

ダイエット中はひたすら歩いた。

 

通勤も。

 

休みも。

 

一日平均で1万歩以上は歩いた。

 

そして食事の量も1日1100キロカロリーに決めて、計算したりした。

 

その結果二か月で12キロ痩せ、そして今はあれから3キロ減っている。

 

ダイエットで痩せて気づいた新たな自分は沢山ある。

 

今までは体格のデカさで着れる服が限られていた。

 

だが今は着れる服のバリエーションが増えた。

 

だからオシャレを意識して服を買ってみた。

 

 

 

あれ?意外と似合う。

 

お洒落だと思っていたフード付きの半袖の服も、サファリハットも。

 

似合うじゃないか!ジャージしか似合わないと思っていたのに。

 

 

 

嬉しい。

 

次に気づいたのは、僕は意外と体力あるってこと。

 

一日1万歩以上。

 

1時間以上余裕で歩けるじゃん。

 

これもなんか嬉しく。

 

将来が少し明るくなった気がした。

 

あとは沢山歩いて、たくさんの景色を見るので、スマホで写真を撮るようになったのだが、あれ?自分って写真の撮り方上手くない?プロ並みではないが、才能あるじゃん!と思った。

 

これも嬉しい。

 

それに写真が趣味になったしね。

 

今の段階でこれだけの新しい自分に気づいた。

 

「自分探し」を意識して行動に移した訳じゃないのに、こんなに新しい自分を発見できた。

 

これからも新しい自分を探していこうかなと思う。

 

どんな自分がいるかワクワクしてる。

 

ちなみにダイエット後の血液検査の結果は最高に良かった。

 

先生に褒められるのも嬉しい。

 

新たな自分を探すこと。

 

これは別に「自分探し」を意識しなくてもできることなのかもしれない。

 

なにかがキッカケで行動して新たな自分に気づくこともあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

21歳女 イギリス一人旅 自分の逃げの人生に終止符をうった

 

 

私は高校生の頃から英語にコンプレックスがあり、自分で英語はできないものと決めつけていました。

 

というのも、通っていた学校が私立の中高一貫で、特に英語には定評があり、地域のトップの学校だったため、周りの子の英語力が半端なかったのです。

 

実際に、帰国子女の子も多く、私が、英語を勉強していっても平均よりちょっと上くらいで、ほとんどが平均点でした。

 

しっかり勉強していっても平均点と変わらなかったため、だんだん私は英語ができないと自信を無くしました。

 

 大学受験では、系列の大学に上がることができるのですが、英語の成績に自信がなく学部のランクを落として希望を出し、経営学部にしてしまいました。

 

 しかし、大学3年の時、苦手なものから逃げるのは嫌だと思い始めました。

 

勉強だけでなく、すべてにおいて、苦手なことから目を背ける人生は嫌だと思ったのです。

 

 そこで、大学3年の春イギリスへ一人で武者修行(古い言葉ですね)に出かけました。

 

イギリスのアングロワールドという語学学校に入学しました。

 

自分の逃げの人生をストップさせるために、手始めに苦手な英語を克服しようと思ったのです。

 

現地で、授業の一環として、街に繰り出し、イギリス人に対して、英語でインタビューをする課題に積極的に取り組んだり、アラブ圏ややヨーロッパの英語圏ではない国の人たちとの交流にも積極的に参加し、自分から英語の苦手意識を取り去る努力をしました。

 

 結果、私は、臆せず英語で会話ができるようになり、自信を取り戻しました。

 

現在は、経営する英会話教室で、子供たちに系会話を教えたり、大学や専門学校の就職対策の授業の一つとして英語を教えたりしています。

 

 私が、イギリスへ一人で行く決心をしたのは、「頼らない」「逃げない」ためです。

 

英語のブラッシュアップができただけでなく、一人で参加したことにより、コミュニケーション能力もずいぶん上がったように感じます。

 

自分から動かなければ何も始まらないし、ましてや外国で外国人と生活していくためには、こちらが必死に相手の話を聞こうとし、こちらの意思を伝えなければならなかったからです。

 

 その経験を通して、人間やる気になれば何でもできるし、無理なことってないんじゃないかと思えるようになりました。

 

きっかけは、英語の苦手意識の克服でしたが、異国の地で一人で何でもやれたと追う経験が、その後の人生に大きな影響を与えています。

 

 ぜひ、一度、自分のことを全く知らない人たちの中で自分を見つめなおす機会を作ってみてください。

 

案外、自分ってできるやつじゃん…と思えるかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

 

あなたの存在価値の無限さ

 

 

こんにちは。

 

私ただいま28歳社会人の中野亮といいます。

 

小学校からいじめられやすく内気な性格であることから、大学に行くまでずっといじめられ続け、不登校にもなった経験もあります。

 

そして大学に入ってからは流石にいじめというものはなくなりまして、好きな女の子や趣味も出来ましたが何もうまく行くことなく毎日暇つぶしやスリルを求めパチンコ三昧、しまいには消費者金融から借金をした経験もあります。

 

そしてそれを親に返済はさせる、そんなぐうたらでダメに拍車をかけたような人間でした。

 

そして自分でもまた自分とはなんなのかと考えていました。

 

私はサッカーが昔から好きで好んでやっていることが多かったのですが、あるとき私の人生を変えるような人にテレビで会いました。

 

皆さんも知ってると思いますが本田圭佑選手です。

 

彼は幼い頃から世界一のサッカー選手になって、セリエAで10番をつけて活躍するといったような夢だけを追いかけて、今では日本どころか世界で知らない人はいるのかというレベルまで這い上がってきました。

 

なぜ私が本田圭佑選手に人生を変えるきっかけを作っていただいたのかというと、彼は決してサッカーがうまいというわけではなく、足も遅い、ユースにも昇格できずプロを諦めさせられるとこまで行きながらも最終的にはW杯で大活躍する日本で一番有名な人にまでランクインするほどです。

 

そんな彼のマインドに惹かれました。

 

天才なんていない、他人が休んでいる時に努力する、結果が悪くなることは過程でしかない、など、探せばたくさんあります。

 

そしてそんな本田選手は海外で自分の性格やあり方を変えたと、言っていたので私も自分を変える、自分を探すために海外に1年間行って働くことにしました。

 

実際正直いうと大変でした。

 

今まで努力しなかったつけや、カルチャーショックなど。

 

逆に今まで言われ続けてきたことは日本独自のもので、あれは自分の良さだった、などと気づくこともありました。

 

そして今となっては自分の会社を立てるために勉強を頑張ることができていますし、英語も勉強して喋ることが可能になりました。

 

今思うと昔やっていたこと考えていたことがいかにくだらないことだったのかというマインドになりまして、何事もプラス思考に考えることができます。

 

自分はなんなのか、まだそれはわからないですが、自分の存在価値は素晴らしいと思います。

 

皆さんに言いたいのは、自分探しなんかしなくても自分は自分であり、誰が秀でているとかではなく彼があって素晴らしいということは必ずあります。

 

才能とかモテるとかそんなものは後からついてくる付帯要素でしかないと思います。

 

 

 

 

 

34歳女 引っ越しやバイトで自分探し 自分は今ここにいる

 

 

20歳で大学を辞めてから「自分探し」に奔走していました。

 

現在30代になりその時のことを思うと「無駄だった」と思うこともあれば「あれは必要な経験だったんだ」と思うこともあって、自分の中でも色んな気持ちが湧きあがって来ます。

 

その当時、大学を辞めて何をして良いか分からず、次のステップに移る気力や自信すら失っていました。

 

そこで「自分探しをして未知の自分に出会えば何か変わるかもしれない」と淡い希望を抱いて、残り少ない気力をふりしぼって行動しました。

 

まず、やったことは住む場所を変えることでした。

 

地方の田舎に住んでいましたが東京に思いきって出てみました。

 

が、東京にただ出たからといって、夢や希望まして素晴らしい人間と出会えるはずもなく、あっけなく地元に戻りました。

 

恥ずかしいことに仕事も決めない状態での移住だったので、何もかもが準備不足でその時の自分の甘さには今でも呆れてしまいます。

 

次にやったことは「色んな人と出会ってみて自分を探してみよう」という試みです。

 

バイトもしましたし、出会いアプリで異性とコンタクトをとってみました。

 

バイトの方は今までやったことのないようなものに挑戦したので、その経験が現在も役に立っています。

 

出会いアプリは一見危険ですが、普段全く知り合うはずもない人と話してみることは、すごく刺激的で自分の知らない面も引き出せたように思います。

 

でも、結局「これが自分のやりたいことだ」という確証が色々やってみても見つかりませんでした。

 

あれから数年が経ち、状況はガラリと変わった今思う事は「自分探し」をやっても「自分」は見つからないということです。

 

どんな場所でも状況でも、そこにおかれている自分こそが自分であり、それ以上でも以下でもないという結論に至りました。

 

自分探しの一番の目的は「生きがいを見つける」「今の状況を変えたい」というものですが、それが唯一成功するコツは「自分がやろうと思ったこと、やらなければいけないこと」をこつこつと積み重ねていくことだと思います。

 

なんでもそうですが、地道な経験や努力に勝るものはありません。

 

 

 

 

 

 

25歳女 様々な人付き合いに参加 結局自然体で良いと分かった

 

私は25歳女性で、現在事務員として働いています。

 

しかし、事務員として働く私と、プライベートでの私のキャラクターは「完全に同じ」とはいえません。

 

私には、場所や相手によってキャラクターを演じ分ける悪癖があるのです。

 

きっかけは、中学生の時いじめ被害者だったことにあると考えています。

 

理由もわからず、ある日突然仲が良かった友人に無視されはじめた私は、考えを巡らせた結果、原因が私の性格にあるという結論に至りました。

 

それから、いろんな人にとって良い子に見えるよう振舞おう、本当の自分は隠しておこうという考えが強くなりました。

 

しかし、高校進学によって環境が一変し、いじめから解放されると、徐々に「原因が私だったとは限らない」と客観視できるようになりました。

 

しかし「キャラクターを演じ分ける」という癖はすでに私に根付いてしまっており、やめるどころか、「キャラクターを演じ分けている」という自覚すらない状態でした。

 

その自覚が生まれたのは、社会に出てからです。

 

社会に出て大人に囲まれるようになると、誰もかれもが自然体で振舞っているように見え、自分が恥ずかしい、変な振舞いをしているのではないかと感じるようになりました。

 

そこで試したのが、飲み会や同期同士の旅行などに手当たり次第に参加し、キャラクターの演じ分けを取っ払う糸口をつかもうという荒療治です。

 

しかし、人付き合い自体が苦手だった私はどんどん疲れてしまったうえ、結局演じ分けを取っ払うことはできませんでした。

 

そんな私が自分探しをやめたのは、会社の先輩の「あなた無理してるよね」という一言がきっかけでした。

 

その一言で、「ああ、私は無理をしていたんだ。

 

無理をしなくてもいいんだ」と思い、自分探しをやめることができました。

 

それによってキャラクターを演じ分ける癖がなくなったのかというと、そうではありません。

 

しかし今は、それが自然体の自分なのだと受け入れています。

 

受け入れたことで、不思議とキャラクター同士の格差はなくなり、今ではとても楽に生活できています。

 

もし今、私と同じような悩みを抱えている人がいるなら、「無理はしなくていいよ、自分が楽な生き方ができればそれが正解なんだよ」とアドバイスしたいです。

 

 

 

 

 

 

21歳大学生だった私、アメリカ留学で自分の内側に気付かされ感謝

 

 

 

若い頃、一度は憧れた経験があるでしょう。

 

「自分探しの旅」。

 

私の場合、印象に残っている自分探しの度はアメリカ・ロサンゼルスでした。

 

大学に入学した18歳。

 

かねてからずっと興味があったストリートダンスにどっぷりはまったのがこの頃でした。

 

そこからというもの、勉強なんてほっぽり出してとにかくダンスダンスダンス。

 

朝から次の朝まで、ダンスのことばかり考えていた記憶があります。

 

そんな自分が最初の壁にぶち当たったのは、周りが就職活動を始める大学3年生の時でした。

 

ダンスで食べていきたいという破天荒な夢がでしたが、根拠のない自信もありました。

 

このまま就職して、「ダンサーになるのが夢だった」などと語るだけじゃもったいない!と思い一念発起。

 

両親に謝り倒し、ロサンゼルスへの留学を決めました。

 

両親は好きにしなさいと言ってくれましたが、もちろん留学費用を出してくれるような甘さはありません。

 

そこから半年間、本当に寝る暇もなく働いて、わずかな貯金を持って半年間の留学へ出ました。

 

これが私の自分探しの旅。

 

というのも、はやり好きなことを本気でしようと思うと、自分の本質と語り合うことになる。

 

嘘をついたり無理をしたり、時には人を妬んだり僻んだり、自分に自信がないことにも気づいたりする。

 

特にアメリカで出会う日本人なんて、イケイケな人が多かったので、「私はあの人のように破天荒にはなれない。

 

なりたいけどなれないんだ。

 

」と気付かされたりもしました。

 

私って一体、何者なんだろう。

 

例えばダンスを極めた先には、ダンスを使って何をするかに目を向けなければならないんだとうこと。

 

巡り巡ってたどり着いた先に悩みがあっても、ダンスで得た何かしらの教訓がそのとき頼りになるんだということ。

 

だからこそ、生きる場所を変えても「私は私でしかないんだ」と強く知ることになりました。

 

私にとってこの経験は唯一無二。

 

自分のことを誰も知らない、言いたいことの半分も言えないあの状況が、余計に自分の内側を変えてくれたと思っています。

 

 

 

 

37歳女 アルバイトで自分の得意が見つかる

 

 

私が高校へ入学したとき、入学して早々、進路希望の紙を学校側から手渡されました。

 

しかし、自分のやりたいことのない私は何を書いたら良いのか分からず、親が喜びそうな大学名を書いて適当に提出したのを覚えています。

 

やりたいことのなかった私は、目標がないために勉強も身が入らず、かといって、このままボーっと大人になるのも嫌だと感じていました。

 

そして、ふと「アルバイトをして自分が好きな仕事を探してみよう」と思い立ったのです。

 

親にその話をしたら、快くOKを出してくれて、私はアルバイトをすることにしました。

 

私がアルバイト先に選んだのはファミリーレストランのウェイトレスでした。

 

しかし、回転率の速いお店に要領の悪い私は追いつけず、いつも失敗ばかりでした。

 

私が得意とする仕事ではないなと感じた私は、何回か通った後、すぐに辞めることにしました。

 

そして次にアルバイト先に選んだ仕事は、ピザ屋でのピザを作る仕事でした。

 

そしてこの仕事が私にはぴったりと合っていて、高校を卒業するまでお世話になりました。

 

ピザを作っているときは仕事ではありますが、楽しかったのを覚えています。

 

このアルバイトの経験から、自分には料理を作ることが得意であり、好きなことが分かりました。

 

思えば、小さい頃から物作りが好きで、一から何かを作ることに熱中しているような子供でした。

 

工作もよくしていましたし、大きくなってからも女の子では珍しくミニ四駆などにはまって造っていました。

 

これらの経験は、自分への自信へと繋がりました。

 

自分の得意なことを見つけた私は、自分が進むべき道や自分の強みとなることはどこかを知ることができ、勉強も熱心に取り組むことができました。

 

アルバイトが禁止されている高校もあるので、やりたくてもできない人がいると思いますが、もし、そうでなければ、進路に迷っている学生はアルバイトをするべきです。

 

社会人になる前の予行練習は大切です。

 

自分の得意を見つけて、自信へと繋げていきましょう。

 

 

 

 

 

 

40歳男性 自己啓発で自分探し 今は、時間の無駄だったと思います

 

 

40歳の会社員をしています。

 

システムエンジニアの仕事をしています。

 

自分探しは、大学生の頃に本当にしていました。

 

自分は、何をしたいんだろう、どうやったら自分らしくいられるのだろう、そんなことを強く考えながら過ごしていました。

 

大学は、理系だったので、大学院まで行ったのですが、時間に余裕が出来ていろいろと自分探しをしました。

 

まず、沢山の自己啓発の本を読みました。

 

自分について見付けるための本です。

 

その本の著者がやっているセミナーにも出るようになりました。

 

本当に、毎月のようにセミナーに通うようになりました。

 

中には、右脳開発セミナーなど、コアなものにまで出るようになりました。

 

その時の心情というのは、何か自分には、やりたいことがあるはずで、それを探したいという気持ちでいっぱいでした。

 

そして、沢山のセミナーに出ていくことになるのですが、結果、今から思えば、焦って出てただけだなと思いました。

 

もっと、現実を見つめて、仕事をしながら、その中で、やりたいことを探しながら進んでいけばいいと思いました。

 

後悔していることは、大学院まで行ったのに、自分は、新規事業を立ち上げたいんだと思い込み、就職をしなかったことです。

 

そして、知り合いの社長さんのところで、見習いのようなことをしながら、20代を過ごしてしまいました。

 

今、思えば、会社に入って、しっかりと社会の仕組みを学んでいれば良かったなと思っています。

 

自分探しをしていく中で、様々な自分を探す方法が頭の中にあって、その方法で頭でっかちになってしまっていたのだと思います。

 

現実に、手を動かしていく中で見つけるということをせず、ひたすらマインドマップなどを使って、紙に書くということをしていました。

 

今からすれば、本当に時間の無駄だったなと思っています。

 

仕事をしていれば、もっと早く、自分のやりたいことにも気づいて、行動に移すことができたのではないかなと思います。

 

アドバイスがあるとすれば、自分探しの方法を身に着けることはいいことだと思います。

 

しかし、実際に行動をしていく中で、自分を見つけるということをすればいいと思います。

 

 

 

 

 

 

28歳女性自分の殻を破るための海外生活で見つけた新しい基準

 

 

そこそこ名門の大学を卒業し、そこそこ大手の企業に入社した私にとって自分の人生は多くの人と同じようにこれからも順調に、そして平坦に過ぎていくものだと信じていました。

 

学生の頃を思い出してみると、自分で言うのも変な話ですが、私は大変な努力しなくても大半のことが人並みかそれ以上にできていました。

 

目標を決めて何かに取り組めば、だいたい当初想定していたことと近い状況にたどり着ける、と信じていましたし自分にはそれができる能力があると思っていました。

 

大学卒業後に就職した会社では元来の真面目な性格が評価され、順風満帆に過ごすことができました。

 

親兄弟も私の生活に何の不安を感じていなかったと思いますし、私自身も今の生活に不満を感じていませんでした。

 

そんな日々が過ぎ、入社から3年が経ったある頃、私は肺炎で病院に入院しました。

 

風邪を引いていたものの特に何もせずに放っておいたため、状況が悪化して肺炎になってしまったのです。

 

病院で過ごす数日間は私の人生で初めて訪れた「何もしなくて良い時間」でした。

 

学生の頃は常にテストや試験がありましたし、就職後も会社員としての成績を延ばすという目標があったので私は半ば自動的に、目の前の道を歩いていました。

 

しかし、初めて自分の意志だけでやりたいことができる時間を手に入れたとき、私は自分の中に誰かに胸を張って言えるような目標や夢がないと気がつきました。

 

今までの私の人生はかなり受動的で、何かをするのにも「こうあるべき」「こうするべき」という感情の元、行動していました。

 

病院で入院したのは1週間程度でしたが、退院したのちも私は心の中にモヤモヤとしたわだかまりを感じていました。

 

その正体が何であるかはわかりませんでしたが、少なくともどうにかして今の自分の生活をもっと楽しいいものにしたいと感じていました。

 

それからしばらくして、私はふいに会社を辞めて、海外留学をしてみるのはどうだろう、と思うようになりました。

 

当時は26歳。

 

会社では後輩を持ち、自分主導のプロジェクトを任される機会も増えていた頃でした。

 

「もし、このまま会社で勤めていたらきっと想像している程度には幸せに暮らせると思うが、果たしてそれが私にとって一番いい選択肢なのだろうか?」そう考え始めると今にでも新しいことに挑戦してみたくなりました。

 

結局、私は3ヶ月後に会社を辞め、ワーキングホリデーを取得して単身でノルウェーへ行くことにしました。

 

今まで頭の中で抱えていたモヤモヤを、誰にも相談しないまま会社を辞めることにしたので上司はとても驚いていましたし、親は私のことを「急におかしくなってしまった」と感じたようです。

 

会社を辞めたのち、すぐにノルウェーのオスロへ引っ越しました。

 

引っ越すまでは、会社の引き継ぎや新しい生活の準備などでやらなくてはいけないことが山ほどあり慌しいながらも楽しく、充実した日々を過ごしていたのですがいざオスロで腰を下ろしてみると、次に何をするべきなのかがわからず一気に不安になってしまいました。

 

ワーキングホリデーの期間は1年間です。

 

肺炎で入院した1週間とは比にならないほど長く、「何もない」時間です。

 

新しい生活をスタートしたばかりの私は何から手をつけたら良いのかわからず、語学を勉強するでもなく、新しい仕事を見つけるでもなくただただじっとして時間を過ごしていました。

 

しかしそんな生活がしばらく経つと次第に人とコミュニケーションを取りたいと思うようになりました。

 

そして、新しい生活の第一歩として語学学校に通うことにしたのです。

 

目標もなく、思いつきのまま始まった、人生初めての海外での一人暮らしですが語学学校へ通いノルウェー語を勉強する傍ら多くの人々との出会いを経て私は自分の人生を自らの手で切り開くすべを見つけました。

 

その後私は南ドイツで仕事を見つけ、ワーキングホリデー終了後も日本へ帰らず自分の力だけでチャレンジすることにしました。

 

今もなお、自分自身との挑戦の真っ只中にいる私ですが、今までの自分の生活を振り返ってみると、会社を辞めて海外へ行くことを決意した瞬間が自分の人生のターニングポイントであったと思います。

 

これはすべての人が会社を辞めるべきだとか、海外へ行くべきだというつもりではありません。

 

ただ、自分自身でも思いつかないような選択肢があなたには存在するのだということを知るヒントになってもらいたいと思います。

 

 

 

 

 

 

20歳男性でニューヨークでホームステイで自分を楽しみました

 

 

私は個人事業主を営む39歳の男性です。

 

自分探しは人生39年間で複数回しております。

 

その中で一番初めに「自分探し」をしたのは20歳の時です。

 

まだまだ大学で法律を勉強してる頃です。

 

私は大学時代に大学で勉強して就職して、そのあとに結婚して人生40歳くらいになってから「小太りの女房とビール片手間に疲れるなー」とかは絶対にいやでした。

 

これに比べたら人生で「一度考える時間が必要と感じ」20歳になってニューヨークに自分探しに出かけました。

 

もちろん大学の許可もいただいてます。

 

その際に小論文も必要な時代でした。

 

ちょうど小論文を書く時に自分探しの結果になると思ってました。

 

実際に自分探しでニューヨークに行ってみると、空港でキョドッてました。

 

その上、ニューヨークはギャングの支配地だ。

 

俺は死ぬかも知れんってビビって過ごしてました。

 

ただ自分のホームステイ先に行ってみると「安心」がありました。

 

非常に優しい方々ばかりで人間の愛情を知る事ができました。

 

私はずーと自分探しばかりで自分としか向き合ってなかったので愛情に触れることによって、自分探しをするにはメタ思考でないといけない。

 

客観的に物事を判断して、好きなように生きていかないと普通の人間になってしまうし。

 

自分探しで理想ばかり見てると自分ばかり見て「うつ病」になる可能性もあると感じました。

 

それよりもメタ思考でもいいので客観的に物事を考えて自分らしく楽しく生きる方がいい。

 

頭でなく心で感じること。

 

「No think,Feel」ブルースリーの気持ちになりました。

 

こうやって客観的に物事を把握してニューヨークをサバイバルしていけば人生で大きなモノを手に入れると思います。

 

私はニューヨークでのサバイバル生活で、生きる歓び、どんなこともビビらない。

 

器が大きくなりました。

 

今では、当時の理想通りで自分のなりたい自分になれたと思ってます。

 

自由な時間、自分の好きなことをしてやる。

 

ちなみにお金がないときはアルバイトでもなんでもして、自分の理想を追いかけて生きております。

 

ただメタ思考は忘れてません。

 

後悔はほとんどないです。

 

実際に「成功することは簡単、動けばいい。

 

それだけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

32歳女やりたいことをやったら夢と結婚を手に入れられた話

 

 

M.S 32歳 施設の看護師をしています。

 

私は高校時代、将来の夢もなく、好きな科目もなく、大学で何を専攻したらいいかもわからずにいました。

 

そんな時、親から資格をとれる学校へ行ったらどうかとアドバイスされました。

 

親は簿記とかパソコンのスキルをイメージして言ったと後からわかったのですが、その頃の私は国家資格だと思い込み、受験科目も難しくない看護大学に入りました。

 

私はこれまで入院したことも大病したこともなく、看護師の仕事がどんなものかも知らずに入学した為、入ってからの勉強や、演習や実習が苦痛でしかありませんでした。

 

何度大学時代に退学すると騒いだことか。

 

家族会議まで開催される始末。

 

でも家族は「そんなに嫌なら辞めてもいいんだよ。

 

でも明日1日行ってみたら?明日行けたら一週間行ってみたら?」「そんなに嫌なら看護師になんてならなくてもいい、大学だけ卒業してみたら?」と優しく励ましてくれていました。

 

最後はこんなにサボってて国家試験に落ちたら周りからは当然と思われる、むしろ合格してやると意地で勉強し、国家資格を取りました。

 

社会人になり病院で看護師として働きだし、初めて人の命を扱う責任の重大さに気づき、そのプレッシャーに押しつぶされそうになる毎日。

 

必死で仕事をしても、ミスし、上司からは「あんたいつか人を殺すよ」とまで言われ、私は看護師に向いていないんだと思いました。

 

結局最後はうつ状態になり、1年で看護師を退職。

 

180度違うアパレルで働き出しました。

 

私は二度と人の命を扱う仕事はしないと心に決めて。

 

でもそこで経験したのは、繁忙期は12時間以上、6連勤しても安い給料。

 

服は店内で売られてるものしか着ては行けないルールでその費用も給料から天引き、さらに給料は減る始末。

 

忙しさとストレスで食欲は減り、ただでさえ痩せていると言われている身体がさらに4キロ減り、1年でまたしても退職しました。

 

結局その後給料の良さから看護師に復帰。

 

その頃、親友が結婚したのを気に私も結婚したいと思い婚活を始めました。

 

合コンや異業種交流会、婚活パーティー、街コンと出会いの場にはどこへでも行きました。

 

多い時は週に2、3日、1日2回婚活パーティーに参加したり。

 

まだ25、6歳だったので、参加するパーティーでは9割がたマッチングし、その後ごはんに行ったりしました。

 

「結婚したい」と思っているはずなのに、全然結婚したいと思う人に出会えず、どうしたら結婚できるんだろうと悩みました。

 

悩んでいる反面、昔から海外に住んでみたいと思っていたけど、実現できないと思っていたことに気づいたんです。

 

私は高校生の頃に姉に海外(ヨーロッパ)に連れて行ってもらった時に、いつか海外(ヨーロッパ)で暮らしたいと思っていたことを思い出したんです。

 

海外に行きたい、でも結婚したい、28歳の私は、30歳手前にして自分の夢を叶えることに決めました。

 

「結婚はいつでもできる。

 

結婚するだけなら、50歳だろうが60歳だろうができる。

 

だったら海外に行ってから考えてもいいんじゃないか」って思ったんです。

 

それからは海外に住むといっても全く知らない語学をゼロから始めるのは大変なので、ヨーロッパで英語圏の語学留学でてっとりばやく海外生活を体験してみることにしました。

 

英会話教室に通い始め、留学情報を探し、手配し、貯金をし、仕事を退職し、1年後晴れてヨーロッパの地を踏みました。

 

29歳になったばかりでした。

 

「30歳になったら自分の将来や結婚を考えよう。

 

それまで私は自由に生きよう」と。

 

結局当初の予定は8ヶ月の滞在でしたが向こうでの生活が楽しすぎて延長し、1年2ヶ月滞在しました。

 

向こうで生活していて、私は日本の生活が私にとって本当にストレスフルなものだったんだとわかりました。

 

周りの目を気にしたり、察して動いたり、空気を読んだり、海外にいって、それから解放されたら、本当に幸せを感じました。

 

残業ばかりしている日本人の働き方も客が神様と思い込んでクレーマーな客も普通じゃないことを知りました。

 

帰国した時は、本気でもう一度、今度はワーホリで同じ国に戻る気でいました。

 

帰国し、ワーホリ手続きをしている間に友人に誘われて行ったパーティーで私のタイプの男性に出会ったんです。

 

あまりにもタイプで、彼も私を好きと言ってくれていて、舞い上がってしまい、ワーホリをやめ、日本に留まることにしました。

 

そしたら、その彼は恐らく既婚者で、私は遊ばれただけで終わったんです。

 

悲しいけれど、仕方なく日本で仕事を探しました。

 

結局看護師として2社面接を受けました。

 

その1社の面接官がとてもかっこよくて、そこで働くことにしました。

 

そして今その面接官が私の夫です。

 

海外に戻った方がよかったのか、今の人生がいいのかはわかりません。

 

でもこの数年間で学んだことは何もしないで後悔するくらいならやってみて後悔した方がいいということ。

 

なので私は迷ったら行動して後悔することと行動しないで後悔することのどちらがマシかを考えます。

 

私は断然行動して後悔する方がいいと思うので、やりたいことはなんでも挑戦するようにしています。

 

あなたも人生一度切りなので後悔しないよう、何でも挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

44歳のパート主婦、自分探しはやりたいことをやってみること!

 

 

40代のパート主婦です。

 

中学生の子供と会社員の夫と3人で暮らしています。

 

結婚してから子育てや仕事・家事など、毎日多忙な毎日を過ごしていました。

 

とても忙しい時期があり、その頃は子供がまだ小さかったので、仕事が終わったら保育園へ迎えに行ったあと、洗濯物を取り込んだり食事の支度をするなど、毎日あっという間に終わってバタバタとしていたので、何を自分はしているのか、自分を振り返る時間もないので、かなり疲れも出て、帯状疱疹が一気に出たので、心身ともに疲れているのを自分でも実感するようになりました。

 

何か気分転換も必要だなぁと感じるようになり、自分探しをしてみたいと思うようになりました。

 

やはり毎日、子供のことや仕事のことなどでバタバタして自分を振り返る時間がなく、二の次になっていたので、オシャレしたり出かけたり、自分に費やする時間を持てなかったので、やりたいことをリストアップしてから色々とやってみることにしました。

 

まず、スポーツジムへ入会してホットヨガなどスポーツを始めることにしました。

 

やはりスポーツジムはリフレッシュすることができ、体の疲労感も緩和することができるのでとても体が楽になります。

 

自分探しの第一歩としてスポーツジムへ通ってリフレッシュすることができたので、とても体がスッキリして楽になったのを自分でも体感することができました。

 

自分でやってみたいことをリストアップしたことで、だいぶ頭の中もスッキリしてきたので、ちょっとした気分転換は日常生活の中で必要だなぁと感じました。

 

それまではイライラすることも多く子供に対しても八つ当たりするようなこともあったので、やはり改善していくためにも自分にとってリフレッシュできるような方法を見つけ、自分探しをすることは必要だと感じていました。

 

何か自分でやりたいことやプラスになることを色々とチェックすることは重要だなぁと感じていますし、日常的に必要です。

 

そうすることで自分にとって必要な部分が見えてくるようになりました。

 

 

 

 

 

44歳女自分探しで知った、自分が本当に好きな事

 

 

私は、44歳の女性で在宅の仕事をしています。

 

私が、自分という存在に違和感を感じたのは、20歳の頃でした。

 

私は、中学生の頃から漫画家になりたいという夢を抱いていました。

 

お年玉やお小遣いで買うのは、お洒落な服ではなくて、ペンや原稿用紙など漫画に必要な物ばかりでした。

 

夏休みや冬休みになると、友人から遊びに誘われても、断って漫画を描き続けました。

 

ですが、次第に自分の才能の限界に気がついてしまったんです。

 

その時には、もう私は高校二年生となり、将来を考えるにも、遅い年になっていました。

 

漫画家以外の選択肢を考えていなかった私は、ポンッと放り出されたような気持ちでした。

 

友人達は将来のビジョンを見据えて、必要な進路を探している中、私は新しい進路など考えてもいなかったのです。

 

両親にも、将来はどうするんだと聞かれて、私は焦りました。

 

そんな時に、夏休みを利用して、田舎の祖父母の家にしばらく行ってみようと思いました。

 

自分が何をしたいのか、もう一度考え直さなくてはならないと思ったんです。

 

何をするでもなく、毎日をぼんやりと過ごす私に、祖父母は何も言いませんでした。

 

そして、私はそんな祖父母の優しさに、やっと気がついたんです。

 

私がした事は、自分探しではなく、現実逃避でしかなかったのです。

 

それから、私の日々は変わりました。

 

壊れた夢に落ち込んでいる場合ではなく、新しい目標を見つけようと思ったんです。

 

そして、私は小さい頃から通っていた本屋に通い、様々な本を読みました。

 

それまで、参考書や漫画しか買った事がなかったのですが、今まで読んだ事がない本を読んでみようと思ったんです。

 

でも、どの本を読んだら良いのか分からず、店員さんに尋ねました。

 

店員さんは、私が読みたいと思える本を、すぐに探してくれました。

 

その豊富な本の知識に、私は驚くのと同時に、憧れを抱きました。

 

そして、私は本屋で働くという夢を抱きました。

 

形は変わっても、やはり本に携わる仕事がしたいと思ったのです。

 

自分探しをして、本当に好きな物に気がつけた気持ちです。

 

自分探しで困っているという人は、自分が何を好きだったのかを、見つめ直す事も必要だと思います。

 

 

 

 

 

 

28歳女、自分探しは自分と向き合うということ、まだ自分を探し中

 

はじめまして、20代専業主婦です。

 

私はいまだ“自分探し”中ですが、経験談をお話させてください。

 

私は、専業主婦になる前は、祖母の介護をしていましたから、自分の時間は持てなかったんです。

 

あっても、週に2回のデイサービスの日くらい。

 

でも、その時間もなんだかんだ買出しの時間になってしまったり、祖母の帰宅までに帰らなくては・・・などでゆっくりショッピングなんてことも出来なかったのですが、そんな日々を送ってるうちに、疲れや“自分って何者なんだろう”と思うようになってきました。

 

母は、長くうつ病を患ってましたから、介護も買い物も出来ず、せいぜい出来ても荷物もち程度。

 

段々、そんな母にも苛立ちを隠せない私がいました。

 

小学4年生頃には、母は病気なんだと自覚していたので、家族のためになんて人生を送ってきました。

 

なので、今度は介護となると、なかなかしんどいものがありました。

 

まず、毎晩祖母が深夜トイレで起きるのを確認することがあったので、深夜2時までは起きていました。

 

その待機時間を利用して、大好きなゲームをする時間にあてました。

 

結果、ゲームを通して関連の友達が出来ました。

 

なんとなく、心に余裕が出来た気がしました。

 

次に、昼間に映画を見たり友達と遊ぶ時間は無かったので、今度は読書をはじめました。

 

もちろん深夜に。

 

視野が広がった気がしました。

 

趣味に没頭する時間は基本深夜にあて、昼間は極力介護に力をいれて・・・なんてことをしてました。

 

でも、なんとなく、イライラや“自分は何者なんだろう”なんてところの解決に繋げることは出来ませんでした。

 

介護は、本人も介護側もつらい思いをしてると思いますが、なにより経験上“自分を見失ってはいけない”と感じました。

 

少しでも趣味を楽しむ時間を作ることは大切なんだな・・・と。

 

専業主婦に今年なりましたが、旦那の実家にて同居しています。

 

また、ここでも悩みがあり、再び自分を見失いかけている最中です。

 

実家での経験をいかして、また自分探しの旅に出ています。

 

“自分と向き合う”ことを怠ってきたところは後悔しています。

 

自分より家族のためと行動して過ごしてきたものですから、“自分”が分かりませんでした。

 

もちろん、今でも。

 

なので、日頃から自分と向き合うことって大事なんだなと思いました。

 

どんな事がイヤでどんな事が嬉しいのかなど些細なことをメモしておくことにしようと思い、今年からはじめましたが、自分で書いておきながら、本心なのかも分かりません。

 

なので、もっと自分を大事にしてあげればよかったなと後悔してます。

 

私は、自分を押し殺してた時間が長く、次から次へと環境が変わりましたので、そのときに応じて“自分探しの旅”は進路が変わったり、またスタート地点から・・・なんてこともあります。

 

ですから、愚痴ノートではありませんが、こんなところがイヤでこんな事に喜びを感じてると書くことに決めて記入してますが、例え本心でなく感じても記すことが大切なんだ。

 

読み返して、こんな事に喜んでたんだと確認できるようにしました。

 

自分探しとは、自分と見つめあう、向き合うことなのかな・・・と思い始めましたので、やってみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

31歳男 少年時代、青年時代に登山等を通じての自分探し

 

■私が自分探しで色々した経験談につきまして私は、30代中盤の男性ですが、これまでに自分探しとしまして、様々なことを体験してきました。

 

代表的な部分としましては、まず学生時代には、近隣の市内の山に登山したりする等して登山をすることにより、新たな価値観を生み出そうと思い、山登りには積極的にチャレンジしました。

 

中でも、市内で数回しか登山したことがない山につきましては、積極的に登山して頂上付近で、将来やりたいことを思い描いてみたり、山頂で自分らしさを追求するような思いを馳せてみたり等、将来何がしたいか?自分はどのようにあるべきなのか?と言う内容のことを積極的に登山中、若しくは、山頂付近でイメージをふくらませることをしておりました。

 

山登りで、自分探しをしている内にしばらくは山登りが好きになったこともあり、ツアー的なことも自分自身は好きなのかな?と思うようになり、初めての観光客の方々が聞きたそうなそぶりをしている時は、近くに寄って色々ガイドを買って出たりすることもしてみました。

 

学生時代は山登りで終始追われる形となりました。

 

それと平行しまして、家の近くに走る電車を使用するのも非常に好きで、鈍行列車の旅で、終点まで電車で行ってみたりですとか、電車の中で様々な風景を見ながら、将来のやりたいことや、自分探しを追求して行く形になりました。

 

電車の運転士にも一時期には憧れる形になりましたが、こうやって電車にのって旅をして食レポ等をしてみる職業も良いなと思い、様々な形で自分が本当に好きになれそうなことを追求して行きました。

 

高校生になりますと、アルバイトで、実際に正社員並に労働を経験してみたいですとか、全てのシフトにアルバイトを重ね入れるような形で最大でアルバイトを3つ掛け持ちするような形で、正社員並に働いてみることを様々なバイトで体験した上で、自分が実際に働いてやっていけそうな仕事を探していく形になりました。

 

それらの経験を通じて自分探しの旅等を行ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

55歳の女性が母の人生と重ねて自分探しをしての今の気持ち

 

家族で話し合いを続けたことです。

 

私自身つねに自己肯定感が低くどうすればよいのかわからないまま、その時に起こる様々に降りかかってくることから逃げずにただそのことをしのぐという受け止め方でした。

 

私は、長女で地元は男の子が生まれると喜ばれるような地域でした。

 

私が生まれてた時、父は考えていた名前が男の子の名前で、自分が尊敬する作家の名前でした。

 

私は母の実家で産婆さんを呼んで生まれた子でした。

 

おなかに大きなあざがありますが、そのあざが男のおちんちんに見えたようです。

 

それで当初男の子が生まれたと電話が来ました。

 

大喜びでした。

 

しかし、しばらくして女の子だとわかると父は私の名前を付けようとはしなかったのです。

 

私は同居していた明治生まれの祖母があこがれていたお姉さんの名前を付けてくれました。

 

今考えるとその祖母が、大家族で貧乏で6人兄弟の真ん中でろくに学校も行けず、弟をおんぶして、おしんのような生活だったのではないかと思うのです。

 

再婚したことも言えないほどの時代だったのです。

 

祖母から再婚した話は一切聞かされず、父からそれとなく聞きました。

 

私は3世代同居で育ちました。

 

どこかひねくれていたようです。

 

それは、祖母の育ちの悪さなのか、そのためにすべてを母のせいにするのを見て育ちました。

 

母も同居していた祖母の愚痴を毎日聞かされ、祖母は年金や父の弟が有名企業に勤め、自分の母と同居してくれたというお礼に祖母に毎月十万円送っていたようです。

 

しかし、それはすべて貯金し、お小遣いをねだる父には毎回渡していましたが、母は、自分が履くパンツまで布を張り付けて糸で縫って履いているのを見た時に、父は辛抱をしていると思ったようです。

 

男性に甘すぎるところは、生涯父も何もお金も残さず、入院費用を弟に借りて払ったことがありました。

 

私自身、あれだけ母に共働きをした時は、夫のお金で生活しなさいと言われたり、母が入院して母から、私が入院していない頃は外食なんてしなかったのにと言われました。

 

母が、愚痴も言わず、自分のものも一切買わず、我慢をして働いて働いて、子供の運動会さえ働いていた鉄工所の副社長が認めず、苛め抜かれて、母は、その人の愚痴も言わず、56歳で亡くなりました。

 

人を信じて、苛め抜かれた結果、私は、逆に今もその鉄工所の社長と副社長をよく思えません。

 

母は、糖尿病になり、入院を何回もしました。

 

入院している母がその鉄工所の経理をしていたとはいえ、入院している母を呼び出して、監査が入ったためにその処理をさせたのです。

 

それだけではありません。

 

その社長と副社長には4人の子供がいて、その末っ子は私と同じ年でした。

 

自分の子供の運動会にはおそらく行っていたことでしょう。

 

そして、明治生まれの祖母は。

 

五月の節句にはちまきやかからんだんごができると母に持たせてその鉄工所に持っていきました。

 

おそらく20年以上働いていたのでその年数は持って行ったはずです。

 

私も何回も小学校の時から母の鉄工所に遊びに行きました。

 

もういまはありません。

 

母は、先代の社長に雇われました。

 

その頃から、そこの鉄工所の事務は長続きしなかったそうです。

 

母が我慢して、家には祖母がいるのでいられないし、家電はできないし、愚痴は、鉄工所近くの公衆電話から1時間以上一人暮らしの田舎の祖母にかけていたそうです。

 

今でいえば、パワハラでしょう。

 

私は、母ほど現世で苦労した人を知りません。

 

母は、兄弟仲も悪くありません。

 

下に3人の弟がいます。

 

その叔父たちは今も健在です。

 

母は、最期の入院先の時に私は24歳か25歳でした。

 

ここまで書いてきて、心が痛みます。

 

私の結婚式も糖尿病が進み、目が見えなくなっていました。

 

私は、父と交代で、泊まり込み看病しました。

 

本当にやさしい母だったので、毎日のようにお見舞いの方が来ました。

 

すぐ下の弟に必ず自分の実家のお墓参りを頼むため、千円渡しました。

 

またその下の弟のところにも大好きな祖母と二人で旅行しました。

 

宝塚も見られて楽しかったようです。

 

出来れば、入院中に鉄工所の方にお見舞いに来てほしかったことと母が20年以上働いて、退職金を貰えると最後まで言っていました。

 

母にとって私たち子どもたちよりも人生をささげた鉄工所の生活です。

 

せめて、退職金は無くても、私たちの実家は絶対にご存じのはずだから、私たち子どもを探してくださり、お墓参りでも来てくだされば、私の気持ちが収まるのです。

 

母は、利用されるだけ利用されたとしか思えないのが残念です。

 

私は、母が亡くなり、今、子育てに悩んでいます。

 

生きていれば81歳か82歳の母にもっと現世で楽しんでほしかったとつくづく思います。

 

私自身の人生に母の人生は欠かせないものです。

 

親孝行したいときには親はなしです。

 

 

 

 

 

 

 

36歳女性自己啓発(初心に返って)

 

現在36歳、既婚、二人の子持ちパート勤務です。

 

自分探しというか、人生や自分という存在意義を漠然と考える時期というのは誰にでも来ると思うのですが、高校から専門学校へと進んだ頃は、怖いものなしで夢を追いかけ、同じ目標を持つ友達いるだけで楽しかったのを覚えています。

 

やはり専門学校を卒業し、社会に出た頃から、自分の居場所を探すようになったのではないかと思います。

 

気の知れた友人といることはもちろん心地よくて、でもこのままじゃ駄目なような気がして、でも私には何が出来るのか?とループして考えていました。

 

そんな時、20歳で新しい仕事に就き、そこで店長言う立場を頂き、経験や知識も無いまま、がむしゃらに働いていましたが、何か自分には大きくかけている物が何かあると築いていながら、すべてがうまくいかず、自己嫌悪に陥りました。

 

自分のすべてを否定されたような気がして、とても落ち込みました。

 

その時に、自己啓発系の本を読みました。

 

周りに支えてくれていた友人や家族もいることに築きました。

 

まず、はじめに自分と向き合うことを始めました。

 

自分を知るということに集中し、何に喜び、何に傷つき・・自分の感情を自分自身で分析しました。

 

しばらくすると、自分のことをとても愛しく思えるようになりました。

 

もちろん、自分の嫌いなところもあります。

 

そこはなぜ、自分の嫌いな部分はそこなのか、深く分析しました。

 

その繰り返しを、日常的に行うよう心がけると、こんな私にも、出来ることがある。

 

こんな私にも求められていることがある。

 

こんな私にも、応援してくれる家族や友人がいる。

 

すべてに感謝があふれてきました。

 

自分を大事にすることで、周りに感謝することができ、人に優しくすることが出来ることに気づいたのです。

 

自分の嫌なところも自分自身認めることで、どんな人も認めることが出来る。

 

店長と言う立場で、若い女の子をまとめていくのはとても大変なことでしたが、人を知ることが楽しくなり、また、人と出会うことも楽しくなりました。

 

もちろん攻撃的な人もいました。

 

陰険な人もいました。

 

けど、きっと自分の中にもそういう部分があるのかもしれないと思うと。

 

嫌いになれないのです。

 

結婚をし、子供二人に恵まれましたが、近しい関係ほどお互いの甘えや、わがままが出てしまいます。

 

慌しい毎日ですが、この体験談を書いていて、今一度原点に返り、自分を知ることから始めてみようと思いました。

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

37歳女性自分が動けば周りが変わる 人生に無駄はない

 

 

私は現在30代の主婦です。

 

結婚を機に地元を離れ、飛行機の距離のところに嫁いでいます。

 

主人は大学の頃からのお付き合いで、付き合いが7年を過ぎた頃、2人で夢に向かってある国での永住権取得を目指し、未婚のまま海外で同棲をしながら仕事をしていました。

 

1年かかってワークビザ取得が出来ることが決まり、夢への第一歩が叶った思いだった頃、そのための健康診断をクリニックで受けることになりました。

 

その結果、私が命に関わる重大な病気である可能性が出てきて、もしそれが確定したら手術という結果が出てしまいました。

 

2人でよく話し合い、命に夢は変えられないということで、夢目前に引き払って日本に帰国をすることになりました。

 

病気が確定するまで一番大変なの期間、主人は私の実家に1ヶ月以上住み込み、送り迎えをしてくれました。

 

そして、検査などを繰り返し半年ほど経ってようやく病名は確定し、それは命に関わるものではなく、治療をしていけば大丈夫ことが分かりました。

 

地元に帰った主人はしばらく就職活動をすることもなく、実家で何をすることもなく日々を過ごしていました。

 

初めは、しばらくはゆっくりしたらいいなと思っていたのですが、毎日電話をする中で何かどうも様子がおかしい、元気がなくなっていく様子を感じ心配になってきました。

 

私はそこで一念発起をし、結婚はしてないけど、主人が私の実家で1ヶ月間送り迎えをして支えてくれたように、私もご飯を毎日作って元気を出させてあげたいと思い、主人の家族に頼んで1ヶ月間住み込みこんで一緒にご飯を作って、食べて話して過ごさせてもらいました。

 

そして、約束は1ヶ月だったのですが、そのまま主人の家族に頼んで、主人の家に引越しをさせてもらいました。

 

まだ主人は夢破れて気持ちが追いつかない状態でしたが、私が先に午前中のみのアルバイトを決めて、新しい生活がスタートしました。

 

その時に決めたのがパン屋さんのアルバイトです。

 

それはある意味自分探しで、これから資格もない二人が暮らしていくためには手に職をつけなければという思いからでした。

 

アルバイトではありましたが、右も左も分からない世界で戸惑い、なかなか上手くいかない日々がありました。

 

食べることが好きだからということで選んだけど、安易だったかなと思うこともありました。

 

そうこうしているうち、主人が少しずつ元気を取り戻し、重い腰を上げ就職活動をし、無事就職が決まりました。

 

結局、パン屋さんと同時進行で始めた学習塾のアルバイトの方が私には向いていたようで、パン屋さんは辞め、一本に絞ったところで結婚をしました。

 

紆余曲折ありましたが、それも私たちの人生と受け入れられたからこそ、今も主人と仲良く、可愛い愛犬と主人の家族とともに暮らすことが出来ているかなと思います。

 

人生に無駄なことはありません、時々は家でパンを焼いています。

 

 

 

 

 

「結局、トラブルや壁は解決しないといつまでも続く」

 

50代、一部上場企業で20数年働きましたが、馬車馬の様に働かされ、もうすぐ退職します。

 

首から下がもうガタガタ状態になってしまいました。

 

自分探しをしようと思ったきっかけは30代の頃、仕事上の問題です。

 

一回開発案件をお客様から請け負っている所だけに、トラブルはどの案件も抱えていました。

 

家内に運転してもらって、ドライブに出かけたり、1人で山登りをしたり、好きな映画を見たりして、その時々にどうすれば良いのか、どうすれば、自分が強くなれるか、耐性ができるかなどを考えました。

 

よく睡眠をとることもやりました。

 

お寺に行って、座禅をくんだりすることもやりました。

 

その時々は、楽しく、問題の事を忘れていられるので良いのです。

 

寝ている時もそのことを忘れています。

 

ドライブ中も忘れています。

 

結局、分かったことは、こういった行為は一時的に現実から逃避しているだけだったということです。

 

一番良い例が、上手く睡眠がとれた時です。

 

「ああ、よく寝た」と思って起きた途端、急にトラブルだらけの現実に戻され、課題は山積み状態で、結局悩んでしまって逆戻りであるということが分かりました。

 

折れない心を持つ根性なり、精神力は作れません。

 

答えの一つは、中田久美女子バレーボール監督が言っていたことだと思いました。

 

「心は折れてなんぼ。

 

そこからどうするかが重要」と言っていました。

 

その問題から完全に逃げる(会社を辞める、離婚する等)ができない限り、必ず、問題・トラブルは自分の背中に付いて来ます。

 

一人で抱え込まない、周りの専門家に相談する、誰かの助けを借りる等を行なって解決するしかないのです。

 

ここで重要なのは、100%の解決は望んではいけないことです。

 

合格ラインぎりぎり51点で良いので、そこを達成できれば良いと考えるのが良いです。

 

学校の成績は100点に近い方が良いですが、人生の成績なんて、完璧主義はいけません。

 

目指すはギリギリの合格ラインから、始めて徐々に合格ラインをアップしていく、疲れたら、合格ラインを下げ、ちょっと休憩します。

 

人生は学生時代と違い長いので、マラソンと同じ長距離勝負で、何が起きるか分かりません。

 

でも、諦めたらそこで終わりです。

 

 

 

 

 

 

30歳女行動と書物から自分探し 人生が広がった

 

 

私は30歳の会社員の女性です。

 

今回は、私がやった自分探しの行動をお話ししたいと思います。

 

私は、内向的な性格で、あまり人と接することが得意ではありませんでした。

 

むしろ、苦手だと物心ついた頃から感じていました。

 

そんな私が、自分の変えたい、本当の自分ってなんだろうと思ったことをきっかけに自分探しを手探りで始めました。

 

とは言っても、いきなり大きな行動は取ることができなかったので、まずは自分の行動範囲を少しずつ広げていくことを意識するようにしました。

 

これまでは行かなかった場所、行けなかった場所に意識的に足を運ぶようにしました。

 

行きたくないなあと思っていた場所にも、とりあえず足を運んでみました。

 

そうすると、やっぱり苦手、と思う場所のほうがやはり多いのですが、たまに案外楽しいと感じたり、自分にしっくりくるなあと言う場所もあったりしたことが私には、新しい発見でもあり、刺激的でもありました。

 

やはり、行って見なければ、行動して見なければ分からないなあと改めて感じました。

 

また、自分の好きなもの、得意なことを捜すなかで、自分で実際足を運んだり、体験するには、やはり、体は一つしかありませんし、時間は一日24時間しかありません。

 

そこで、私は本を読む時間を意識的に増やすようにしました。

 

そうすることで、さまざまなことを疑似体験でき、自分の心がときめくもの、興味が惹かれるものをより知ることができるようになりました。

 

自分自身の経験や体験と書物などから得た知識を合わせて、自分自身を客観的に見る目を持ち、より良い人生を歩んでいける努力をしていきたいと思っています。

 

そして、自分自身をより深く知ることにより、自分の殻にこもると言うことがなくなり、意識が外にも向くようになりました。

 

内と外、双方に深く目を向けてより良い人生を歩んでいけるように思います。

 

人間は、意識を変えることで人生の幅が大きく広がると思います。

 

ぜひ、より良い自分らしさを見つけ、生きていきましょう。

 

 

 

 

 

40歳男 アデプトプログラムを受けて、全く違う自分に変われ嬉しい

 

 

40歳会社員をしているものです。

 

若い頃に、かなり沢山の自分探しをしました。

 

いろいろな本を読んだり、その本を書いている著者のやっているセミナーに出たりして、自分は何なのか、自分は何をしたいのかをとにかく探しまくりました。

 

その結果、いろいろな目に見えないものというものがあり、その力を使っていくことで、自分探しをすることができるというところまでたどり着きました。

 

初めは、右脳開発などのセミナーに出て、自分自身の持っている才能を開花させることができるのではないかと考えていました。

 

それから、アイソレーションタンクという、タンクの中に裸で入り、その中で、浮き、さらには、五感をシャットアウトすることで、自分の感覚を最大限に引き出すというものまで行きました。

 

そして、そこのオーナーに紹介してもらった、アデプトプログラムというものに出会い、そのプログラムが自分自身が何者なのかという答えを得ることができました。

 

本当に、いろいろ探したけれど、全ては、そこにいきつくためのものだったのだと思いました。

 

その受けたときの心情は、自分は、生きてきて、ここに出会いたくて、ずっと探していたんだと思いました。

 

アデプトプログラムでは、何千年と口伝によりのみ伝えられてきた教えを教えてもらうことができました。

 

形而上学という、自分を知るための学問を学ぶことができるのです。

 

そのプログラムを受けることで、自分自身が、全く違うものに変わった感覚を得ることができました。

 

後悔していることと言えば、そのアデプトプログラムに行きつくまでに、あまりにも沢山のセミナーなどにお金を使ってしまったなということです。

 

アデプトプログラムさえ受けることができれば、あとは、一つも必要なかったなと思いました。

 

もし、あなたが自分自身はなんのか、どこへ向かっているのか、何をしたいのかを探しているのでしたら、アデプトプログラムはおすすめです。

 

本当に人生が全く違ったものに変わっていきます。

 

 

 

 

 

 

25歳女 全く違う自分を発見しそれに向かってがんばる

 

 

私の自分探しでいろいろしたことを書かせていただきます。

 

私は現在25歳で既婚の子持ちです。

 

結婚をしたのは平成30年の11月で相手は2歳年下です。

 

結婚をした今でも自分探しは終わっていないのですが、もっといろいろ世間を見ていたらよかったとたくさん後悔しています。

 

医療事務の専門学校を卒業し社会人になったとき、周りの子がどんどん仕事をやめているのを見て私は医療事務とは別の仕事をしました。

 

しかしそれも続かず結局約2年ふらふらと夜職をしたりしてその場限りの生活をしていました。

 

元々勉強が好きで知らないことを学ぶことが好きだったので色々なことに興味もあり、生命保険の生保レディー・不動産の事務などジャンル関係なく仕事をしていたときもありました。

 

ここが自分探しのはじまりだったと思っています。

 

何でもできることはやろうと思い楽しくやっているのですが、自分の判断ミスや交友関係のせいなのかいつも周りの人の影響が大きくやめてしまうことも多かったです。

 

それはつられて仕事をやめるなどではなく、生保レディで成績がよかったときにはほかの方に成績を分けてくれと頼まれたり、上司に私の契約にしてくれないかと言われそれが嫌になりやめてしまいました。

 

自分には合ってる仕事でしたが、環境に耐えられずやめてしまった精神的な弱さを後悔しています。

 

その後もだらだらと夜職をしたりを繰り返していましたが、産業廃棄物の会社の事務員になり新たにやりたいことを見つけました。

 

それは事務員ではなく、会社のおじさんがしていた重機に乗って行う仕事です。

 

今まで事務ばかりで外仕事を見ることがなかった私にはとてもかっこよく見えました。

 

油圧ショベルを扱い嫌がられる産廃作業をしているところがとてもすてきだと感じ自分も重機に乗りたいと思うようになりました。

 

その後仕事をやめて建設業の合宿に参加し、重機の資格をトータル6個取得し念願の重機を使う仕事をすることができました。

 

これが私の自分探しをして見つけたものだと感じています。

 

今は出産し仕事が出来ていませんが、いつかもう一度重機に乗り自分のしたい仕事が出来たらと思っています。

 

 

 

 

 

24歳 女性 夢に向かって試行錯誤 20代のうちに脱せた地獄に

 

 

現在、20代で既婚、会社員として働いている私の自分探し体験談を語りたいと思います。

 

今でこそ、平均的な20代女性として歩んでいる私ですが、もともとは小説家になりたいという夢がありました。

 

そこで始めた行動は、とにかく文字を書くことでお金を稼ぐということです。

 

そこで私は大学を卒業したにも関わらず、みんなが目指すような一般的な企業に向けては、就職活動も一切せずに、ただ、文字を書くことでお金を稼ぐことができそうな仕事を探しました。

 

そこで出会ったのが、ゲームのシナリオライターの仕事です。

 

文字数によっての金額ではなく、時給制ではありましたが、自分の作品に値段をつけてもらえたような気持ちになり、はじめは気持ちよく働かせてもらっていました。

 

しかし、自分の作った作品とはいえ、ゲームに名前が出るわけでも、それ自体が作家としての経歴になるわけでもありません。

 

2年ほど経ち、周りが昇給や昇格をしていく中、自分だけが何の肩書きもなく、フリーターのようなことを続けていることに、次第に焦りを感じるようになりました。

 

そこで、気持ちを切り替えるためにも、転職を決意したのですが、その瞬間、上司が豹変しました。

 

なかなか仕事を辞めさせてもらえず、給料未払いなどの嫌がらせをされ、半年ほど振り回され、働いていたときに感じていたはずの達成感や高揚感まで初めからなかったもののようになってしまったような気がして、そのとき、深く後悔しました。

 

一度しかない人生だからこそ、自分の好きなことをしたい、自分の好きなことで稼ぎたい、と考え、自分を探すために行動することは大切だと思います。

 

しかし、これから自分探しをする人たちへひとつアドバイスをするとすれば、好きなことをするからこそ、しっかりと将来の展望を見据えてほしいです。

 

私の場合は、ただ自分がしたい仕事だからと安易に考えて行動を起こしてしまい、失敗してしまいました。

 

個人で行動する場合、例えばひとり旅などによる自分探しに関してはあまり関係ないかもしれませんが、他者と関わりながら自分を探す場合は、その他者が本当に信頼できるのか、できればいつでも引き返せる20代のうちに見極めましょう。

 

 

 

 

 

44 男 アフリカ行き 座右の銘見つける

 

私はアラフォーのおっさんです。

 

私の世代は第2次ベビーブームが終わりかけの時期です。

 

ですから同世代のライバルは多く、しかもバブルがはじけた後なので、いわゆる氷河期世代でした。

 

求人倍率が悪化しているにも関わらず、自分探しする人も若干名おり、私もその一人でした。

 

地方国立大理系でなまじ首席で卒業したため、調子に乗って大学院まで進学しました。

 

研究者を目指しますが、そこでやっと世の中の広さを実感。

 

自分の立ち位置に気づくことができました。

 

けれども、せっかく大学院まで行ったのだからそれを活かせば良いのに、なぜかパチンコ店に就職。

 

迷走が止まりませんでした。

 

一生で一回しか使えない新卒カードをどうして有効に使わなかったのか?「自分は他の人とは違う」「自分らしく生きたい」テレビだけで流行っていた言葉を真に受けてしまった素直さが原因かもしれません。

 

パチンコ店そのものは立派な会社でしたが、親からのこれまでの苦労をすべて泡にしてしまう選択をしてしまったのです。

 

迷走はまだまだ続きます。

 

パチンコ店を3年で辞めてしまったのです。

 

「お金が良い」「数あるパチンコ店の中でもしっかりしている」入社前はそんなことを行っていたはずなのになぜ退職?別の自分探しが待っていたのです!「青年海外協力隊」海外の途上発展国に2年行って、その国のためにボランティア活動をする。

 

その活動に憧れてしまったのです。

 

もちろん、実際にはパチンコ店で働いたものの馴染むことができず(特に人間関係)、逃げるように辞めたのもあるのですが(笑)本当に協力隊に行ってしまいました。

 

派遣国はアフリカ。

 

協力隊に行く人の中でも10人に1人の健康さがなければ行けない国でした。

 

そこで教師として現地の生徒に数学と理科を教えました。

 

海外に行く人は何人もいるでしょうが、実際に住む人は少ないと思います。

 

さらにその国がアフリカなのは日本で何人くらいなのでしょう。

 

実際に行って見て、「自分はなんて細かいことで悩んでいたのだろう」と思いました。

 

アフリカの人は申し訳ないのですが思いっきり貧乏です。

 

そんな人たちですが日本人より何倍も陽気に過ごしています。

 

今、日本では超高齢化社会で年金制度が崩壊。

 

老後がとても心配と不安になっている人たちがたくさんいます。

 

そんな人たちは是非アフリカに行って見てほしいです。

 

もちろん私も楽勝と思っているわけではないですが、必要以上に悲観的に、ネガティブにはなっていません。

 

「一度きりの人生、せっかくだから楽しまないと」現在、さらに全く関係ないドラッグストアで働いてますが(爆)、座右の銘を抱いて細々と生きてます。

 

 

 

 

 

 

 

32女占いで自分探し現在に生きているのでおすすめです

 

 

自分探しでいろいろした私について書こうと思います。

 

私は現在三十代の女性です。

 

子供が二人息子がいます。

 

今は子育てに奮闘するなかで毎日充実した生活を送っています。

 

自分探しは学生時代の頃からずっとしていました。

 

そして自分探しを行った理由はいままで学校では先生のことはきちんと聞く真面目ちゃんだったんですよね。

 

そこで自分がしたいことは何なのかわからなくなりまして多田先生の言うとおりに聞いていればいいんだという感じで毎日過ごしてきたのですので全く将来性がなかったんです。

 

そこで私はこのままじゃいけないと思って自分はどんな人間なのかを徹底的に探り出しました。

 

行動したことは占い・趣味・バイトなどなど自分に合っているもの、自分とはどういう人間なのかという事を徹底的に探していきました。

 

その時のことは自分って他人からどう思われているんだろうという事を考えたり、自分って思っている以上に鈍感でバカなんだなと思ったりしました。

 

そして最終的にたどり着いたところは自分というものを占いで考えるというところに来ました。

 

自分探しが占いで解決できたと言ってもいいと思います。

 

それまでは私は自分のことをどう思われているかなんて全く考えてこなかったのですが占いで私はこのように思われている、また内面と外が違うように思われているからもっと内面を出していいんだという事に気が付きました。

 

公開していることは特にありませんがもっと占いのことを知っていれば昔みたいに苦労はしなかっただろうなと思っています。

 

アドバイスするとしたら自分のことを知ることはとても大事ですが自分で知るには限度があるので占いなどを有効活用すると良いと思いますという事です。

 

しっかりと占ってもらうとこれからの生き方がわかるようになると思います。

 

自分で占いについて勉強してみるのも手だと思いますよ。

 

私の場合は占い師にお願いしたのではなく自分で独学で学びましたので。

 

参考までに。

 

 

 

 

 

 

30歳男 お遍路で自分さがし しょうもない自分を見つけてしまう

 

 

私は、30代後半のサラリーマンです。

 

自分にとっての”自分探し”というとちょうど30歳頃に行った四国でのお遍路です。

 

これは突然「そうだ四国へ行こう」と思い立ったもので、自分探しをしたくて行ったというよりは、偶然というか気まぐれな行動の結果自分探しをすることになったそんな旅でした。

 

 今は割と安定した心持ちで日々を過ごしていますが、大学を卒業して就職した会社で働いて数年が過ぎた30歳の頃に、日々の疲弊や現状への不満、将来への不安等が入り混じったどうしようもない気持ちになりそれまで勤めていた会社を退職しました。

 

今にして思うと30歳くらいに訪れるという「おっさん思春期」というやつだったのだと思います(笑) 仕事を退職して何もやることがなく怠惰な日々を過ごして一ヶ月ほどたったある日、私は突然「四国へ行って、お遍路をまわろう」と思い立ちました。

 

なぜそんなことを思い立ったのか自分でもよくわからなかったのですが、そう思ったときには既に四国へ行くことを心の中で決めていました。

 

きっと以前テレビ等で見た光景と現状の自分の抱えている問題から、四国へ行って日々歩き続ければ何か見つかるかもしれないという感が働いたのだと思います。

 

 お遍路の旅はとてもシンプルで「歩く〜お寺でお経をあげる〜歩く〜お寺でお経をあげる〜歩く〜宿にとまる〜歩く・・・」をひたすら繰り返す日々でした。

 

あまりにもシンプルで頭の中が空っぽになります。

 

現在が空っぽになると、やはり今までの事が色々と思い出され、歩きながら時間をかけながら考えるともなく考えるそんな感覚をずっと感じていました。

 

歩きながら感じること、考えることは人によってもちろん異なると思いますが、私は「自分自身がどうあるべきか」といったことを漠然と考えていました。

 

そこで自分なりに得た結論としては「素の自分を認めよう」というものでした。

 

それまではやはり理想が高く、その高い理想と現状のギャップに苦しんでいたのだと思います。

 

しょうもない自分を受け入れることで、この旅をした以降は自分との付き合いがとても楽になりました。

 

 お遍路の旅をとおして、しょうもない自分を見つけてしまった私は今では前と比べて少し楽に生きているように思います。

 

 

 

 

 

 

35歳 女性 転職・結婚活動 どこにも正解はない

 

はじめまして、こんにちは。

 

私は今35歳フリーランスの女性です。

 

「自分探し」とはみんなが一度は通る経験ではないでしょうか。

 

「自分探し」とはよく聞く言葉ですが、実際にはどんなことなのか考えました。

 

私の場合は「自分はどんな風に生きていきたいのか?」と自問自答していくことがそうなのかなと思いました。

 

私は義務教育を終えて県立のそこそこ頭の良い高校に進学し、二流と三流の間くらいの大学に文系で現役入学し、みんなと同じように4年で卒業、受かった会社に就職しました。

 

ずっと大多数の日本人の若者が通る道を歩いていました。

 

やりたいことも特にないし、なんとなく楽しく仕事して、適齢期で結婚して幸せな家庭を作りつつできる範囲で仕事もしたい、なんて、ものすごく漠然と考えて生きていました。

 

でも実際は新卒で入った広告会社は営業職で辛いことが多かった。

 

キラキラしてる華やかな人たちに囲まれてちょっと注目される新人として個性を認められて、業界っぽい素敵な仕事ができる〜なんてフワフワ過ぎる妄想のまま社会に突入したので、現実とのギャップで絶望する毎日でした。

 

とにかく毎日毎日決まった時間に出社することが苦痛だった。

 

つまらない仕事につまらない上司、つまらない街に、つまらないスーツ姿の私。

 

もうこれが人生なら死んだ方がマシだって毎日考えながら生きてました。

 

こんなマインドで転職をしたところで、やって来る現実は同じようなものです。

 

内容や職場の人間関係が変わったとしても、ずっと不満でした。

 

「ここじゃないどこかに私の居場所はある」そんな風に思っていました。

 

海外旅行にも行ったりもしました。

 

でもいつまでたっても面白くならない人生。

 

そんな時に知り合った彼と同棲を始めた私は、「仕事じゃなくて私は結婚して幸せになろう」と、自分の人生と向き合うことから逃げて、「結婚すればこの現実から抜け出せる」と、すり替えて行きました。

 

もちろんこんなマインドで生きている人間に幸せな結婚なんて訪れるはずもなく、その彼とはお別れが訪れました。

 

歳も28歳に差し掛かった時に、「あぁもうどうにでもなればいいや。

 

」と全て投げやりになりました。

 

そこから、私には一体何ができるんだろう。

 

私は一体どうしたいんだろう。

 

と向き合い出したのです。

 

遅いですよね。

 

でもそこから私の自分と向き合う(=自分探し)の修行が始まりました。

 

私は少し絵が描けたので、アトリエに通い、デッサンを一から勉強しました。

 

macでイラストレーターやフォトショップが使えるようにパソコンのスクールに通いました。

 

それからとにかくどこでもいいから未経験で雇ってくれる事務所に入り、デザインの仕事を少しでもやらせてもらえるように働きました。

 

才能も精神力もない私はすぐにクビになったりしながらなんとか技術を貯めて行きました。

 

こんな風に社会とつながりながら仕事をしていて思ったことはやっぱり会社勤めが向いてないということでした。

 

「気の合う仲間と末長く会社に所属して働いて行きたい」という気持ちはあるのですが、どうしても長続きできません。

 

クビになったり自分からやめたりを繰り返した時に、「もう自分一人で頑張るしかないんだ」と諦めました。

 

そうすると、生活費を稼ぐためのアルバイトも掛け持ちしながら、自分ができることをちょっとずつこなして行くようになりました。

 

そして気がついたら、「誰かがなんとかしてくれる」「誰かが幸せにしてくれる」「ここではないどこかに私の居場所がある」という他人任せの自分のない考え方から「自分はこうやって生きていく」という自分で決めていく人生になっていました。

 

「自分探しの旅」の答えは「結婚もできないし、会社にも勤められない私。

 

」それが私の自分探しの旅で出た答えでした。

 

これだけ聞くと、こんな人生にだけはなりたくない!と思いますよね(笑)でも誰かのせいにして誰かに幸せや居場所を求めていた時よりもだいぶ楽に、生きています。

 

今でも誰かに依存したり、自分の人生をやめたくなったりもする時はあります。

 

でも、そんなことをしてもさらに苦しむだけということがわかっているので、また自分の今やるべきことに集中し始めます。

 

そして「今の現実を見つめた上で、じゃあどうしていきたいかな」と自問自答し続けることが自分探しだと思っています。

 

自分探しの旅とは、やれないことをやめていった後に残った少ない自分のやれることをコツコツ続けることだと思いました。

 

その上で、社会の大多数からはみ出ても、不安で押し潰されそうになる時があっても、全部自分が選択してきた人生だ、と腹を決めてください。

 

自分の今の人生を肯定することから(現実を見つめることから)新しい道ができていきます。

 

今自分探しで悩んでいる方、答えは自然に訪れます。

 

未来や過去に目を向けすぎず、「今」何ができるのか、気分が悪かったら散歩する、風呂に入る、そんな小さなことから自分の気持ちを大事にして行ってください。

 

長文、読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

26歳女性 結婚を諦め自分探し 諦めたら手に入った

 

 

結婚8年目の35歳主婦です。

 

9年前、今の夫と交際していた頃の出来事です。

 

一つ年下の彼は、イケメンで決断力があり、優柔不断な私を引っ張っていってくれる頼もしい存在でした。

 

趣味を充実させ、仕事にやりがいを感じ、魅力いっぱいの彼に私はべた惚れでした。

 

私はというと、仕事が苦痛、趣味は彼氏(汗)、仕事後や週末は、彼の予定が空いていればデート、または友人とショッピングや、映画を観て、空いた時間を潰す感覚で日々を過ごしていました。

 

学生時代からの付き合いで頼りがいのある彼は、私にとってお嫁にしてもらうのに最高の条件の人でした。

 

結婚適齢期に差し掛かった頃は、プロポーズは今か今かと待ちわびていました。

 

しかし、私が彼の携帯を盗み見したときに、彼の心変わりが発覚したのです。

 

彼がとあるきっかけで出会った3つ年上の女性でした。

 

彼の方から積極的に誘い、口説き、もはや浮気心ではありません。

 

私は「携帯を見た。

 

浮気しようとするなんて人として最低。

 

」と彼を一方的に責め、謝罪させました。

 

その後、私は彼への愛情表現が不足していたから心変わりしたのかな。

 

と捉え、尽くす女になるよう学びました。

 

好きな食べ物を差し入れしたり、好きなご飯を作ってあげたり、彼のお使いにいそいそと出掛けたり、とにかく必死で彼を繋ぎとめました。

 

しかし彼は努力している私をよそに、日に日に態度はそっけなくなります。

 

その頃、例の女性は一体どんな人物なんだろう。

 

と気になり、妙な積極性を身に付けた私は、女性が参加する飲み会に半ば強引に参加し会いに行きました。

 

私は女性と少し話し、すぐに負けを確信しました。

 

美人で気立てもいい。

 

仕事もプライベートも楽しみ、周りから慕われ、何とも満たされた女性だったからです。

 

私ときたら、何て虚しくて醜くて。

 

これまでの自分の行動を恥じました。

 

失恋を覚悟した私は、何か形に残ることにチャレンジしたいな。

 

と考え、仕事に活かせる資格取得を目指すことに決めました。

 

意外とすんなり取得できたので、すぐに自信がつき、もうワンステップ上の資格に挑戦することができました。

 

学ぶ楽しみと、知識を仕事に活かせる喜びを実感した私は、今まで苦手だった上司や同僚とも自然とコミニュケーションをとれるようになっていました。

 

責任ある仕事をまかせてもらえたり、重圧や失敗を経験し、恥をかくこともありましたが、仕事が楽しいと心から思えた時期でした。

 

また、社内イベントでマラソン大会に出場する機会があり、走っているときは頭の中を空っぽにすることができる。

 

とその爽快感にはまり、同僚とチームを組んでマラソン大会に出場したり、一人で出場したり、仕事後や週末の過ごし方も変化してきました。

 

変わらずそっけない対応の彼に、振られた後も恋愛をしなければいけないな。

 

と思い、脱毛を始めたり、髪型を整えたり、小さなところから自分が好きだと思えるお手入れを始めました。

 

仕事、趣味、友人関係が充実してきた頃に、彼から大切にされていると実感する出来事が増えてきました。

 

その後、めでたくプロポーズされ、今に至ります。

 

辛い現実を突きつけられた時はとにかく自分を守ることに必死で、目標を定めることすらできませんでしたが、傷ついた小さくて情けない自分を受け入れ、小さなことから始めてみると、何かしら道は開けると思います。

 

当時の私の恥ずかしい出来事も今では大切な宝物です。

 

 

 

 

 

29歳、女性が習い事をして自分探し、まだまだこれからも探し中

 

29歳、女性です。

 

私は、今までずっと消極的で何をするにも自信がありませんでした。

 

ですが、30歳を目前にして、このままで良いのだろうかと将来のことが不安になりました。

 

周りの友達は正社員としてバリバリ働いている子や、もう結婚をして子育てをしている友達など、みんな頑張っているなか、私は、生まれてからずっと実家暮らしで、仕事も契約社員という中途半端な立場でした。

 

大きな何かを行う勇気は無くても、自分探しのために何か行動を起こさないとと考えて、今の自分にできることを探してみようと思いました。

 

まず、始められることで思い付いたのが習い事です。

 

週に一度や、月に一度という、ペースで色んな習い事があるので、それをやってみようと思いました。

 

スポーツジムに通って、体を引き締めたり、ヨガなどのプログラムに参加したりしました。

 

その他、料理教室に通い普段家では料理をしないのですが、自立できるためにという準備も兼ねて料理をしてみました。

 

その他、脱毛サロンにも通ってみました。

 

自分の肌が綺麗になることで、もっと自分に自信が持てるかなと考えました。

 

色々とできる感じのことをやってみましたが、やっぱり、自分探しを完結できることはありませんでした。

 

なぜかというと、いろいろやってみても、私は、人との繋がりを持つのが苦手なんだということがなかなか直らなかったからです。

 

どこに行っても周りと馴染めずに用事が終われば一人で帰る、という流れでした。

 

色んなことをして見て自分探しをするのも良いですが、その場所にいって、そこにいる人と関わりを持つということも、自分探しには大切なことなんじゃないかと思います。

 

新しいことを学んで、そこで新しい人と出会って、そこから交遊関係が広がったり、自分が見つけられない情報を教えてもらったりできます。

 

自分探しには、人との繋がりが必要不可欠で、勇気は必要ですが声をかけていくということが大切になるんだなと考えています。

 

 

 

 

 

 

38歳主婦、一人暮らしが最高の自由でした 子育て後にも独居したい

 

38歳の専業主婦です。

 

産休・育休から復職して働いたものの、仕事と育児の両立がうまくいかなくなり現在は幼稚園児の長男、未就園児の次男とのんびり過ごしています。

 

私が自分探しをしていたのは、独身時代です。

 

18歳で就職してから33歳で結婚するまでの15年間、常に現状に満足できず何かをしないといられなかったように思います。

 

最初に行動したのは19歳の時、足の爪水虫の治療でした。

 

中学生の頃に親からうつされた爪水虫。

 

それまでも皮膚科に通っていましたが、塗り薬では治りませんでした。

 

社会人になりお金が手に入るようになったので、それまで親から皮膚科代をもらっていたのを自分で払えるようになりました。

 

そこで、お医者さんに相談して飲み薬での治療を始めました。

 

半年ほど薬を服用することで爪がきれいになり完治しました。

 

ここで、自分のお金で自分の悩みが解決できる喜びを知ったように思います。

 

次は22歳の時、自分で貯めたお金で歯列矯正を始めました。

 

総額50万円。

 

しかもきれいな歯並びのためには健康な歯を4本抜かなくてはならないと言われ、とても悩みましたが思い切って抜歯し矯正を始めました。

 

矯正中の痛みもつらかったです。

 

月2回の歯医者に行った後は2日くらいろくに噛めない生活を1年くらい続けました。

 

定期的に食べられない期間がある事で体重が2s減りました。

 

矯正の結果、八重歯、前歯のガタガタがきれいになり、笑った時に八重歯が唇に引っかかってしまう事もなくなりました。

 

それでも何か満足できなかった私は、24歳で親元を離れて一人暮らしを始めました。

 

母親とは元々性格が合わなくて喧嘩が多かったのですが、母子家庭だったので我慢して生活していました。

 

しかしある日大喧嘩をして、自分の中で我慢の糸が切れてしまい、その日のうちに不動産屋に行き部屋を見せてもらい、ちょうど条件に合う部屋が合ったので勢いで仮契約をしてきてしまいました。

 

母親は猛反対しましたが、私も譲らず、結局ケンカ別れのような形で実家を出ていきました。

 

一人暮らしは誰にも何も干渉されず、自由で、本当の自分をこれで取り戻せたと思いました。

 

自分で自分の生活のすべてをまかなう事で大人になれたと思いましたし、親に何か言われる筋合いもないと親への怒りも晴らせたように思いました。

 

本当の自分を取り戻したと思った私は、26歳で運転免許を取得するため仕事終わりに教習所に通い免許を取得。

 

そして毎年のように日本国内を一人旅で巡りました。

 

中でも鳥取砂丘がお気に入りで、毎年訪れていました。

 

ただ、一人暮らしの間にお酒を覚えてしまい、毎晩大量に飲むようになってしまいました。

 

人の目がないのでどんどん飲んでしまい、飲み足りないと買いに行くようになってしまいました。

 

幸いにも健康を害するまではいきませんでしたが、あのままの生活を続けていたら確実にアル中になっていたと思います。

 

また、恋愛経験がゼロのまま30歳を超えてしまい、焦りから婚活サイトに登録しました。

 

そこで出会った相手と33歳でめでたく結婚できたのですが、交際半年で結婚を決めてしまったのは早急すぎたと、今となっては後悔しています。

 

もう子供も生まれたので戻れないですし、子供達は可愛いので、夫の事は諦めて子供達との生活を楽しんでいます。

 

読んで下さった方へのアドバイスがあるとしたら、「一人暮らしは経験したほうがいい」と「結婚は勢いでしかできないけど、勢いですると後悔する」です。

 

結婚は本当に難しい問題だと思います。

 

あの時の勢いで結婚を決めていなければ、私は今もあのアパートで毎晩大量飲酒をする生活をしていたかもしれません。

 

「もし違う道を選んでいたらどうなっていたか」は誰にもわからないのです。

 

選んだ道を歩いていくしかないのでしょうね。

 

私は、子供達の可愛さで毎日生きているような思いです。

 

でも、子供達が巣立ったあと、また自由な一人暮らしをしたいなとも夢見ています。

 

 

 

 

 

 

 

24歳女沖縄に旅に出て自分探し周りに流されない生き方が大切

 

 

私は大学を卒業してから本当に自分のやりたいことは何なのかと思い悩むようになりました。

 

他の皆はちゃんとした会社に就職していきましたが、どうしてもそれは私のやりたいことではなかったのです。

 

どんな会社に就職したらいいのかも分からず、アルバイトをしながら只々時間が過ぎていくのを待つばかりでした。

 

次第に焦りを感じるようになり、自分にとって何が大切なのか知るために自分探しの旅に出かけることにしたのです。

 

それを決めたのは24歳の時でした。

 

一人で旅に出ることに不安もありましたが、それよりも何か達成させたいという気持ちと旅を終えたら何かが変わるような気持ちでいたのです。

 

私が自分探しの旅で選んだ場所は、東京のような都会とは違って海や自然のある沖縄だったのです。

 

今までの環境とは違う場所で、まっさらな気持ちで沢山の人と出会ってみたいという思いがありました。

 

現地でゲストハウスを探して生活していこうと考えていましたが、実際に行ってみるとすぐに見つける事ができずとても苦労しました。

 

野宿しなくていけない夜もあり、初めての経験でやはり恐怖もありゆっくり休むことはできませんでした。

 

ゲストハウスに泊まったときは、なるべく自分から沢山の人に話しかけるようにしました。

 

私と同じような目的で来ている人もいて、すぐに仲良くなることができて嬉しかったです。

 

そのあと少し一緒に旅をすることになり、一人旅に役立つ情報を教えてもらえたのでとても感謝しています。

 

彼女とは途中でお別れすることになりましたが、東京に戻ってからも連絡を取り合う仲になることができました。

 

沢山の人と出会う事もできましたが、沢山の景色を見ることもできました。

 

美しい自然を目の当たりにすると、東京での悩みなどは小さなことだったなと感じられるのです。

 

旅ではほとんど写真は撮らず、自分の目に焼き付けておくことにしました。

 

旅を終えて気づけたことは、何通りもの人生があるということです。

 

周りに流されない生き方を大切にしたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

35歳女新しいことに挑む自分探しで新しい自分になれた

 

 

私は家族とは疎遠で、二十代になってすぐに独り暮らしを始めました。

 

そこにやって来たのは当時付き合っていた彼氏です。

 

私が26歳の時でした。

 

彼は奥さんと別居をしていましたが離婚は成立しておらず、私は彼との関係が世間では許されないことと知りながらも、孤立無援の状態で彼に求められると拒絶することも出来ず、拒むことができなかったのです。

 

彼のことが好きではないこともわかっていました。

 

お酒が好きで飲んだくれては会社を休み、家に転がり込んできたときには会社を辞めた時でした。

 

このままでは彼の面倒を見なくてはならなくなると感じていながらもまだ拒絶することができず、お酒に溺れた彼から暴力を受けるようになったのです。

 

とうとう暴力によって殺されてしまうのではないかと思ったときに目が覚めて警察に駆け込んでいました。

 

警察に助けてもらうことで彼と離れることができましたが、それでも彼は警察の目を盗んで電話や手紙を入れてきました。

 

親から離れて自立しているつもりでも人に依存していてはいけないと思い、自分探しをすることにしました。

 

かといって仕事を辞めて旅に出ることなどはできませんので、まずは習い事を始めて家にいない時間を作りました。

 

家庭環境のせいにして友達も長続きしなかったため、それを改めて、交流を広げるために大人のサークルに入ったり、一人ではレストランにも入れなかったのですが休みになると一人でカフェに行ったり、温泉に行くようになったのです。

 

これまで自分ができなかったことをすることによって、だんだんと社交性も身に付きました。

 

私はそれまで狭い視野で生きていたため、男に依存をしていたのだと思います。

 

自分探しというのは何も海外に行くのではなく、これまでやれなかったことをすることで新しい自分を作ることになるのではないでしょうか。

 

休みの度にどこかに出掛けていたため、貯金などは出来ませんでしたが、本当の意味での自立がようやくできました。

 

 

 

 

 

41歳、男、自分探しも様々に

 

 

 

私は若い頃に自分探しの為にと色々としたことがありました。

 

まずはやはり定番かも知れませんが一人旅をしました。

 

一人でゆっくりと色々と考えたくて、そして今自分は何をすべきなのかなどを改めて考える見つめ直す為にと一人旅を行いました。

 

私は元々、海が好きだったので海の見えるところがいいと思い、日本海の方へ一人旅を行きました。

 

そして、一週間ほどの小旅行でしたがおかげさまで頭も体もリフレッシュでき、本当に疲れがとれた気がしました。

 

そして、その一週間の間に自分の今するべき事が見つかったり、または自分と言う人間の器や精神面的なものを改めて振り返り反省したりもしました。

 

しかし、これを機に少し自分の考え方を変えることが出来ました。

 

翌日から早速また仕事に向かうのですが、心機一転仕事に向かうことが出来ました。

 

以前よりも向上心は勿論のこと、取り組み方から考え方など様々に変えることができ自分探しの旅が成就したと思える瞬間でもありました。

 

また他には本をたくさん一時期的に読むことがありました。

 

本に関しては最初は自分探しなどと言うのは一切そのようなつもりは無かったのですが、結果的に自分探しに繋がっていきました。

 

はじめはただ単にお金儲けのことを真剣に考えてビジネス書などをたくさん読んでいました。

 

そして。

 

それがいつのまにか自己啓発本へと移り変わり、そして気がつけば自分探しの大事なポイントになったのでした。

 

また、私が読んだ本には人としての在りかたなどがたくさん書かれていましたので、私は本当に改めて自分の小ささに気ずかされたのです。

 

そして、それが後に自分探しの良い教本となったのでした。

 

おかげさまでたくさんの人間の在りかたなどを知りましたので、私は私にも合った人の啓発本やビジネス書を読み、大きく変わることが出来ました。

 

ですので、今では以前とは全然違う自分になれていることがよく解ります。

 

自分探しとは自分に合った趣味や嗜好を再確認できる、チャンスでもあると気づきました。

 

 

 

 

40歳男性 ボランティアに参加しまくり自分の将来を見付ける

 

 

私は40歳で、建設会社の営業の仕事をしています。

 

 

今の仕事は19年前の「自分探し」の結果、目指した仕事です。

 

 

当時、大学3年生だった私は、人生で一番内証的に生きていた時期です。

 

何の目的もなく単位を取るためだけに学校に通い、試験が終わってしまえば。

 

学んだことが何も残らず、遊ぶお金を稼ぐために、アルバイトをしていることに疑問を感じ始めていた時期でした。

 

とにかく、そんなことを考えることができるくらい暇だったのが大きな原因だったとは思いますが、「自分とは何か?」、「自分の持つ本当のポテンシャルは何か?」、「運命に定められた生き方をしているのか?」など、今思えば、どうでも良いようなことを真剣に悩んでいました。

 

 

その答えを求めて、文豪たちの本を読み漁っていましたが、なかなか答えは見つかりませんでした。

 

しかし、「自分は労働者階級である以上、労働を通して答えを見付けなければならないのではないか?」と思うに至り、アルバイトでは目的がお金になってしまうので、ボランティアを通して本来の自分を探すことにしました。

 

 

市役所に問い合わせ、ボランティアを紹介してもらい、そこから、様々なボランティアを始めました。

 

市が作った花壇の整備から始まり、イベントや市の行事の手伝い、ホームレスの炊き出しや学童のスタッフなど、比較的ライトなものから大変なものまで、時間の限り参加しました。

 

その数は70を越えました。

 

 

しかし、満足感は満たされ、作業的なスキルは身に付くのですが、それまでの生活と一緒で何も残っていないように感じていました。

 

その結果、更にボランティアに打ち込みました。

 

市のボランティアでは物足りなくなり、近隣の市町村やボランティアで出会った人に紹介してもらい、活動の範囲を広げました。

 

 

そんな中で、災害復旧のボランティアが、その後の私の人生を決定しました。

 

 

川が氾濫して、大量の泥が流れ込んだ地区の掃除を手伝うことになったのですが、重機で大まかな所を綺麗にして、それ以外の部分を私達がスコップで泥を片付け、高圧洗浄機で綺麗にしていきました。

 

多くの人たちと協力して、目に見えてきれいになっていくのを見て、私はこれだと思いました。

 

自分の仕事が形として残る仕事をしたいと思うようになりました。

 

 

その後はボランティアと平行して、工事現場や建設現場でアルバイトするようになり、自分の将来は建設業界にあると確信しました。

 

 

今、振り返ると、当時の私は目に見える形でないと自分の仕事に自信が持てなかったのかもしれません。

 

それでもたくさんのボランティアを通して、自分の適性や嗜好を判断することができ、今の仕事に就けたのは幸運だったと思います。

 

 

 

 

 

会社で精神的に病んだからキックボクシングをやってみた

 

 

私がした自分探しは格闘技です。

 

当時、新卒で会社勤めで初めての社会人生活でハードな仕事で精神的にも病んでおり、人生このままつまらないと思いながら30代に突入していくのだろうか・・と考えたら大変お先真っ暗な人生だと思えてきました。

 

 

そんなときに駅前にキックボクシングのジムができました。

 

昔、K-1に対して憧れをもっていたことを思いだして思い切って入会してみることを考えました。

 

とりあえず見学に行ったのですが、入れ墨を入れたヤンキーなお兄ちゃんたちが奇声を上げながらリング上で殴り合っている姿をみて。

 

「あ、やっぱり無理だ。

 

」と考えて回れ右をして帰ろうとしたところ、トレーナーにつかまってしまいました。

 

元々断ることが大変苦手だった私は入会しました。

 

 

しかしやってみるとサンドバッグに対してパンチやキックを打ち込むことは大変なストレス解消になり、当時会社でお局さんにいじめられていたのですが、サンドバッグを殴ったりけったりするとすっきり気分爽快となり今まで精神的に落ち込んでいたことがなくなってきました。

 

 

そして入会から1年ほどするとアマチュアの試合があるので出てみないかと話しをいただき出場することにしてみました。

 

それから会社に勤めながらキックボクシングの練習をするという大変ハードな日々ではありましたがとても充実しており、人生で初めて楽しいとすら感じていました。

 

 

夜に一人で走っていると少し高揚感もあり、初めて頑張ろうという思いが沸き上がり、おどろいたのを覚えています。

 

そして試合を迎えました。

 

 

相手選手はアマチュアで5戦くらい戦っていて1勝しかできていない選手でした。

 

トレーナーの期待もあり頑張ったのですが初めての試合はとてもドキドキして疲れるしいつもの動きもできず、結局力を出し切れずに負けてしましました。

 

 

負けて大変驚いたのが、今まで自分は「悔しい」と思った気持ちが全く湧かず、何事もしょうがないと思う人間でしたが、この時は大変悔しく、しばらく会社でも放心状態でした。

 

上司から自殺を心配されたほどです。

 

 

これはいままで自分が仕事に対しても何に対しても真剣に取り組んでおらず、初めてキックボクシングを通して真剣に物事に向き合ったからだと知りました。

 

そしてこの経験以降真剣に格闘技に取り組み、アマ大会で上位に食い込み最終的には大きなプロの試合の興行に出場ができ、同じ興行で当時憧れていたK-1ファイターと同じリングに立つことができました。

 

 

この経験は私にとって大変大きな経験、財産になり、困難なことでも挑戦することで道は開けると学べました。

 

 

会社の同僚にはTVで放映された試合動画(ダイジェストですが)を見せて自慢しています。

 

 

一生の思い出です。

 

 

 

 

 

20歳で自分探しの原付バイクの旅 普通がいいかもね

 

 

関西生まれで現在社会人をやっています。

 

中学、高校の普通科を卒業して、大学生になって周りの友人や先輩がそれぞれ先生になりたいと教育学部に進学したり、海外での仕事したいと外国語大学に進学するなど、それぞれの道を歩みつつある時期に自分は今までに何か自分でやりたいことや突出して興味のあるものがなく他の人が羨ましく思う時期でした。

 

自分がつまらない人間に思えて進路を決めた友人が輝いて見えていました。

 

しかし自分にはやりたい事がないので、悩んでいました。

 

そのまま何もせず悩んでいても答えはでないと思い、大学在学中の夏休みを利用して当時は原付の免許しかなかったので原付バイクで近畿地方一周を試みました。

 

今までやったことがないことで自分一人の力で寝泊まりやその旅で出会う人とどのように接するのかなど、未知の自分が見つかってそこから将来の目標だったり、やりたい事が見つかると思いました。

 

ほとんど若気の至りで思いつきの旅行だったために宿などもちろん取らずまだスマホも普及していない時代のため、地図と寝る用のテントとお金ぐらいの荷物で出発しました。

 

寝泊まりは道の駅やスーパー銭湯などでして、色んなお店でご飯を食べたり、人に道を聞いたり、普段出会わないような様々な世代の人と話したり、時には道を教えてもらうのに一緒に原付で道案内してくれる人もいました。

 

中には道を聞いてもとても無愛想で面倒くさそうに返事するの人もいればとても丁寧に教えてくれる人、様々でした。

 

二週間くらいで旅を終えてなんとなく自分に少し大きな事をやってのけたという不思議な自信が生まれていました。

 

しかしその中で、何かやりたい事や将来の目標が見つかったかというと全く見つかっておらず、その後そのまま普通に大学を卒業し、普通に就職活動をし、普通にサラリーマンになり普通に結婚して子供ができて、現在はなんの変哲も無い普通の人生を歩んでいます。

 

しかし今は普通に幸せだと思って生活ができているので、20歳頃の焦って周りの人が輝いて見えることもあるけれど、人生の目標や、生きがいのようなものが自分にないと思っても、目の前の事を普通に乗り越えて普通の人生を送るのもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

38歳 女性 環境を180度変える事で知らなかった自分に出会えます

 

 

大学に入ってすぐに始めた接客業のアルバイト。

 

アルバイトにも関わらず2年目からは責任ある役を任されるようになりました。

 

3年目には主任として一店舗任されるようになりました。

 

ですが、オーナーからの信頼も厚かったため、仕事量が増えても減らしてほしいという事を伝える事が出来ず、仕事は更に増え続ける一方となりました。

 

特にパワハラのようなことはなかったのですが、アルバイトであり経験もまだ浅いのに責任ばかりが重くなり心身ともに疲れ切っていました。

 

そんなとき、急に「いらっしゃいませ」という言葉はなせなくなってしまったのです。

 

お客様が入ってくると急にのどの奥が痛くなり声が出せなくなるのです。

 

その場は何とか他の人に声掛けをお願いして乗り切りましたが、自分でも心身ともに限界がきていると実感したのです。

 

そこで、今の地位より大事なのは体だと思い辞める事ありがとうございます。

 

を申し出てみました。

 

当然、1ヶ月休んで良いから復帰して欲しいと懇願されましたが、今は縛り付けられているものがあると心身は回復しないと思ったので完全に辞める事にしました。

 

辞めた後は、以前から海外に行くと考え方や人柄が180度変わるよと言われていた事を思い出し、思い切って1ヶ月海外にホームステイしてみました。

 

ホームステイ先は信頼できるところにお願いしたかったので、大学時代の教授と連絡を取り海外に住んでいるニュージーランドの友人を紹介してもらう事にしました。

 

いつも閉鎖された場所で同じことを繰り返していたので毎日にわくわくする事もなかったのですが、海外へ行くと決めてからは次は何をしなくてはいけない、これを準備しなくてはというという事で久しぶりにわくわくし、ドキドキが止まりませんでした。

 

気づくと海外へ渡る準備を始めてからは気持ちが本当に軽くなり笑顔も自然にでるようになったのです。

 

そして、ニュージーランドへ渡る日、オークランド空港からタウランガ空港へ向かおうとするといきなりオーバーブッキングで予定の飛行に乗れず、到着早々ハプニングに見舞われましたが「ここに来たことにはすべてに意味がある」と思い直し、交渉の末に次の便に乗せてもらえる事になりました。

 

このハプニングを乗り越えたとき、なぜか自分に自信がみなぎり、やればできるんだと実感したのをはっきりと覚えています。

 

そこからは、毎日が新鮮で心が躍り、美しい自然、青い海、白い砂浜、日本人のいない環境、すべてが自分にやる気を出させてくれました。

 

慣れない英語でのやり取りも次第にスムーズになり、ホストファミリーとのコミュニケーションも深いものになりました。

 

1月はあっという間でしたが、日本に帰るときには「やればできる」が口癖のようになっており、なんでもまずはやってみるようになりました。

 

日本に帰ってからは、今まで悩んでいたことが全く苦に感じる事がなくなり、難しい事もこれを超えたらまた成長できるかもしれないというポジティブ思考に変える事ができていたのです。

 

小さな悩みもちりも積もれば大きな心のケガになってしまいます。

 

そんな時は、思い切って自分の環境を全く違うところに置いてみるのも良いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「自分に何が足りないのか」と自分のことを探求する!

 

時には、優雅に何かを読み続けたりしているなかで、自分の人生体験を豊かにしていくための社会的知見をためていることもあるところが私の性格的なところです。

 

自分に時間のゆとりがある時には、あまり考えずに何かをしていることもあります。

 

余暇の充実した使い方ともなりますが、余暇が長く感じれてくる時には、趣味が欲しいとも思います。

 

しかし、これと言ってない時には、自分には、何が足りないのかと考えるようになります。

 

こんな自分に気が付いて「自分を探求すること」を始めたのです。

 

「自分に何が足りないのか」ということも、「自分を探求すること」ということにいきつける言葉です。

 

なにか気が付かないことでいけなかったことがあれば、それが私の社会を狭めていることになります。

 

このようなことについては、ダイナミックに取り組んでみたいと思えることがありました。

 

それは、お寺の偉いお坊さんにいろいろと人生相談をしてみたり、説法を聞かせてもらったりすることです。

 

なぜか、私にとって、真面目さとはなんとなく不似合いな感じがしたりしていたからです。

 

しかし、どなたでも自分の姿を伝えてくれる方から話を聞かせていただくことは、有り難いことです。

 

本気で取り組みたい時には、滝修行までありますので、ここまで寒い思いをしてとも思えないほどに「自分を探求すること」のためには、必要なことに感じれることのもなると思います。

 

次に行ってみたことには、ボランティア活動です。

 

「休日、早朝からのゴミ拾い」などに参加していました。

 

今までに感覚からすると「なんでこんな朝早くから起きて、ゴミ拾いするのか」という気分も強かったのですが、取り組んでいる方のお話を聞かせてもらって、その意味まで良くわかりました。

 

「街が動き出す前に街をきれいにすること」にあるのです。

 

このような活動のなかで、自分の心のありようは随分と変わりました。

 

健全な方向性でもある「自分を探求すること」となりますので、とてもよいと思います。

 

このような「自分を探求すること」は、私的には、とてもおすすめであると思います。

 

 

 

 

 

 

 

20歳男性でITに関して目覚めてコンピュータ総合学園HALへ

 

 

私は39歳で個人事業主で仕事をしています。

 

 

2011年9月11日にアメリカで同時多発テロが起きた時なので覚えております。

 

私の身近の身内が危篤状態になり、私も大学を辞めて中退して「フリータ状態」でした。

 

 

そんな私は「未来に生きがいもなく、就職するなんて満更ごめん」でした。

 

39歳になった今でも、自由がなくて社畜状態になるのはごめんです。

 

 

そんな時に、長年仲良くしてくれたおじいちゃんが亡くなりました。

 

そこで自分探しをしていた自分に、全く見えない灰色の未来が「光のある未来」に解放されました。

 

 

もともとコンピュータに興味があり、独学でC言語も勉強していたので。

 

どうしてもさらに上の段階の仕事をしてみたいと思いました。

 

 

そこから、さらに自分探しです。

 

まずは大学を中退してるのに。

 

高い学費を払うのは、今のアルバイトを増やしていく必要がある。

 

または、もっとコンピュータに関連する仕事について就職する必要がある。

 

「光ある未来」「光ある悩み」になってきました。

 

 

そこからゲーム会社のデバッグをアルバイトでやとっていただくことができました。

 

時給は1300円です。

 

また、プログラミングやアルゴリズムを勉強するためにバイト中に勉強をしておりました。

 

 

私はコンピュータ総合学園HALに入るために、自分探しの一環としてITのテクノロジー、コンピュータサイエンスを学んで人生を変えようと考えました。

 

 

実際に私の人生は変わりました。

 

ちなみに、コンピュータ総合学園HALに入学して就職はしずに「会社」を起こしました。

 

 

会社は起こしたのですが、基本的に投資のみでお金を稼いでおります。

 

私がコンピュータ総合学園HALで勉強した内容が。

 

今の投資(仮想通貨、FX、バイナリーオプション)で。

 

かなり役に立っております。

 

 

 

自分でバイナリオプションでロジックを組んで。

 

自分でプログラミングをしてロジックというソフトを作って。

 

稼げるようになりました。

 

 

今はそれの販売もしており、かなり大金持ちになれたのでよかったです。

 

もともと働くのは嫌いで、労働が嫌いと決めつけていた。

 

自分の悩みが10年以上経過してとうとう身を進んで、いい意味で。

 

悩むことは大きく成長できるとわかりました。

 

 

悩みのは、全てがダメでなく明るく前に進むための悩みは成功だと感じております。

 

 

 

 

 

40歳 女性 30歳の時に海外に出てみて人生が変わった

 

 

当時30歳になった私は、派遣社員で働いていました。

 

一人暮らしではありましたが、生活費はギリギリで、昼間の仕事の後バイトをし、友達と遊ぶ費用を捻出していました。

 

普通に暮らすために、こんなに時間を使わないと生きていけないのであれば、体力のある今はいいけど、もっと歳をとった時にどうしようと漠然とした不安を抱いていました。

 

そんな時、友達と生まれて初めての海外旅行に行きました。

 

そこで、海外で過ごすということを初めて身近に感じ、一度海外に出てみたいと考えるようになりました。

 

今思えば、漠然と抱えていた将来への不安で、何かしなければ何も変わらないとた思っていた気がします。

 

10年以上働いてきたので、ここで一回1年間ロングバケーションを自分に与えようと思いました。

 

自分が動きやすいように、自分にプレッシャーをかけ過ぎずに、まずは語学留学で海外に触れてみようと考えたのです。

 

英語は苦手で全く話すこともできなかったので、日本人の学生も多そうなオーストラリアに決めました。

 

当時オーストラリアの生活費は、共同生活で住めば日本の半分以下だったので、貯金と親からの前借で何とか生活できそうだったからです。

 

いざ行ってみると、英語が話せないことはさほど苦にならず、とにかくローカルの人と出掛けたり、学校で英語の勉強を続けるうちに何となくコミュニケーションが取れるようになりました。

 

何より、日本に比べ人が他人のことをあまり気にしない気質、また個人を尊重する文化に触れて、今までとは物事の考え方がいい意味で変わったと思います。

 

1年で一旦日本に帰国しましたが、その時に知り合っていた日本人のお友達の紹介で、シンガポールで仕事をする機会を得ました。

 

その後シンガポールで働き、収入も日本で働いていた頃の3〜4倍まで上げることが出来ました。

 

今は、日本に帰国し、フリーランスで働いていくための準備をしています。

 

振り返って考えてみれば、私が踏み出した一歩は海外に行くというもので、一見無謀に見えるかもしれませんが、一度自分をその状況下に置いていくと、真面目に過ごしていれば道は開けていくものです。

 

当時の私も大きな野望を持っていたわけではなく、ただひらめいたまま行動しただけです。

 

その後に明るい道が開けたのは、回りの助けと自分自身の行動力だった気がします。

 

もし今、自分探しをしたい人がいるなら、どんな一歩でもいいのでまず動いてみること、この大切さに気付いてほしいです。

 

環境が変われば、それに伴う変化も自分自身が意外と柔軟に受け止めることが出来ます。

 

一度持っているものを手放すことで初めて得られるものがあると思います。

 

 

 

 

 

45歳別居ママの人生観

 

 

45歳の双子のママです。

 

子どもが産まれてから、夫と別居して暮らしています。

 

「自分探し」を目的にいろいろやっていたのは20代前半、学生時代が主だったと思います。

 

大学院に行っていたので、「勉強する時間がある=考える時間がたくさんありすぎる」という状況で、「私ってなんだろう」「今後の生き方とは」…朝起きたときから寝るまで、ずっと考え続けていたように思います。

 

もちろん、いろんな本を読んだり、同じ状況のほかの人と交流したりしもしましたが、結局、自分の納得いく答えは見つかりませんでした。

 

だから、モヤモヤしていたし、誰も自分をわかってくれないと、今思うと、世間に対して僻みのような考えも持っていたように思います。

 

そうなると、もう他の人の言葉は、一切頭にも心にも入ってきません。

 

「自分だけが正しくて、自分だけがかわいそうで、自分だけが悩んでる」なんて考えていたときもありました。

 

本当に今思うと、偉そうに何を考えていたんだろうと思います。

 

抜け出そうとして抜け出したわけではありませんが、社会に出るようになって、ほかに考えなければならないこと、やらなければならないことがたくさんできて、そんな悩みはなくなりました。

 

考える時間があるからこそ、余計なことを考えすぎるのだなとも痛感しました。

 

一番最初に記したように、私は今、子育ての最中で、しかも、夫とは別居しています。

 

順調な結婚生活とは言いがたいです。

 

生活も苦しいですし、職場、子どもの親同士の人間関係、そして、自分の親との関係も、順風満帆ではありません。

 

子どもができて気がついたのですが、私は、父からネグレクトを受けていました。

 

今日も、腰を痛めて倒れたのですが、父は知らんぷりで「出かけてくる」と出て行きました。

 

それでも、今、自分は自分をかわいそうとは思いません。

 

自分探しをしようとは思いません。

 

なぜなら、今、このときを精一杯生きることこそが、自分探しなのだと気がついたからです。

 

考える時間があればあるほど、悩んでしまいます。

 

自分の好きなこと、どんなことでもみつけて、ただ進んでいけば、自分を探し続けることこそが人生なのだと、気がつくように思います。

 

 

 

 

 

 

自分探しの予定が結果リフレッシュ旅行になった

 

私は、小学校、中学校、高校、大学ととくに大きなトラブルなく過ごしてきました。

 

いじめられることはあったものの、必ず味方をしてくれる人がいたので、大きな苦にはなりませんでした。

 

スポーツは苦手ですが、それでも困ることはありません。

 

中学校、高校はスポーツの部活に所属して、苦手なスポーツが少し好きになれました。

 

勉強も、中の上という自己評価で、地元ではよく知られた大学に進学することができました。

 

家族関係も良好で、旅行なんかにもよく行っていました。

 

そんな、何不自由なく幸せに楽しく生活をしてきた私にとって、社会人1年目というのは本当に非常につらい毎日でした。

 

大学卒業まで実家を出たことがなかったものの、「このままじゃいけない」という焦燥感にかられ、それまで過ごしてきた関西から関東へ引っ越しし、初のひとりづらしと社会人生活を同時にスタートさせました。

 

東京にいれば、まだ関西出身の友人がいたものの、私が新生活をスタートさせたのは東京から電車で2時間半ほどかかる港町。

 

知り合いはだれもいないどころか、同僚さえもいません(当時新卒でその会社に入社したのは私ひとりでした)。

 

近い年齢といえば、3歳年上の会社の先輩方だけ。

 

内定承諾時不安はあったものの、社長の「年代が近いから、きっと大丈夫だよ。

 

」との言葉を信じて入社しました。

 

しかし、今思えば社会人1年目の人間にとってほんの2〜3年でも先に「社会人」となった先輩方は同年代とは思えません。

 

それも、男性ばかりの職場の中で女性は私ひとりのみ。

 

男性特有のノリや空気感、右も左も分からず仕事についていけない自分、どうしてわからないんだと私の一挙手一投足を気に掛ける先輩方。

 

周囲の環境すべてが、私を責め立てていました。

 

入社半年後、「何もできない自分」を反省し、また社長からの進言も受けたため、「自主退職」扱いで退職しました。

 

一体何がいけなかったのか、何が私の強みなのか分からず、その後1か月間マレーシアに滞在し、現地の方と生活していました。

 

その1か月でなにか新たな自分が見つかったかと言えば、答えはNOです。

 

むしろ、新卒扱いでの転職活動を早めにスタートさせればよかったと今になって思います。

 

「新卒」というブランド、強みはそのときしか使えませんからね。

 

今「自分探し」をしたいと思っている方は、きっといろいろなストレスにさいなまれて疲れているんだと思います。

 

自分探しというよりも、ストレス解消やリフレッシュのために何か動くほうが良いかもしれません。

 

現に、私のマレーシア1か月滞在も、結果的にはリフレッシュになりましたから。

 

 

 

 

 

 

49歳男 アラサーで通信制大学を卒業してよかった話

 

 

50歳が目前のオッサンサラリーマンです。

 

かなり昔に自分探しで通信制大学に行ったお話をさせていただきます。

 

約20年前、私は関東でサラリーマンをしていましたが、やりがいはなく、上司ともうまくいかず、モヤモヤ感が募る一方でした。

 

そんなある時、自己啓発をしようと思い、あるエコノミストが主宰する私塾に入りました。

 

そこは、政治家・官僚・ビジネスマン・学生など様々な人達がおり、大変刺激を受けると同時に自分の知識不足を思い知らされました。

 

ある日、塾生で議員秘書の方と話した時、通信制の大学にも通っていることを聞かされ、徐々に興味を持つようになりました。

 

自分は高専卒(理系)で大学を出ておらず、かねてより文系の大学で学んでみたいという気持ちもあったため、思い切ってチャレンジすることにしました。

 

まず、大学に入る前にしたことは「会社を辞める」ことでした。

 

働きながらだと、間違いなく途中で挫折するだろうと思ったからです。

 

そして、いよいよ入学。

 

通信制の大学はほとんどが書類審査で、自分も場合も試験はありませんでした。

 

しかも、高専での一部単位が認定されるというオマケつき。

 

しかし、入学の喜びもつかの間、大量の教材が送られて来たときは、途方に暮れたのを今でも覚えています。

 

それからは、午前中図書館に通い、午後からはバイトをするというストイックな毎日が続きました。

 

通信制の場合、テキスト学習による単位取得とスクーリングによる単位取得があり、どちらも一定数以上取らないといけないシステムになっています。

 

特に、テキストの場合はレポートと試験の両方に合格しないと単位が認定されず、自分も不合格をたくさんいただきました。

 

それでも、やっていくうちに要領がわかってきて単位取得は進み、卒業論文も何とか書き上げることができました。

 

そして、卒業することができたのですが、苦労した分やってよかったと思いました。

 

今は昔と違って、学ぼうと思えば社会人になってからも学べる環境があります。

 

皆さんも、自分なりの自分探しをしてみてはいかがですか?

 

 

 

 

 

困難な業務をきっかけに自分探し 周囲の人々の協力に感謝

 

私は、愛知県在住の46歳、男、仕事は飲食店に勤めています。

 

4人家族で、息子と娘が1人ずつおります。

 

 

当時勤めていた会社の社長の秘書兼運転手業務に抜擢されたことがありました。

 

その業務は、毎年交代で社内で鍛えがいのある人材を社長自らが傍に置いて、教育するというプロジェクトのようなもので、私は社内でそこそこ仕事ができるという評価をもらっていましたが、もう一皮むければ、もっと向上できるのではないかということで、社長秘書兼運転手になりました。

 

歴代の経験者などに話を聞いて、社長が実は非常に気難しい人間で、その時々の状況や感情などにより、最適な答えや行動をしないと、怒られるだけでなく人格否定をされるようなこともあると聞き、戦々恐々としながら、初業務を迎えました。

 

初日はいろいろと予習をしていたこともあり、無事業務をこなすことができ、社長はとても上機嫌でした。

 

しかしながら、月日が経つにつれて、徐々に社長も本領発揮と言いますか、当りがどんどんと厳しくなり、以前はOKだったようなことにも怒られるようになりました。

 

また運転手も兼ねていたことから、常に車は綺麗にしておかなければならず、通常の業務プラス車の管理などにも気をつかいながら、神経をすり減らして業務を行っていました。

 

そのうち、過去の経験者同様に人格否定をされるような言動も出始めたのですが、それを私は受け流せばよいものの、正面から受け止めてしまい、自分で自分を否定するような、人生最大の挫折を味わうこととなりました。

 

そこで、今までの自分の人生を振り返り、自分の存在は何なのか、自分はどう生きていくべきなのか、と哲学的な考えに至るようになり、自分探しが始まりました。

 

 

今までは自分は人並み以上に仕事ができる人間と自己評価していましたが、そのような経験から、一気に自信を喪失し、自分が情けなくなるような心情に陥りました。

 

 

そこでもし終わっていれば、下手をすればうつ病のような状況になったかもしれませんが、過去の経験者や周囲の人にいろいろと相談したところ、社長がそうした態度に出ることは、今に始まったことではなく、期待の裏返しなのだというようなアドバイスをもらい、過去の社内での成功体験なども思い出し、徐々に気持ちを前向きに切り替えることができました。

 

そこから、指摘されたこと、否定されたことをネガティブに受け止めるのではなく、その中でもできていたことや、小さな成功を自分で振り返り、また、失敗した部分は何がいけなかったのか、何をどうすべきであったのか、ということを冷静に自己分析できるようになりました。

 

また、自分を変えるというテーマで自己啓発に関しての本などを読み漁りました。

 

そうすることで、常に気持ちをポジティブに保つことができました。

 

そうしたことから、徐々に社長の評価が高まっていったのか、少しずつ怒られたり、否定されたりすることも、なくなることはなかったですが、減っていきました。

 

行動や気持ちの持ち方を変えることで、それまでの自分を振り返り、さらなる成長を求めて自分探しをすることができました。

 

自分だけで悩みや苦労を抱え込まず、もっと早い段階で周囲の人に相談できていれば、もっと早く自分探しを始めて、成長することができたのではとは思います。

 

ただし、多少時間はかかっても、そうした心情にたどり着けたことはよかったです。

 

 

人間は生きていれば、必ず苦しい局面、困難な局面に対面すると思います。

 

その時に自分の力だけで乗り切ろうと思わずに、素直に周囲に助けを求めることができれば、きっと周囲の人たちは助けてくれます。

 

もちろん日ごろから、そうした周囲の人との関係性を良好に保っておく必要はあります。

 

多くの人は一人では生きていけないと思います。

 

お互いが協力し合い、時には助け合うことで、一人では乗り切れない問題もクリアすることができると思います。

 

日々、周囲の人々に感謝の気持ちを持って接すること、そして、自分が苦しいときには、素直に助けを求めることが、最終的には、自分探しを成功することになると思います。

 

 

 

 

 

 

 

40代女性、色んな仕事をしてきて、自分にピッタリの仕事に就けた

 

 

私は若い時、自分に自信がありませんでしたし、自分が何をしたいか、そして自分の将来に対して具体的に考えることが出来ませんでした。

 

自分自身のことがよく分からなかったからです。

 

そしてどんな仕事に就いたら良いのかも分かりませんでした。

 

ですから、色んな仕事をしてみました。

 

まずは簡単な事務作業をする仕事をしてみましたが、物足りませんでした。

 

そして次に就いたのは、経理の仕事とその他の業務のサポートをする仕事でした。

 

以前、簿記を勉強して資格を持っていたので、経理の仕事が出来ると思っていたのですが、資格の勉強と実務には差があって大変でした。

 

そして細かい数字を管理する仕事は私には向いていないと思いました。

 

その後は田舎に移り住んだため、あまり仕事が無かったので、個人経営のレストランで働きました。

 

そこでは事務作業を手伝いながら、接客もしました。

 

接客業務は慣れると楽しかったですし、事務作業もすることが出来て、割と楽しむことが出来ました。

 

でもその時期はプライベートでも色々と大変なことが重なって嫌になってしまい、ネガティブな自分を変えたくて、思い切って海外へ留学することにしました。

 

留学中には多くの貴重な経験をすることが出来て、成長することが出来ました。

 

そして帰国後には留学中に学んだ英語を使う仕事をしました。

 

例えば、外国人のお客様の接客係として働きました。

 

英語で外国人のお客様を相手に話すのは楽しくて、楽しみながら仕事をすることが出来ました。

 

また英語を教える仕事にも就きました。

 

大変な仕事でしたが、留学したメリットを生かすことが出来る仕事なのでやりがいを感じることが出来ました。

 

また教えながら、自分の勉強にもなりました。

 

そして様々な国から集まった研究者たちのアシスタントとしても働きました。

 

この仕事は事務作業が主なのですが、その他にも色んな種類の仕事をこなす必要がありました。

 

でもそれまでの私の様々な仕事の経験を活かすことが出来ることが出来て、とてもやりがいがあって楽しみながら仕事をすることが出来ました。

 

それに色んな国から集まった人たちと交流できるのはとても楽しかったです。

 

今まで自分自身に向いている仕事、自分がやりたい仕事が分からずに色んな仕事をしてきましたが、その結果、自分にピッタリのやりがいのある仕事に就くことが出来て良かったと思います。

 

自分探しのために、色んな仕事をして、様々な経験を積んできたのは、すべて無駄ではなく、良い経験を出来て良かったと思っています。

 

私自身のことが分かるようになって、成長することが出来ました。

 

 

 

 

 

32歳女洋服レンタルで自分探しサイコー!

 

 

私は今32歳になる専業主婦です。

 

自分探しのために色々行った体験談は書ききれないほどあるのですが今日は外見だけに絞って体験したことについて書こうと思います。

 

今回行った体験談は自分の体に自信が持てなくて行った行動です。

 

時期はちょうど子供を出産後体形が変わってしまってからのことです。

 

その時の心情は体形が物凄く崩れてしまったために元に戻るのはどうしたらいいのかなという事がわからずに色々な洋服を試してみたという事が言えます。

 

私が試してみた洋服は色々あるのですが中でも色々と注文して届くというものが良かったのでそれを行いました。

 

私が洋服レンタルをしたお店はエアークローゼットというお店でした。

 

このお店は自分が選んだ洋服を毎月必ず家に届けてくれるという事なので私にとってはぴったりだったんですよね。

 

そのため自分がどのようになりたいのか自分探しがネットの中でできてしまうという優れモノだったので早速頼んでみました。

 

すると自分のサイズやフィット感などを伝えることで専属の方が自分の服を選んでくれるというではありませんか。

 

これは自分探しにはもってこいだなと持って利用させてもらいました。

 

 

結構自分探しの中で自分に合う服ってなかなかわからないと思うんですよね。

 

でもこのサイトだと結構色々なことが分かったので良かったという感じでした。

 

これからも色々な洋服を買う前にレンタルしちゃえばいいかなと思っています。

 

 

後悔していることは特にありませんが、しいて言えば少し値段が高かったことで主婦の私には少し高めの行動でした。

 

もし今自分のことで自分探しのために外見を変えたいと思っている方がいるのであれば、ぜひエアークローゼットのような洋服レンタルを利用してみてください。

 

絶対に良いものだと思います。

 

 

まだ利用をしたことがない方にはぜひおすすめしたい内容となっています。

 

まずは外見から入ってみてはいかがでしょうか。

 

外見が変わればない面も変わるという事はわかると思いますよ。

 

 

 

 

 

 

44歳 男 実家離れて後悔なし!

 

 

僕はもうすぐ45歳になります。

 

僕の自分探しは親兄弟から離れて暮らしてゆく事でした。

 

僕の実家は羽田空港のすぐ近くにあり生まれてからずっとその場所で育ちました。

 

中学生の頃から皆のよくある反抗期みたいなものがあって、その頃から親とは意見の違うことが沢山ありました。

 

高校生の頃は通勤ラッシュに揉まれて学校へ行きました。

 

この頃には意見の合わない親との会話など無く、大学進学も諦めて先の事など何も考えていない毎日を過ごしていました。

 

ある時、仲間の彼女が妊娠をした事がわかりました。

 

仲間からは色々と相談を受けて結果、一緒になると言う答えになりました。

 

僕は仲間を祝福していた反面、『僕はこのままで良いんだろうか?』と考えるようになりました。

 

若い頭で色々と考えた後に一人で暮らして行こうと決めました。

 

それからはバイト漬けの毎日でした。

 

今のような労働時間の縛りは当時は無く学校へ行く時間も惜しんでバイトをしました。

 

高校も奇跡的に卒業出来てなんとか19の夏前には資金も問題ないくらいまで貯まっていました。

 

親には家を出る旨を伝え(当然、意見は違い散々喧嘩をしました。

 

)当日を迎えました。

 

夜行のバスで出発するときには仲間が見送りに来てくれて嬉しかったのを覚えています。

 

全く知り合いさえいない知らない土地(田舎)で新しく始める人生は不安もありましたが全てが新鮮に感じました。

 

言葉すらよく伝わらない若者にとても近所の人や会社の同僚上司は優しくしてもらいました。

 

それから僕も仕事での転勤や転職、色々な人達と出逢い・別れ、そして結婚・離婚をしてなんとか暮らしてきました。

 

今は再婚もして妻と子供達と仲良く暮らしています。

 

後悔ですか?そんなもの一切ありません。

 

今も決して楽な環境じゃないですが人生なんて一度きりでしょ?自分で考えて決めないと。

 

勿論、周りの意見も聞いてね。

 

じっくり考えまとめてね。

 

自分がしたいように正直に生きないと。

 

辛いのも楽しいのも一度限りの人生、その舞台を最高の演出にしないと!!

 

 

 

 

 

 

 

28歳 男 直感に従って 一切の悔いなし

 

初めまして。

 

現在日本に在住中の20代後半の者です。

 

まず、私が自分探しを考え始めた時期が高校卒業した頃です。

 

当時住んでいた場所が田舎で、街が狭いせいかやることないのか、クラス全員に無視されるなどの経験をしました。

 

その頃の自分は周りの人に話を合わせたり、常に本来の自分でない自分を表現する性格でした。

 

そんなことから周りの人はそういう行動に出たのだと思います。

 

そこで高校卒業を機に千葉県内にある大学へ進学することにしました。

 

田舎から出てきた私は大きな建物がすぐ近くにある環境と第二の人生のような感覚で人生をやり直したいと心踊らせていました。

 

大学ではまさに人生の夏休みと言わんばかりにもっぱら遊びました。

 

学業よりも優先していたことがイベント主催などです。

 

講演会を主催したり、大規模なクラブイベントを開催するなど、学生であった身でどこまでやれるのか可能性を探っていました。

 

大学卒業後もやりたい仕事はなく、単純に英語が話せたらかっこいいと思い直感で海外に出て留学しました。

 

もちろんそれまでパスポートも取得したことなどありません。

 

留学先では英語力を身につけることはもちろん、本当に様々な経験をしました。

 

まず現地に着いた瞬間、今まで日本でしか生活してこなかったせいもあり、道路や看板一つでカルチャーショックを受けたのは今でも覚えています。

 

英語も相手に通じれば通じるほど学ぶことが楽しくなりどんどん自ら学習していきました。

 

学習していくうちにこの身につけた英語力は自分の将来にとって多大な影響を与えると確信しました。

 

海外にいる自分はまさにありのままの自分でいることができました。

 

直感に従うことでありのままの自分を表現できなかった悩みが解決しました。

 

それと同時にこれから何がしたいのか答えが出ました。

 

そこからの私は日本に一度戻り、親が身勝手にも就職先に連絡をしており半ば強制的に働きにいきました。

 

しかしそんなうまくいくわけありません。

 

私は留学先で出会った友人が生活していたオーストラリアにワーキングホリデーを使っていくことにしました。

 

1年生活した後もカナダへ行き、仕事をしながら生活していました。

 

ワーキングホリデーは限られた期間しかないので日本に戻らなければいけませんでした。

 

そこでは父親が新しく立ち上げた会社で働くことになりましたが、経営方針の違いから徐々に仲違いがあり、先月会社をやめました。

 

生活面でとても苦労していますが、プログラミングの勉強と英語力を磨き、海外に拠点を移す行動に出ようと思います。

 

 

 

 

 

 

29歳男 ヒッチハイクをして自分を見つめ直せて良かった

 

 

こんにちは。

 

当方は29歳の男性であり、職業は自営業(フリーランス)をしております。

 

 

 自分は一つの場所に留まるのが駄目な性分です。

 

そんな事で全国を貧乏旅行した時の事を振り返りたいと思います。

 

 

 

 お金がないのでヒッチハイクをしました。

 

そんな僕のヒッチハイクに停車してくれたのが、な、何と「トラック野郎」(デコトラ)でした。

 

 

 最初はど派手なトラックに度肝を抜かれていたら、「兄ちゃんどうしたんだよ?大丈夫かい?」とトラッカーに言われました。

 

 

 僕は正気に戻り、「は、はい大丈夫です。

 

すげぇトラックだなぁ。

 

と思って」と言ったら、「ありがとうよ。

 

いいから乗りな!」といわれて、遠慮なく乗車しました。

 

 

 現在地は東京であり、行先は長崎という航海中にお世話になりました。

 

 

 内装も凝っており、内装だけでも改造費は300万円程だとか(笑)その他外のパーツやらホイルやらアンドン、マーカー等・ペイントで1000万円以上はかかっているとか!!。

 

 

 「本当にトラック好きなんですね!」と言ったら、「おうよ!トラックが自分の人生ですわ」と楽しいトラッカーさんです。

 

 

 でもトラッカーさんは僕の心を見透かしていたのか、「でも兄ちゃんさ・・・目が死んでるよ。

 

何かあったのかい?」と言われて、泣きそうになりました。

 

 

 

 僕はこの運転手さんになら何か全部喋ってもいいと思い、話をしました。

 

 

 「東京での生活が疲れた事」「ひとつの場所に留まるのが嫌なこと」「何もかにも嫌になった事」。

 

 

 そしたらトラッカーさんは、「そうか!なら今は好きなように生きてみればいいさ!そうする事で本当の自分が見えてくるんじゃないかな?」と言われて泣いてしまいました。

 

 

 そして、食堂(ドライブイン)でご飯を奢ってくれた事!今でも忘れておりません。

 

 

 というか、今では友達付き合いをしております。

 

(笑)。

 

 

 この時の心情としては、「好きなように生きてみればいい」と言われて、本当に自由になれたような感じがしました。

 

 

 その後、連絡先を交換して長崎でお別れをしました。

 

そうしたらあちらから連絡が来て、東京まで乗せて行ってやるよ!という事でした。

 

 

 もちろんお世話になりました!(笑)。

 

 

 後悔している事は、ないです。

 

むしろこの貴重な体験で「何かを得た」と思います。

 

 

 それは何かは分かりません。

 

言葉では言い表す事のできない「何か」を僕は手に入れました。

 

 

 

 最後になりますが、僕がアドバイス等と僭越ですが、このトラッカーさんの言う通り、「自分の好きなように生きてみればいい」という事しかアドバイスができないです。

 

 

 でもトラッカーさんは、「好きなことするのもいいけど、それをする事によるメリットとデメリットとも人間は受け入れながら生きていかないといけないと思うよ」とも言ってくれました。

 

 

 まさに彼の言う通りだと思っております。

 

 

 

 

 

 

アラサー女子 自分探しは他人の中で

 

 

滋賀県に住む30代主婦です。

 

出身は高知県で、静岡の大学に進学し、大学とつながりのあった会社で4年間働き、退職するとともに苦手だった英語を克服するためにフィリピンに留学しました。

 

そのあと一度高知に戻りましたが、少しお金を貯めた後カナダにワーキングホリデーで渡加し、そこで出会った主人と結婚し、現在に至ります。

 

退職したのはオリンピックの日本開催が決まり、英語が必要になってくると考えたからです。

 

私は大学在学中スポーツ経営を専攻していたので、オリンピックに関わる仕事がしたいと考えていました。

 

当時の会社は残業も多く、体力的に限界も感じていたので思い切って辞めてフィリピンに留学し、そのあとカナダに行きました。

 

当時はそこそこ英語にも自信がついて、目標まであと少しだなんて思っていたのですが、そこで完全に目標を見失いました。

 

カナダでは大都市ではなく名前を言っても知っている人などほとんどいない田舎町にいたのですが、「英語を喋れる」というのが自分にとってどれだけハードルが高いのかということを目の当たりにしました。

 

現地に住んでいる日本人は、日本語を話すように英語を話していたからです。

 

ことわざや聞いたこともないような単語を聞いているうちに、「喋れるってこういうことか」と思い知りました。

 

カナダでは学校に行く資金的余裕がなかったので、家にこもって勉強する日々が続きました。

 

そんなことで上達するわけもなく、やがて「やっぱり英語は嫌い」という風にあきらめるようになりました。

 

かといって30代になって新たにやりたいことも見つけられず、カナダにいったことが逆にブランクになり、社会人としての経歴も強みもないまま主婦になってしまいました。

 

目標を失うとき、心が折れるというのはこういうことなんだなと、どこか客観的に見つめつつ、でも本当に「ポキッ」と折れる音が聞こえました。

 

そこから何をするのも億劫で、ベットから起き上がることすらできず、「リセットできたらいいのになぁ」とただただ涙が流れる毎日でした。

 

ですが、やがて日本に帰国し、前よりももっとトラウマになった英語から離れてみて、日本での生活リズムが戻ってくると、あんなに嫌いになったはずの英語にもう一度向き合ってみようかなとも思うようになりました。

 

きっかけは久しぶりに再会した友人で、会社を辞めてこれから看護学校に通うという話を聞いたからでした。

 

自分の強みはこれから作ってもまだ間に合うかなという風に思うようなりました。

 

どうも私は自意識過剰に自分のことを過大評価していたようです。

 

「こんなところでつまずくわけがない、きっと何か大成するんだ」と思い、勝手に焦っていたようです。

 

そんなプライドは捨て、今はとりあえずMOS検定に向けて、OA事務の勉強を始めたところです。

 

事務仕事なんて考えたこともなかったですが、パソコンに触れることは多いくせに知らないことが多いので、これも新しい挑戦かなと思うようになりました。

 

カナダに行ってよかったことは、背伸びをしすぎて自分で自分の首を絞めていたことに気づいたことです。

 

場所ではなかったかもしれませんが、より価値観の違う人たちの中で生活したから気づけたと思います。

 

アドバイスとしては、自分とばかり向き合ってないで周りの人たちの変化に目を向けるようにすると何か気づくものがあるかもしれないということです。

 

自分探しは自分の中には見つからない、人との触れ合いの中でみつけるものかなと、今では思うようになりました。

 

 

 

 

 

 

30歳女 留学で環境をチェンジ HAPPYを手に入れた

 

当時、私は大学に入学し希望に満ちあふれていました。

 

サークル活動も開始しこれから学業に恋愛に頑張ろうと思っていました。

 

 

他大学のアカペラサークルに参加し、。

 

先輩や同期とたくさんのグループを組み、毎日夜遅くまで楽しく活動していました。

 

そんなある日、気になっていた先輩に思いを伝えたところ、なんとOK!!。

 

その日から毎日ふわふわした気持ちでサークルにも参加し、。

 

このまま永遠にこんな日が続けばいいなぁと思っていました。

 

 

それが突然、先輩と連絡がとれなくなり・・・音信不通。

 

サークル活動で見かけることはありましたが、。

 

私を見るなり目を反らし、避けるような態度をとられるようになりました。

 

 

私はだんだんとサークル活動に参加することもやめてしまい、。

 

3ヶ月後、連絡が来たと思えば、貸していた本を返してほしいとのこと。

 

 

後々聞いたところ、ほかの人に思いがいったしまったようで、。

 

自然とお別れする形になりました。

 

 

いろいろ希望に満ちあふれていた私は、その日からすっからかんになってしまい、。

 

何をやってもうまくいかない・・・。

 

これが失恋か・・・。

 

初めてどん底まで落ち込みました。

 

 

このままではだめだ!!と悩みに悩んだ結果、。

 

高いお金を払ってまでこの大学に入学した理由や、目的を思いだし、。

 

さっそく留学支援センターに相談しに行きました。

 

 

大学の夏休みを利用し、早速留学を決意し、。

 

留学中は泣きべそをかいたこともありましたが。

 

すっかり自信を取り戻し、帰国後、学業も恋愛もがむしゃらに頑張りました。

 

 

当時は何もわからないまま、がむしゃらにもがき、。

 

手探りで留学、スポーツなどに挑戦し、。

 

それが今となっては仕事にもつながっています。

 

そのときの【自分を取り戻してやる!!】【もっと素敵な女性になってやる!!】。

 

という自分探しの旅は、とてもエネルギーにあふれ、。

 

これまでにないほどの自信に満ちあふれていたことでしょう。

 

 

 

もし私にアドバイスできることがあるとしたら、。

 

迷ったときこそチャンス!!。

 

もがき苦しみ、たんさんのことに目を向けて、。

 

新しい自分に気づくチャンスです。

 

 

 

 

 

 

 

17歳 初めてのオーストラリアひとり旅

 

 

当時高校三年生だった私は、学校を卒業してからどういう道に行きたいか迷っていました。

 

美容やファッションの道に行くと漠然と考えてはいたけど、いざとなると何かしっくりこなくて、かといってこれだ!というものが見つからなかったのです。

 

そんな高三の夏休み、海外が好きだった私はオーストラリアへ一ヶ月間滞在したことが、私の一つの転機でした。

 

17歳でひとりで外国へ飛び立つのはものすごくわくわくしました。

 

オーストラリアは、位置的には日本の下の方にあるので、時差は一時間ほどしかないですが季節が日本と逆です。

 

日本は8月は真夏なので、オーストラリアは冬です。

 

飛行機を降りた時に、冷んやりと寒かったのを覚えています。

 

オーストリアは物凄く広いです。

 

日本の何十倍もの土地の広さがあるのに、人口は日本より少ないです。

 

なので、道路やショッピング街、住宅地などどこへ行っても広々としていて、日本とは全く違います。

 

家の前にも芝生ゾーンがあり、プールがついていたり、二階建てではなく横に部屋がいくつもついているような設計のお家が多買ったりします。

 

生活してみて思ったことは、外国人はあまり働かないことです。

 

夕方にはお父さんもお母さんも家に帰ってきていて、街でも火曜日はお休みの日とかで、店が閉まっているし、そもそも平日はお店が閉まるのが早いです。

 

土地や人口、季節だけでなく習慣や人の生活リズムなんかもまるっきり違うんだなというのは、17歳の自分にはとても大きく、価値観をいい意味で塗り替えてくれました。

 

出かけたりした時も、大きなかぼちゃや色々な野菜が売っていたりします。

 

驚くのはそのサイズと、日本にはあまりないような種類の野菜やフルーツがあることです。

 

歩いていて見つけたカフェにもカラフルなカップケーキが売っていたり、おじいちゃん同士でチェスをしていたり、バス停に並んでると知らない人にその靴素敵ね!と声をかけられたりします。

 

私は人見知りをする方で、他人と喋るのはあまり得意ではないですが、外国へ行くとなぜかそんな気持ちは吹っ飛び、どこかフレンドリになれます。

 

何か自分探しがしたいときは知らない国に飛び込んでみるのもいいと思います。

 

 

 

 

 

31歳女 飲み歩くのをやめて断捨離し、充実した日々

 

 

今わたしは断捨離にはまっています。

 

断捨離にはまって5年ほどになります。

 

酒浸りだったむなしい日々と決別をしたくて、流行の断捨離を始めてみたのがきっかけです。

 

当時の私は荒れていました。

 

仕事はしていましたが仕事が終わると毎日飲みに出かけて、午後出勤の日や休みの前の日には朝帰りが当たり前でした。

 

当然二日酔いです。

 

友達はいましたが一人暮らしで家に一人でいてもさみしくてつまらなくて満たされなくて、毎日人恋しくてでかけていたのです。

 

当時なじみの店も何軒かありどこかにでかければ必ず知り合いがいて話し相手がいました。

 

飲み仲間もいてなかなか充実した20代を送っている・はずでしたが、20代も後半にさしかかろうかというあるとき、なんだかふと思ったのです。

 

お酒をのんで酔っ払っていても何にもならないと。

 

お酒を飲んでそのときは楽しい夜を過ごしても、次の日には二日酔いで後悔したり、酔っ払ってはしゃいだすがたをうっすら覚えていて後悔したり、はたまた何にも覚えていなかったりします。

 

お金をはらって何をしているのかと思ってしまったのです。

 

その日から飲みに出歩くのをやめて、仕事から帰ってきたら家の掃除をすることにしました。

 

当時断捨離が流行していて、私もやってみようと思ったのです。

 

そうすると、いらない物が出るわ出るわ。

 

あっという間に大きなゴミ袋は3っつも溜りました。

 

今まで飲みに歩いてばかりで家のことがおろそかであったと反省しました。

 

一人暮らしの小さな家ですが、持ち物はたくさんあって把握し切れていない懐かしい物がたくさん出てきました。

 

自分の持ち物と向き合って見るのは自分の過去と向き合っていることと同じです。

 

これまでは飲み歩いて嫌なこと、さみしさを忘れようとしていましたが、これからは断捨離で嫌な思い出のある物を捨てて根本からスッキリ解決しようとひと月ほど掛けて物を減らしていきました。

 

すると、スッキリとした家は過ごしやすく、家で過ごす時間が大好きになりました。

 

今はすっきりとした家で1,2缶のお酒を飲むのが何より満たされた時間です。

 

 

 

 

 

41歳女 他人に認められるための人生から、心地よさを追求する人生へ

現在41歳、2歳の娘がいるワーキングマザーです。

 

私は三人姉弟の長女で弟達とは年も近く、自然と比較されながら育ってきたように思います。

 

また、初めての子どもだったこともあり、両親にとって私を育てることは大変だったと繰り返し聞かされてきました。

 

そのせいか私はいつも『自分が良い子だと思われたい(親を困らせる悪い子だと思っていたから)』=『人から認められたい』という想いが人一倍強く、いつも苦しかったです。

 

当然のことながら、人の感情はコントロールできません。

 

出来るのは自分の心だけ。

 

でも、それがなかなか理解できませんでした。

 

人から認められたい、と強く意識し始めたのは小学校三年生くらいの頃からで、自分が特別でありたいと願うあまりに我儘な行動をとってしまったり、周りと揉めたりと散々でした。

 

死んだらどうなるんだろう、何のために自分は生まれてきたんだろう、というような哲学的?な疑問もその頃から持っていて、子どもらしくない子どもでした。

 

実際、早く大人になりたくて、自由になりたくて、妄想癖のある危ない子どもでしたね。

 

しかもその頃から次第に太り始めてきたので、体型にコンプレックスを持つようにもなり、どんどん自信がなくなって、自分がわからなくなっていきました。

 

『人から認められたい』という事を基準に行動するのは、それから30年も続きました。

 

変わったのは40手前ギリギリで、娘が生まれた事です。

 

ずっと子どもが嫌いで、全然産む予定なんてなかったのに、弟が親になり、姪の写真を見た時に何かが変わりました。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」という気持ちが湧いてきて、仕事中だったにも関わらず、姪の誕生が嬉しくて、ありがたくて、なんと泣いてしまったのです。

 

以来少しずつ気持ちが変わり、結婚する頃には子どもを育ててみたい、と思うようになりました。

 

そんな私のところに来てくれたら娘。

 

泣く以外何も出来ないように思えた赤ちゃんという存在。

 

ところが娘は何も話さない時から、いつも「ママ大好き」と表現し続けてくれました。

 

柔らかく温かな娘を抱いていると、そもそも赤ちゃんは無条件でママが好きなのかな、と思うようになりました。

 

娘だけではなく、かつての私もそうだったろうと。

 

大好きなママが困っているのをみて、私は『ママを困らせる悪い子だ』と思い込んでしまったのかなと。

 

それに気がついてから『人から認められたい』という気持ちがなくなっていきました。

 

それまでは雑誌に載っているファッションやメイク、ライフスタイルに振り回されてコロコロ自分を変えてましたが、今は自分の好きなものがわかるようになってきました。

 

私の『自分の探し』は『人に認められる事』を考えの基準にするのではなく、『自分が心地よいかどうか』を基準にする事で落ち着いてきたように思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

33歳女、自分ではどうにも出来ない運を上げる旅、良い方に変わった

 

私は現在畜産製造業に携わっている33歳の女性です。

 

今では何とか社会に貢献し普通の人並みの生活を送っていますが、昔は何かと散々な日々を送っていました。

 

 

小中学生でいじめに遭い、高校生では受験就職という大事な時期に不登校になってしまいました。

 

何とか卒業して就職出来ましたが、ロクに友達も出来ずに自信を持てないまま、駄目な自分を責め続ける毎日です。

 

生きているのもつらいと感じる事もありました。

 

劣等感に苛まれた私は社会に出ても何かと誰かに目を付けられ、嫌がらせ、怒声、悪口を浴びせられて平穏に過ごせることはなく、何度も仕事を変えました。

 

周りを変えられない事は過去の経験で分かったいたので、自分を変えるために必死でいろんな本を読みました。

 

書いてあることを何でも試しました。

 

周りの人間に勝ってやる!という向上心からではなく、せめて苦しいと感じるこの心だけはどうにかしたかったのです。

 

 

そんな中、「吉方位」について書かれている本を見つけました。

 

自分の生年月日に対して、その日向かうと運気が上がる方角(吉方位)と悪くなる方角(凶方位)があるという内容でした。

 

初めて知る情報だったので興味深かったです。

 

自力でどうにもならない事は運のせいもあるかもしれないと思い、早速行動に移す事にしたのです。

 

休日には、その日の吉方位の方角へ遊びに行き、その土地の食べ物を食べたり、自然に触れたり、温泉に浸かったりしました。

 

滞在時間が長かったり距離が伸びるとより運気が得られるとの事で、遠くに行って宿泊して帰ってくる事もありました。

 

知らない土地に行くのは、見た事のないものを見られる感じられるという刺激もあって、面倒くささを感じる事はありませんでした。

 

むしろ、運が良くなるぞ。

 

とか、どんな良い事があるだろうか。

 

なんて前向きに考えられるようになっていました。

 

いじめが原因であまり人に会いたいという気持ちがなかった私でも、遠くに出かける事で知り合いに会わずに済むというところから、リラックスしてお出かけを楽しめました。

 

勿論、その日この方角に行くと運気が下がる場所は徹底して避けました。

 

 

ある時その日の吉方位であった大阪に旅行に来た際、お土産屋さんで私の前で会計していた女性が、品物とお釣りを受け取る時ににこやかに「ありがとう」と言っているところに出くわしました。

 

他のお店でも、店員さんだけではなくお客さんがありがとうと言う事が多い事に気付きました。

 

大阪の人たちはお店の人に対して他人のような感じがなく、その事が今も強く印象に残っています。

 

私は感銘を受けて、お店で会計した時には店員さんに笑顔でありがとうを言うようになりました。

 

すると、少しずつ誰かと話をする事への恐怖心が少しずつ薄れていきます。

 

人と話せるようになった自分に少しだけ自信を取り戻せました。

 

私にとっての大きなリターンが得られた瞬間でした。

 

 

人に話しかける回数が増えたためか、運気を上げるお出かけは以前よりももっと楽しくなりました。

 

誰かに話しかける時はいつでも笑顔を心掛けているため、人と話す回数が増えると笑顔の時間が多くなるのです。

 

余裕ができると、自分を変えるための知識集めも洗練されてきます。

 

情報の取捨選択など、柔軟に考えられるようになってきます。

 

今では、かつてのように自分のダメさを責める事はありません。

 

何かあるたびに考えて行動し、それでダメならまた考え直して行動するという自分になれたからです。

 

肝心の自分ではどうにもできない運気についてですが、今まで生大きな病気や事故に遭わずに健康に生き続けているので、きっと運はあるのかもしれないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

20歳男 関東神社参り 今の悩みは悩みじゃない

 

こんにちは。

 

大学生で20歳の男です。

 

自分探しをした時期は、大学での人間関係に負い目を感じ、アルバイトでの人間関係に疲れ、自分は一体どうゆう存在で、何に必要されているんだと感じていた、そんな5月でした。

 

 

母にそれを相談した時、神社に行って、1度心を落ち着かせてから考えてみればと言われ、私は休日を利用し、当時、近くで行きやすかった茨城と千葉にゆき、鹿島神宮・息栖神社・香取神宮に参拝しに行きました。

 

 

当日は、まるで神様が私に参拝に来て欲しいのか?と思うぐらいに快晴で、沈んでいた私の気持ちも少しは晴れてきていました。

 

 

予定の関係でその自分探しでは香取神宮には行けずじまいでしたが、残りの2つに参拝しに訪問することが出来ました。

 

 

どちらも自然と一体化しており、ゆっくりとした時間の中で自然の空気を吸うことによって、私は何か大きくて暖かいものに包まれてる。

 

そんな感じでした。

 

それは信的なものではなく、自然と信仰の融合を目の当たりにすることで得た、1種の悟りのようなものでは無いかと感じました。

 

 

お賽銭を投げ、何をお願いする訳でもない。

 

何かのお守りを買う訳でもない。

 

気づけば、虚無に近い無心の状態で境内を散策していました。

 

そこで、自分が悩んでいた、自分とはどういう存在で何に必要とされているのかといったことについて考えていました。

 

 

存在理由については、もうそんなことはいいかと、この大自然の中では、ちっぽけなことで、小さなこと。

 

1つの命に存在する理由があるとすれば、循環なのかなぁーと思いました。

 

もうそれでいいやっていつの間にか気分は晴れ晴れしていました。

 

 

そして、何に必要とされているのかは、誰にじゃないなって感じています。

 

自分を必要としているのは自分しかいないなって思っています。

 

この先未来に自分を必要としてくれる人が出てくるかもしれないけど、それよりも今、1番自分がいなきゃ生きていけない自分という存在を大切に、大好きになってゆかないとって思っています。

 

 

何かに悩むのは、人間なら当然のことで、それも豊かな人生にとって必要なことですが、それが長引くとそれすらも毒となって自分を苦しめます。

 

自然は私達を我が子のように抱きしめ、いつでも迎えてくれます。

 

苦しくなったら、自然の中に身を委ねてみてください。

 

実際に、森の中は人間の心に心地よい高周波?(鳥の声、森のざわめきなど)が流れているそうですよ。

 

 

最後に。

 

私は悩みの原因を解決させた訳では無いですが、それは悩みでは無くなりました。

 

参拝と言うよりは森林浴に来ましたという感じですが、自分には信仰よりも、自然と一体化する方が心身との相性がよかったみたいです。

 

もし、今悩んでいたら、お散歩でもいいので外に出て見てください!そこには、様々な発見と解決が待っていることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

40代女性、色んな場所に行って&住んで自分に良い場所を見つけました

 

 

私は高校生までは実家に住んでいましたが、高校を卒業した後からは色んな場所に住んで来ました。

 

実家はすごく田舎にあって世間が狭いのが嫌でしたし、小さい時にはイジメにあっていたこともあるので、その故郷に対してあまり魅力を感じることが出来ませんでした。

 

ですから高校を卒業後に実家を離れて、都会に住むようになりました。

 

初めて実家から離れましたが、特にホームシックになることもなく、逆に様々な経験が出来て楽しかったです。

 

それから後にも、学校や就職などで色んな場所に住みましたし、その周辺の地域へも旅行に行きました。

 

その間に実家に戻った時期もありますが、やはり魅力を感じることが出来ず、また別の場所に移り住みました。

 

そしてそんな中、私はどこに永住することになるんだろう?と疑問に思いながら生きていました。

 

それは日本国内にとどまらず、海外に住むことも考えていました。

 

そんな私はアメリカ人の男性と知り合って、その人と結婚しました。

 

彼も私と出会うまでにも色んな場所に住んで来た人でしたし、旅行好きな人なので、一緒に様々な場所に旅行に行って、どこに住むのが良いのか二人で考えました。

 

アジアの国々は物価が安いので楽しむことが出来ましたが、ずっと住むとなると様々な問題がありそうだと思いました。

 

ヨーロッパの国々は物価が高くて暮らすのは難しいと感じました。

 

そして一番二人が魅力を感じたのはニュージーランドでした。

 

ニュージーランドだと英語で会話が出来ますし、自然はキレイで人も親切でしたし、色んな国も文化も混ざっている国ですから暮らしやすいのではないかと思いました。

 

ただ永住するとなると色々な手続きが大変そうですし、今、移住することは止めました。

 

そしてその後、二人で色々と考えたり調べた結果、アメリカに住むことにしました。

 

アメリカは広いので、アメリカ国内でもどこに住むか、今、色々と調べている所です。

 

住み心地の良い場所に住むことが出来たら良いなと思っています。

 

今まで自分探しのために色んな場所に住んだり、旅行に行ってきましたが、その結果、アメリカに住むことが今の私にとって一番良いだろうと思っています。

 

 

 

 

 

 

48歳女性本を読んで自分探し今は幸せ

 

48歳娘がひとり居るシングルマザーですが、娘が今年社会人になったため生活にやっとゆとりが出るようになりました。

 

それまではきつきつの生活。

 

娘の学費や習い事にお金がかかって自分のことにはお金をかけられない生活でした。

 

 

そんな私は離婚してから自分探しを続けていました。

 

美容面ではお金を使えなかったけど本はよく買って読んでいましたよ。

 

今でも時間があるときは本を読んでいます。

 

結婚している期間に図書館通いがクセになりそこから本が大好きに。

 

本がない生活が考えられなくなったのです。

 

 

元々知識欲は旺盛で。

 

図書館の本ならお金がかからないから一気に10冊程度借りてくることも。

 

結構難しい自己啓発系の本を借りるんですが返却期限までに全てきっちり読み終えていました。

 

時間があると本を読むのが私の楽しみでした。

 

 

今考えると結婚しているときまだ妊娠前にこうやって本を読む習慣が出来たのが良かった。

 

その習慣があったから離婚してもなんとか子供を普通に育ててこれたんです。

 

もし本がなかったら私は子育てに挫折していたかもしれません。

 

妊娠前パートもせず有り余る時間を本を読むことに使ってたおかげで離婚しても割とスムーズに生活できました。

 

 

自分探しって経験だけが全てじゃないんですよね・・・。

 

たとえば、職場を転々とすること。

 

この仕事も自分に合っていないこの仕事も適職じゃない・・・といろんな仕事を点々とすることも自分探しのひとつになるけれどそれだけじゃないんです。

 

そうやって行動する前に知識を手に入れることが大事だと私は思っています。

 

 

私も職種はいろいろ変えてきてきました。

 

天職はなんだろう?適職はなんだろう?と試行錯誤しながら生きてきましたが、そうやって職種を変えてばかりだと効率が悪い。

 

ただ適当にその時興味を持った仕事をするより自分という人間がどういう人間かを知っておく方が効率が良いんです。

 

本を読んで自分探ししておくとその後の人生が少し楽になりますよ。

 

 

 

 

 

 

 

26歳女 都会での体験 自分のしたいことをするのが正解

 

 

初めまして。

 

私は現在26歳の女です。

 

大学を卒業後、最初に就職した会社を半年で辞めてしまってから、私の人生これでいいのかと思うようになりました。

 

そこから私は、いろいろなことをやってみました。

 

まず最初は彼氏を作るために街コンに参加しました。

 

そして本来パーティーなどは嫌いなのですが、そこで知り合った方にパーティーや合コンに誘われるたびに必ず参加するようにしました。

 

というのも本来は本当に引きこもり体質の私なので、こんなに新しい人と出会う機会が無かったもので自分にとってはとても新鮮でした。

 

そこから、女友達も欲しいと思い女性がたくさん来るパーティーってどんなのあるかなぁとネットで探すようにしていたらレズビアン同士が知り合うというパーティーがありました。

 

そこにも行ってみて、そこでできた友だちとストリップショーを見に行ったりしました。

 

そうして遊んでばかりいると、お金の心配が出てくるので、お金に関するセミナーが無料で開催されていたので参加してみることにしました。

 

しかし、正直欲しかった情報では無かったので継続することはありませんでした。

 

また、そうしたセミナーやパーティーで知り合う人というのは、友だちになることが目的の人ばかりではありませんでした。

 

なにかを買わせようとしたり、ネットワークに入るように唆してきたりするような人もいます。

 

そこで、私はある日プッツンと糸が切れたように、誘われても全部断るようになりました。

 

元来引きこもり体質の私にはそうした生活をすることはしんどかったようです。

 

そこで内側に目を向けて見ました。

 

内側とは、自分のやりたいこと、また自分の身近な人のことです。

 

自分のやりたいことは正直よくわからなかったので、同じ職場の仲の良い同期と先輩と良く遊ぶようにしました。

 

そうすると、疲れるけどとても楽しく、また無理のない範囲で遊べることが分かりました。

 

そこで自分は悟りました。

 

自分は少ない友だちでも良いから一緒にいて楽しい、安心する人間が必要なんだということに。

 

 

 

 

 

 

34歳女 絵本作りをして自分探し 表現することで前へ進む!

 

 

美術大学卒業後デザイナーとして就職、退職後結婚し、今は子育てをしながらフリーで活動しています。

 

これは、大学生の時の話です。

 

入学後すぐに好きになったサークルの先輩がいました。

 

告白して、見事付き合うことに!楽しい学生生活の始まりです。

 

が、幸せもつかの間。

 

数ヶ月後、フラれてしまいました…。

 

初めて付き合った人だったこともあり、前に進む気持ちになれず、長いあいだ引きずっていました。

 

しばらくウジウジしていましたが、授業を受けたり、美術館へ行ったりしている内に、創作意欲が湧いて来ました。

 

何か作りたい!表現したい!と思ったのです。

 

付き合っていた彼は、物作りに夢中な人でした。

 

いつも次に作りたいものの話をしていたし、そういう所を尊敬していました。

 

そんな彼に追いつきたい!認めてもらいたい!という気持ちもあったと思います。

 

私が選んだ表現方法は、「絵本」です。

 

絵だけでも言葉だけでも私の思いを表しきれないと思ったので、両方を合わせた形を選びました。

 

出版社主催の絵本コンテストを見つけたので、それに応募することを目標に、制作を始めました。

 

制作期間は、作ることを第一優先に!と決めていたので、あまり人にも会わず、ひたすら描いたり、文章を考えたりしていました。

 

絵本の内容は、出会いと別れを少し抽象的に表現した大人向けのものです。

 

結末を別れの後落ち込んだままにするかどうか、とても迷いました。

 

考えに考えて、結局、悲しいことを乗り越えて前に進んで行くというお話にしました。

 

そう、それは私の人生そのものだったのです。

 

生きている中で、一番自分自身と向き合った時間だったと思います。

 

製本作業もあったので、大変でしたが、何とか締め切りまでに完成させて、コンテストに応募することができました。

 

結果、優秀賞を受賞することができました。

 

自分の作ったものを他の人が認めてくれたということは、大きな自信になりました。

 

そしてその自信が、今の自分を作っていると思います!

 

 

 

 

 

33歳女 10代から夢を貫き続け、夢を叶えたお話 今とても幸せです

 

 

はじめまして。

 

33歳の女性です。

 

私は、子供の頃からオシャレやメイクに興味があり、将来はファッション関係の仕事に就きたいと思っていました。

 

10代の頃から、ファッション誌や好きなモデルさんの洋服の着まわしなどを参考にして、色の組み合わせや洋服の素材や特徴、合わせ方など、色々勉強し、知識を増やしていきました。

 

その成果もあって、10代の頃から友人が「オシャレだね」と褒めてくれる事が多く、友人に洋服の合わせ方を教えてと言われて教えてあげたりしていました。

 

そして大学を卒業したら、ファッション関係のお仕事に就こうと決め、大学卒業後、ファッションの販売員のお仕事に就きました。

 

30歳までに、店長になると決め、今までの努力だけでなく、人の上に立てるような努力もしました。

 

まずは、意見をトゲなくはっきり言えるようになる事。

 

そして、更に洋服の知識や、常にお店で1番の売り上げを取れるような接客技術を磨き続ける事。

 

そして、人の上に立つという事は、キツくはっきり意見を言うだけでなく、付いてきてもらえるような優しさを、身につける事、でした。

 

それにはまず、今までの性格を一新させる必要もあり、ここが辛く長い旅となりました。

 

「嫌われる勇気」という本がありますが、まさにその本のタイトル通り、嫌われる事を恐れてはいけない、その先に必ず見える光があり、皆は付いてきてくれるんだと信じて性格を変えていきました。

 

そうすると、その本のように、嫌われる勇気を持っただけで、こんなにも自分も周りの子たちも、逆にありのままの偽りのない付き合いになっていけるんだという事に、気づきました。

 

そのおかげで私は、20代のうちに夢叶って、店長になる事ができました。

 

本当に嬉しかったです。

 

嫌われてもいいんだ、いやもっとその先に人と人との本当の繋がりがある事に気がつきました。

 

後悔している事は特にないですが、しいて言うなら、もし10代の頃からその事に気付いていれば、もっと生きやすかったかなとは思います。

 

この文章を見て頂いてる方がもしいれば、お伝えしたい事は、嫌われる勇気を持ってほしいという事。

 

その先にもっと素晴らしい未来がきっとあるはずだから。

 

 

 

 

 

 

33歳女 やりたい事(資格取得を目指し合格) 幸せは自然と訪れた

 

現在は専業主婦をしています。

 

今があるのは過去の恋愛からの蹴りをつけるまでに掛かった期間の後悔から気持ちを切り替えることができたからこそだと思っています。

 

 

誰しも色んな恋愛をし結婚に至ると思います。

 

そういう過程の中で多少なりと過去の恋愛に蹴りをつけるまでに時間がかかり次の恋愛への一歩を踏み出せずに足踏みする方もあるかと思います。

 

私もそのような過去の恋愛から次の一歩を踏み出すまでの後悔した3年ほどの期間があります。

 

私には結婚願望があり30歳までにはという思いがありました。

 

しかしその20代半ばに大失恋をしその当時は次の一歩を踏み出す気力もなく無駄な3年間だったと後悔しています。

 

 

その時期、別れを決断したにも関わらず仕事も一緒だったこともあり常に連絡を取り合っていましたし仕事終わりにご飯を食べに行くなど。

 

客観的にみると何も変わらなかったと思います。

 

形だけ、で。

 

その当時の彼との別れは結婚相手は同じ職種の者でなければならない!という会社を経営しており後継者である彼のご両親の小さな頃からの思いが強かったことによる反対でした。

 

その事を付き合い初めて5年後頃に彼の父から知らされました。

 

付き合い当初はそのような事を知らされることなくご両親とも仲良く彼のご自宅にも招かれ皆でバーベキューをしたり彼のご両親(たまには彼父のご友人達)と飲みに行ったりとさせて貰っていましたので凄くショックでした。

 

しかし私も公私共に凄くお世話になっていたご両親だったので、やはり親は大事にすべき!ここまで育てて貰った恩を仇で返すようなことはしてはいけない!という双方の意向でお別れしました。

 

そこから負の3年間を過ごし今では後悔しています。

 

 

そこから立ち直れたのは新たにやりたい事が見つかり資格取得に専念したこと。

 

そのことが結果的に転職にも繋がり間接的にですが今の旦那様と知り合うきっかけとなりました。

 

その資格取得を目指しやりがいを見つけた頃には過去の恋愛からも自然と決別できており生き生きとしていたように思います。

 

自分探しというよりは「やりたい事(私の場合は資格取得を目指し転職に繋がったこと)が、結果的に功を奏し理想の方との出会うきっかけを与えてくれたのだと思います。

 

今ではすごく楽しい日々を過ごしています。

 

 

 

 

 

 

 

50才男性スピリチュアルな自分探しで遠回り

 

 

私は現在50代の介護職の男性です。

 

子供もいて今は比較的落ち着いた生活をしていますが、若い頃は自分探しに明け暮れた生活をし続けていました。

 

 

学生の頃、私はとてもプライドが高く、フラれてしまった時のことを恐れるあまり自分から告白できるようタイプではありませんでした。

 

卒業間近になった時、ずっと好きだった女性と別れるのが辛くて声を震わせながら初めての告白をしましたが、思いは叶いませんでした。

 

 

その失恋のつらさから逃れるように20代から30代前半までスピリチュアルな世界に突き進むようになりました。

 

気の世界の書籍を読みあさり、すごい先生がいると聞けば仕事そっちのけで、どこにでも行き、いくらでも払うという感じでした。

 

心理学の団体やディープエコロジー、自己啓発セミナーにも参加し時には他者のオーラが見えたり不思議な光が見えるようなこともありました。

 

 

この頃の私は、自分探しに熱心なだけでなく不思議なことをたくさん経験しているという優越感のようなものを周囲のひとに対して持っていたと思います。

 

 

こんな感じでしたので社会的にも経済的にもうまくいくはずがなく、私は社会的にも経済的にも行き詰まってきました。

 

何日も眠れずおかしくなってしまうのではないかと思ったある日、ふと「どうせ駄目なら、せめて誰かの役に立って死にたい」と思ったあたりから私の生き方が変わり少し生きることが楽になってきました。

 

 

私はスピリチュアルの世界にはまり込み自分探しをしたことを後悔はしていません。

 

ただ、遠回りしたな〜と思うので他人には全くオススメしません。

 

 

今のところの結論として、自分探しをしても自分は見つからないと思います。

 

 

自分を大切にしながら、徹底的に他者の役に立つように自分を活かす。

 

むしろ自分をなくしていく方が本当の意味での自分探しになるのではないかと思います。

 

 

もしも今、自分探しにくたびれて自分を見失っている方がおられたら、まずは目の前にある仕事や頼まれたことを工夫しながら丁寧にやり続けることをおすすめします。

 

 

 

 

 

20代男、辛い借金地獄の脱出

 

こんにちは。

 

31歳の会社員男性です。

 

 

私は、20代借金に追われていました。

 

追われていたと言いましても、借金取りが家に押し寄せてくるとかのレベルではありませんが、クレジットカードのキャッシング、リボ払いや銀行系列のカードローンで多い時、200万円くらいの借金がありました。

 

 

20歳直後は、たくさん借金して、返済をした時が、かっこいいという誤った考えを持っていて、軽い気持ちで、夜は飲み回り、昼は洋服などを無駄に買ったりと、どんどん借り入れが増えていきました。

 

次第に、毎月の給料が返済のお金に回り、でも今までの生活を変えられないので、また借金をするという負のスパイラルにはまり、ホントに欲しい物が買えなくなったり、旅行などにも行ったりできず、どんどん自分が衰退していくのが分かりました。

 

その事に、気づいた時は、かなり頭の中が狭まって行き、生きた心地がしなくなるくらい焦ってきました。

 

 

その負のスパイラルを立ちきろうと、20代半ば前から、仕事の他に何かやらないとダメだと思うようになりました。

 

まずは、友人からの誘いで、パソコンでのビジネス学校で、ネットオークションやアフィリエイトなどで稼ぐ方法などを教えてもらいました。

 

ですが、パソコンの使い方も良く分からない状態でやったものですから、まったくうまくいかず、そのビジネス学校での入学金、月額金でさらに借金は膨れあがり、辞めることにしました。

 

この頃には、1番ピーク時の200万円くらいの借金になっていたと思います。

 

借金を返すために借金を膨らましてしまいました。

 

なので、次はリスクをなるべく避けるために、体力勝負で、昼は本業をしつつ、夜も週2くらいで働くことにしました。

 

すると、効果が出始めました。

 

働く時間が多くなり、お金を使う時間が減ったからです。

 

3ヶ月くらい昼夜働くという生活を続け、借金返済のスピードが早まりました。

 

けれど、体力がもたず、夜の仕事は辞めることにしました。

 

この時でも、まだ100万そこそこは残っていました。

 

 

最終的には、それから、2、3年かけて、飲みにもいかず、欲しい物も我慢していくという節約スタイルをとり、28歳の時に完済しました。

 

そして、その時に、いろんなポイントや、クーポンなどのアイテムを覚えました。

 

 

それらの教訓を生かし今では、結婚して、マイホームも手に入れました。

 

結局今は住宅ローンに追われてますが、カードローンの返済に追われていた時とは違い、心には余裕ができました。

 

 

今の、特に若い人に私なりのアドバイスがあるとしたら、カードローンなどの借金は恐ろしいので、少しの我慢が大事だと伝えたいです。

 

 

 

 

 

 

28歳 女 少年時代に様々な地域を自転車訪問して自分探し

 

 

■私が少年時代から青年時代にかけて自分探しで色々してみた内容としまして。

 

 

私は、少年時代から青年時代にかけまして、自分の適職や、将来の仕事について考えみる状況としまして、様々なことにチャンレンジしてきました。

 

その内容としましては、私は、自転車が大好きでありましたので、とにかく少年時代につきましては、自転車で青空の下を自転車で駆け巡るのが大好きでした。

 

時には、県をまたぐようなこともありまして、帰りに自転車がパンクするようなことも、よくありました。

 

長い2時間程の距離を自転車を押して帰ったようなこともあります。

 

こう言うアクシデントを経験しながら、あての無い自転車での旅で様々なことをイメージしながら、自転車で走行していたと思います。

 

また、友達を伴って行くようなことも自転車の旅でありました。

 

その中で得ることができた内容としましては、自転車で走る地域で様々な地域の方々と触れ合うことができたと言うことです。

 

主に関西圏内について、自転車で走行する上での目的地を定めて自転車で向かっていたのですが、到着した地域で、様々な方と交流して、そこの地域独自の文化に触れあいながら、人と交流して得れるものは非常に多かったと思います。

 

よく私が自転車で2時間、3時間かけて行っていた場所が大阪のでんでんタウンと言う電気街であったのですが、そこの中古ショップやジャンクショップで、店舗内で話。

 

し込んだり、声をかけさせて頂く等して、交流が芽生えたと思っております。

 

また食文化についても、食レポみたいな形で自転車で訪れた地域で、食事を通じて、話しかけたりすることや、食事をしながら、そこの地域の光景等に魅了されるのが大変好きでありました。

 

また、時間帯によっても、自転車で走る際に、特に外の景色が夕焼けが美しかったり、夜になるにつれて、暗くなってくる景色を十分に堪能しながら、帰ってくることができますので、その変化する大空を見ながら、色々と自分のやりたいことについて考えた日々を思い返します。

 

 

 

 

 

 

48歳女 自分探しでボランティアしてました

 

 

48歳今は二人の娘のママであり、働く主婦です。

 

 24歳までは学生で38歳で結婚するまで、自分探しをしていました。

 

 20歳くらいの時にヨガを習い始め、その時のヨガの先生がマッサージや指圧を教えてくれる人で、元々人を喜ばせることが好きで、気前良く周囲をマッサージしていました。

 

 恋人とか親しい友人は無料でいくらでも要求してきたので、今となっては若かったのですが、それも喜んでもらえるのだからとあまり気にもしませんでした。

 

 20代半ばの頃は一人暮らしが寂しくて、恋愛したかったです。

 

皆そうだと思いますが、決してこちらが好きでも好きになってくれる相手ばかりではなく、私の気持ちは言ってあるのに「友達」と決めつけて、できた彼女にすぐフラれてしまっても、次に付き合うのは別の女性でした。

 

 そして、ある時辛すぎて、占いに出かけました。

 

 三千円くらい払ったと思います。

 

 優しい人だったのですが、「彼は誰かできそうだけど、できないかも知れない。

 

貴女とは友達というカードが出ている」と言われました。

 

タロットカードを使っているのに、世間話と一般論で、「今の男性はあまり環境を変えようとはしないですよ」と言われました。

 

けれど相手は女性で、何も見えてないんだな、と思いました。

 

 それだけで三千円払うのが腑に落ちず、帰りに本屋さんでタロットカードを購入して、自ら勉強を始めました。

 

「タロットの教科書」という本まで出ていて、あの占い師みたいにはならないように勉強しました。

 

特別専属と言うよりは、セクマイの合宿とかイベントで、ゲイやレズビアンやバイセクシャルの人々にタロット鑑定をしていました。

 

 私的には無料でもよかったのですが、「それでは気が済まないから」とワンコインを渡してくる人がいて、それも寄付していました。

 

完璧なる自分探しですね。

 

 レズビアンとバイセクシャルでのゴスペルの会でボランティァでキーボードで伴奏したりもしました。

 

 軸に「人に喜んで貰いたい」があったので楽しかったです。

 

 今は後悔もなく楽しかったけど、あそこまでボランティアじゃなくても良かったと思います。

 

 これが私の自分探しでした。

 

 

 

 

 

 

27歳男仕事選びの大変さ、まだまだ半人前な自分

 

はじめまして。

 

現在、茨城県在住のミッキーといいます。

 

現在、27歳の男です。

 

私は、大学を卒業後3回職を変えています。

 

最初に入った業界がリユース業界の販売の職種を3年半仕事しました。

 

最初に入社したこともあり、3年以上は必ず続けようという思いで、精一杯業務に励んでいました。

 

そのおかげもあって上司にも認められ、給料も上げてくれ、働く人たち環境にも恵まれ、何不自由のない人生を送っていました。

 

そのときに年齢が25歳で、このまま、こんないい環境の中で生活していいのだろうか?。

 

という疑問が生まれ、新しい環境で、もっと多くの人たちと関わって生きていきたいと思うようになり、退職を決意致しました。

 

また、そのときに思ったのが、この世に生まれてきた意味なども探したいと思ったのも退職のきっかけになりました。

 

一社目退職後、IT関係の営業職につきました。

 

営業職を選んだきっかけは、社会に出るにあたって必要最低限の社会人能力を身に着けたいという事と、たくさんの人たちと出会える、自分の成果に応じて給料が変わるので、どこまで自分ができるのかを挑戦してみたかったのが理由です。

 

実際、働いてみて営業職の大変さを身にしみました。

 

自ら仕事ををとる大変さ、営業だとわかった瞬間の相手の態度の冷たさ等、骨が折れるところがありました。

 

ただ、頑張って成果が出た時の達成感というのは、言葉にならない程うれしかったのは覚えています。

 

その会社に1年働いた後に、もっと好きなジャンルで営業ができないかと思い、以前から趣味でやっていたパチンコ業界を相手に営業ができ、さらには給料が最初から高い会社を見つけ、入社させて頂きました。

 

確かにパチンコ店相手に営業をするのですが、職務内容に関しては満足をしていたのですが、その会社の社風、上下関係、不当な業務時間等が自分に合わずに半年で辞めました。

 

そこで自分が思ったのが、給料の高さではなく、環境の良さが大事なのだと思いました。

 

現在は、ハローワークを通じて職業訓練を今後受ける予定です。

 

そこで不動産の資格を取る予定です。

 

自分の能力で仕事をしていけば何か変わるのでないかと思っております。

 

まだまだ社会人としては半人前です。

 

これからもたくさん苦労することもあるかと思いますが、その都度その都度、自分にとっての幸せを考え、将来幸せに過ごせるように、後悔しないように生きていきたいと思います。

 

人生いろいろです。

 

焦らず共に頑張っていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

23歳 男 本を大量に読んで自分探し

 

 

私は現在23歳学生です。

 

大学中退後、ニート、フリーターを経て専門学校へ入り直しました。

 

何となくで行った大学を一年で退学してしまい、そのときにこれからどうしたいのか、どうしたらいいのかがわからなくなってしまい、がむしゃらにもがいていました。

 

大学をやめたはいいものの、他にしたいことがあるわけでもなく、何も目的を持っていませんでした。

 

ニート、フリーター時代が自分にとって自分探しをしていたなという時期です。

 

そんな状況で自分が何をしたかというととにかく本、小説を読みまくりました。

 

小学生のころから本が好きでよく読んでいましたが、なぜ読書が好きだったかというといろんな世界を体験することができるからです。

 

それを思いだし、とにかく古本屋でたくさん本を買ったり図書館で本を借りてたくさん読みました。

 

小説の中の登場人物の性格や職業になりきったり、書いた人の経験がかかれている本を読んで、自分もその世界、経験を疑似体験することで何か自分が生きるためのヒントが得られるのではないかと思いました。

 

小説ではファンタジーや現実ではあり得ないようや出来事が起こったりするため、実際に自分が小説に出てきた人物になりきろうと思ってもそれは難しいです。

 

本をたくさん読もうと決めて読み始めたころはこんなことして何かの役にたつのだろうか、意味があるのだろうかと不安な気持ちが大きかったです。

 

しかし、大量の本を読んでいくうちに登場人物の感情にフォーカスを当てて読むように自然と変化していきました。

 

そこで自分の中に生まれた感情が今にも繋がっています。

 

それは人のために行きたい、人との繋がりを大切にして生きていきたい、と強く感じるようになりました。

 

それで自分は人の支えになることのできる職業に就きたい、と考えるようになり、それが今通っている医療系の専門学校へ通うことへ繋がっています。

 

高校時代までは自分自身と向き合わず、回りに流されるまま生きてきたので卒業してどうしたいのかわからなくなってしまいました。

 

しかし、本を読んでがむしゃらに自分探しをした結果、今に繋がっていて、振り替えると大切な時間だったなとかんじます。

 

 

 

 

 

人の価値観を本で読んでみることから、自分を追求する

 

 

探し出すこととは、日常的にしないことの範囲にあることも多いものです。

 

しかし「自分を追求してみたい」という思いが強く続かないといけないところもあります。

 

自分で自分に気が付かなかったこととは、気を付けて考えていないと自覚できないまま通り過ぎてしまうものです。

 

よく気を付けておくことです。

 

私は、「自分を追求してみたい」を良く考えるようになることがあるタイプです。

 

3年前から、本を半年に1冊くらいのペースで読むようになりました。

 

本を読む目的は今から述べることにあります。

 

6冊ほど読んでいますが、現在は中断しています。

 

 

 自分を追求してみる方法としては、私の場合にこのようなものが、あります。

 

 

 「自分が価値観的に理解できない人(Aさん)であるけれど、真面目な人(Aさん)の書いた本を読んでみる」。

 

このようにしてみると、「自分がこのAさんの何を理解できなかったのか」ということが、Aさんの書いた本を読んでいるうちに見えてきます。

 

Aさんについて理解できないところは、本を読んだ結果として、Aさんの考え方がわかることで、Aさんがどんな考え方なのかについて、理解できるようになります。

 

「やはり、理解できないひどい価値観であった」というように思った時には、ひどいと考えている自分の性格に出会えます。

 

 

 しかし、「Aさんの考え方を知って、今までと違って、Aさんの言うことにも少しは納得できる」ということに気付くかもしれません。

 

もしかすると、何か新しい価値観に出会うこともあるかもしれません。

 

 。

 

 Aさんを理解できないままであっても、「Aさんの言うことは、ここがこういけない。

 

」としっかり指摘できるようになることも、しっかりとした自分になってくることですので、自分のなかでの成長でもあるでしょう。

 

 

 このように自分が理解できないものを本を読んで研究することは、何かに気付くと同時に、自分の性格に気付くこともあります。

 

逆に、「この人の発想を知りたいという人」の本を読んでみても、自分が何をもとめているかに気づくでしょう。

 

「自分がこのようなものを求めていたのだ」と自分のことに気が付くことになります。

 

これも目的を達成していることです。

 

 

 このことをお試しされる方へのアドバイスとしましては、自分が、テレビなどを見て知っている人のなかで、「理解できない人」が見つからないこともあります。

 

この時は、ジュンク堂、有名デパートのデパートの大きな本売場、インターネット販売の大きな本屋などで、理解できない価値観が題名になっている本を読んでみることです。

 

 

 例えば私の場合に、「世の中なんて、どうなっても自分が勝つ方法」などという本は、私の場合において、「ひどい人だなー」と思うわけです。

 

私には、理解できないわけです。

 

 

 逆に「いつでも、正しく勝つ方法」という題名を見ると、私の場合には、「正しければ、いつでも正しさが通ることは、必要だ」と読んでみたくなるわけです。

 

 

 

 

 

 

40歳女 色んな地域に住んでわかった 特別を求める必要なんてない!

 

40代の主婦です。

 

今は結婚をして、落ち着いた生活を送っていますが、10〜20代後半頃までは、自分探しのために様々なことを体験しました。

 

まずは、仕事です。

 

定時制の高校に行っていたため、早い段階で働くことを経験しました。

 

自分探しのためと言えば格好は良いですが、仕事に関しては、ただ単に続かなかっただけだと思っています。

 

自分探しのためにした行動で、今振り返ると一番思い切った行動をしたなと思うのは、引っ越しです。

 

2〜3年おきに、7〜8カ所ほどの地域へ引っ越しをしました。

 

それも、全く縁もゆかりも地域にです。

 

自分のことを全く知らない場所へ移り住んで、今までのことを全てリセットしたり、色々なことを経験したりしたかったからです。

 

何か、自分の特別な才能が、開花されるのではないかとも思っていました。

 

それに、自分の「生きる力」も試されます。

 

旅行をするのが一般的だと思いますが、旅行をするお金がなかったので、いっそのこと住んでしまえ!という感覚でした。

 

20代後半まで、定期的に住む場所を変えるという生活を送っていましたが、当時は大変ながらもワクワクの毎日が送れて、本当に楽しかったです。

 

色々な地域に知り合いが増えたというメリットがありますが、一つの仕事をずっとやり続けることができなかったという後悔はあります。

 

年を重ねてみて、コツコツとやり続けることの大切さを知ったからです。

 

「継続は力」という言葉が、身に染みています。

 

特別な才能を見つけるのも大事ですが、目の前のことを一生懸命やることの大切さに気づけました。

 

でも、これからの人生で、何かをコツコツとやり続けることを実践すれば良いのかなとも思っています。

 

自分が若いときにした経験は、今となってはなかなかできることではありません。

 

ですので、若い頃に行動に移して良かったです。

 

きっとおばあちゃんになっても、若い頃の経験は、脳裏に鮮明に焼きついているでしょう。

 

自分の人生の財産となる経験です。

 

みなさんも、「これをやってみたい!」と思うことがあるのなら、思い切って行動に移すことをおすすめします。

 

もちろん、犯罪や人に迷惑をかけることはよくありませんよ!でも、それ以外ならば、行動に移したほうが、後々後悔せずに済みます。

 

「人生たった一度きり」なのですからね。

 

 

 

 

 

 

 

21歳女東京とタイに行って自分探し、視野が広がった

 

 

私は今大学に通っており、就活を目前に控えています。

 

私が自分探しを始めたのは、自分が一体何になりたいのか、どんな仕事をしたいのか確かめないと思ったからです。

 

大学二回生の時から、色々な経験をしてみようと、今まで行ったことのないところへ行ったり、バイトを沢山しました。

 

具体的に言うと、まず東京に行ってみました。

 

そこで田舎者の私は人の多さに驚きましたし、その規模に驚きました。

 

電車と地下鉄に目が回ったり、スクランブル交差点や竹下通りを歩いて、これが首都かと驚きました。

 

そしてもう一つ私が訪れたのが、タイです。

 

初めての海外という事で緊張しましたが、かなり視野が広がりました。

 

仏教という日本では身近にない宗教観念に触れたり、言語を超えた交流をしたり。

 

NGOの方に出会い、話を聞きました。

 

少数民族と共に暮らし、教育を推進しているという彼女が、タイに来るまでの話を聞いてとても驚きました。

 

最初は何をしたいのかも決めておらず、まさに今の私と同じなのです。

 

大切なのは行動力だと、彼女は言っていました。

 

それに象に乗って山を登ったりと、とにかく新しい事を体験しました。

 

ですが、明確に私の中で答えが生まれたわけではありませんでした。

 

視野が広がった分、自分がちっぽけに思えて少し悲しくなったのです。

 

視野を広げるだけではいけないな、と痛感しました。

 

様々な人と交流した事で、新たな知識を得ることができました。

 

これを武器にこれから何をしたいのか、どんな仕事をしたいのか考えたいと思えたのです。

 

私は都会に出て、色々な人とコミュニケーションをとり、やり甲斐のある仕事がしたいと思うようになりました。

 

世界が広い分、これから勉強して知識を身に付けたいと思ったのです。

 

その為にはこれから努力しなければならないでしょう。

 

それでもタイで出会ったNGOの女性のように、私も貧しい子供達の力になれるような人間になりたい、世界に目を向けてこれから頑張っていきたいと思いました。

 

 

 

 

 

29歳女 地元の温かさ 1歩踏み出す勇気

 

私は今年29歳、結婚5年目の専業主婦です。

 

今は家事に育児、それなりに充実していて忙しい毎日を過ごしています。

 

そんな私も若気の至りという時期がありました。

 

20歳前後、きちんとした定職に就いたにもかかわらず1年程で辞めてしまい仕事を転々としながら生活をしていました。

 

こんな生活じゃいけない…と思いながらもなかなか抜け出せずにいたのですが、かといって何かしたいことがあるわけじゃなく何となく生きている。

 

そんな感じでした。

 

ですが、フッと1週間ほど地元に帰っていた時に、1人じゃなく家族がいることの温かさや昔の友人との何気ない会話がすごく新鮮で、ふらふらしている自分が恥ずかしく思いました。

 

それから、自分探しのスタートです。

 

飲み仲間との関係を断ち遊びに行きたい…という衝動を我慢し、ちゃんと朝早起きして生活リズムを正常に取り戻すことから始めました。

 

遊び仲間としか交流がなかったのですが、仕事を始め職場の方々との交流や近所の方との交流ができてからは本当に嬉しくて、毎日楽しかったです。

 

少ししてから、地元に帰って地元で就職し、若い人たちの活動なんかにも積極的に参加しました。

 

汗や涙を流してみんなで楽しく飲んで、喧嘩したり悩みを相談したり青春をしている感覚でした。

 

そこで知り合った方と結婚もすることができました。

 

毎日、幸せいっぱいで怖いくらいでしたが逆にあのふらふらしていた期間は何だったんだろう…とすごく後悔することもありました。

 

時間とお金と何でもないことに費やして、もったいなかったなと思います。

 

ですが今は、あの頃があったからこの幸せをかみしめることができているわけで決して無駄なことはなかったと思えるようになりました。

 

一番大事なことは、自分はどうしたらいいのだろうか?と悩んだときは身近な人に相談をすることです。

 

1人で抱え込むことも時には大切ですが、やはり相談することがいい方法なのかなと身をもって感じました。

 

また、1人じゃない。

 

ということを知るのも1歩踏み出すいい機会になるんじゃないかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

28歳女 セミナーで積極的な自分になりたいと感じ、全く別人になった

 

 

私は、20代後半の頃に仕事の疲れがだいぶ溜まって精神的にもダメージを受けていたので、思い切って数年間いた会社を辞めた。

 

その頃私はずっと情報商材を販売する仕事をしていた。

 

営業として何とかやっていた。

 

でもあまりにも忙しい毎日に嫌気がさして「自分を変えたい」と思いながら辞表を出したのだ。

 

そして、会社を辞めてその後2カ月くらいは「自分探し」をするためにあちこちの自己啓発セミナーに出た。

 

ちょうどそのころは自己啓発のブームでその手のセミナーをたくさんやっていた。

 

私は、自分自身がわからなかった。

 

これからどうしたいのか、何を目指していたのか。

 

そういう自分自身のことをもっと知りたいと思い、セミナーに出た。

 

セミナーに出ると、私のように「自分探し」の目的としてきた人たちだらけだった。

 

結構年配の人も多くいて、「今更こんな年になって自分探しするの?」と私は思いながら、ちょっと周りに溶け込めない気がした。

 

すると、セミナーの手伝いをしている女の人が話しかけに来た。

 

見た目は普通の人だったが、話して見ると大阪人で、はっちゃけていた。

 

私は、彼女がうらやましいと感じた。

 

年をきいてみると、同じ年だった。

 

育った環境によって、あるいは性格の違いで、同じ年でもこんなにも違う人間になるのだろうか?私は、「自分の人生を変えたい」と感じた。

 

どうせなら、この自己啓発セミナーをとことん活用して変わってやろうと思った。

 

私は、営業のような仕事を何年かしているにもかかわらず、人前で話すことが大の苦手だった。

 

人前に出ると、いつも声が震えてしまっていた。

 

そこで、それをとりあえず克服しようと、あえて積極的に人前に出てみた。

 

やはり手の震えは凄かったが、自分から手を挙げてみた手前、堂々と振る舞うと心に決めた。

 

大きな名前を言って、自分の考えを話し始めた。

 

意外なまでに話すことが出てきた。

 

とても気持ちが良かった。

 

その後は、セミナーでも発言したし、どこへ行っても手を挙げて質問した。

 

人間て意外に変えられると思う。

 

 

 

 

 

40代女性 きっかけは何気なくて今は素敵な趣味ができた

 

私は今40代も後半になってきたパートの女性です。

 

【自分探し】って一時期ブーム(?)だった気がするんです。

 

1人旅をするとか海外に行くとか習い事をするとか。

 

とにかく周りは【自分】を探していて、何となく私も興味を持ち始めたのは30才目前だったと思います。

 

私は大人になってからというものインドア派になってしまい、趣味を呼べる趣味もなく「眠るの大好き」「テレビ大好き」って言ってるような感じでした。

 

きっかけは「もう少し見分を広げてみたら?」「もう少し外に出て見たら?」という何気ない友達の言葉でした。

 

だからといって、急に一人旅なんて出来ないし知らないところに一人で飛び込む勇気がない。

 

そんな時にダイエット目的でアクアビクスに誘われて申し込みしてみる事にした。

 

プールの中で運動するやつがアクアビクスです。

 

少しヨガの要素も入っていて疲れが心地良かった。

 

その他にした事は、とにかく本を読んで、映画を観た。

 

そこには自分の知らない世界がたくさんあって、私はすっかりハマってしまった。

 

暇さえあれば本を読んでいる私に声をかけてくるのはやはり読書が好きな人でおススメの本を教えてもらったり、物語の背景を教えてもらう事もあった。

 

小説だけでなく、絵本や漫画も読んだりしてました。

 

アクアビクスではクラスの10数名と顔見知りになり他愛ない会話も出来るようになると、様々な年代、様々な職種の方々とお茶したりするようにもなった。

 

その時、意外と自分って社交的なんだなと思ったな。

 

仕事が忙しくアクアビクスは長く続かなかったけれど、読書好きな友達と映画好きな友達ができた。

 

気付くと「あれ?これって今までになかった事?」「見分が広がった?」と自覚するようになって。

 

今まで知らなかった自分の一面が開かれた感じでしたね。

 

その頃から今日まで本が好きなのは変わっていないし、映画も好きなままです。

 

自分が「楽しい」と思える事に出会えた事がとても嬉しかったし、趣味が同じだけでコミュニティは増えると知った事も良かったです。

 

 

 

 

 

 

28歳 女性 人生相談で自分を知る方法について多く知ること 好調

 

今まであまり、活動的でなかったのですが、人生経験を重ねるなかで、少し活動的な人になろうとも思いました。

 

自分を追求することをしてみたいと思って、考えているうちに良いものを見つけました。

 

 

それは、人生相談です。

 

 

しかし、公的なものや、ビジネス的なものにしています。

 

私は、宗教が怖いタイプです。

 

信教の自由でもちろん宗教は自由です。

 

しかし、私の場合には、「自分のことだけしか、信用できないタイプ」なんです。

 

私の場合には、「信じないのも自由」となっています。

 

宗教的なところには、人生相談にはいきません。

 

しかし、お寺は、一般的な人生相談と同じくらいな気がします。

 

 

多分、人生相談行こうとしても困ることがあると思うのです。

 

「自分を追求したい」ということは、恥ずかしいばかりか、少し怖くもあります。

 

私の場合には、言葉を変えて相談します。

 

 

具体例としては、。

 

 

「正しい社交の場がほしいけれど、不和が起こるのが怖い」。

 

      同性の様々な人と意見交換をしてみることができます。

 

      異性は、ウソが多くて、だまされるのと恐ろしいです。

 

例えば、「3年間の間において、ウソに気が付かなかった。

 

」という被害的なケースもあります。

 

 

「言いたいことを言えるような練習方法はないか」。

 

      「正しく」言いたいことを言っていると自分に気づく気がします。

 

正しくなければ、罵倒の山が返ってくるでしょう。

 

 

「自由に生きている人が書いている本を知るにはどうしたらよいか」。

 

      私も同じように自由に生きていけるようになるかもしれないので、見てみたいと思います。

 

自由に生きているなかで自分を追求してみたいのです。

 

しかし、自由には、当然のこととして、義務があります。

 

正しく倫理的なことや、自主規制が、できないとアウトサイダーになりかねません。

 

あと自由において怖いのは、法律を知らなかったということです。

 

十二分に弁護士に危ないところだけ聞いておくことです。

 

女性弁護士さんに伺うと安心です。

 

1時間くらいの単位で料金設定があります。

 

 

この3つをいっぺんに人生相談してみても困りません。

 

現実的にこのようなことを知りたいと思っていれば、本物の相談にもなるからです。

 

大切なこととして、相談員さんには、真摯な態度で相談することです。

 

 

 

 

 

 

16歳男子 がむしゃらのアルバイト 社会人1年目で咲き誇る

 

私が高校時代の時の話です。

 

当時の私は、中学生から続けていた部活動に入っていてアルバイトができる時間はありませんでした。

 

そんな時、ある授業で進路相談の授業がありました。

 

特にやりたい事が無く、適当に高校を卒業できれば良いと思っていたせいか、担任から怒られ両親からも怒られたので、内なる自分を見つけるために部活動をやめてアルバイトを始めました。

 

とにかく色々な業種を経験しようと思っていたので片っ端から地元で探しました。

 

人生初めてのアルバイトは、サバイバルゲームのスタッフでした。

 

そこでは最低限のビジネスマナーや接客などを学びました。

 

それに伴い自分自身の趣味ができ、休日はサバイバルゲームをするようになりました。

 

次に、父の会社で運送のアルバイトを始めました。

 

内容はトラックの助手、コピー機の搬入などです。

 

続けていくうちに、車の誘導や重い物の持ち上げ方など細かな事も学べました。

 

次に掛け持ちで飲食店と靴屋のアルバイトを始めました。

 

どちらも某有名店で始めたので、今までよりもっと高度な接客や金銭管理を叩き込みました。

 

靴屋での業務はかなり多かったので仕事のやりがいはとてもありました。

 

すると、学年が上がって初めての進路相談を受ける前に変化に気付きました。

 

それは、進路相談と聞いて将来何がしたいかっと言うイメージが少しづつ頭にでてきたからです。

 

いつもならやる気の出ない授業なのにその日はワクワクしていたことが、今でも覚えています。

 

そして、高校生活最後のアルバイトは雑貨屋でした。

 

接客の技術はそのまま活用でき、新たにラッピング、発注を身につけることができました。

 

ラッピングの技術は誰かに教えてもらはないと身に付くのに時間がかかるので、このタイミングで知ったのは良かったと思っています。

 

そこからは社会人になるまではずっと同じアルバイトを続けていました。

 

そして社会人になってメーカーの営業になりました。

 

ヘルプの販売や取引先にお邪魔することが多くなりました。

 

初めての環境で緊張で張り詰める事が多くなりました。

 

ある日上司からディスプレイ用のラッピングを教えてやると言われました。

 

ですが、どう見ても知っている手順でした。

 

やってみると、飲み込みが早いなと言われました。

 

アルバイトの経験を話すと凄く褒められました。

 

更に、取引先のオーナーがサバイバルゲームをやっている事が判明し、一緒に遊びに行ったり、チームを結成したりしました。

 

会社のメンバーで靴を見に行って専門的なアドバイスができたりなど、細かな事から耳より情報などを自分を中心に発信できるようになりました。

 

私は大企業ほどではないですが、それなりの大きい会社で知らない間に社内の誰もが一度耳にした事がある人物になっていました。

 

そこから仕事も自分のネットワークも増えていきました。

 

私は高校生時代は遊ぶことがあまりできませんでした。

 

ですが、その分は頑張りとして社会人になって帰ってきました。

 

もっと遊んでいればよかったと思いますが、時間があった分経験できた事はとても役に立っています。

 

何もしないぐらいなら、とことん動き回って見ると自分のやりたい事から、どんどん道が見えてきます。

 

 

 

 

 

 

33歳女 断捨離で手に入れた心の平穏

 

 

32歳女です。

 

結婚4年目、子供はいません。

 

去年あたりから、なんだかこう、クサクサしてたんです。

 

もうやりがいを感じられず辞めてしまいたい仕事、その仕事と家事の両立。

 

子供はまだかと無遠慮に言葉を投げかけてくる両親や親戚たち、そんな中私をかばうことも家族計画もしないマイペースな夫。

 

毎日毎日ストレスで、気づけば部屋も荒れている…。

 

 

そんな中、いよいよ近づく改元の日。

 

そう、平成が終わり、いよいよ令和がやってくる!…そんな時にとうとう私は限界?をむかえ、「ああ!もう!!すっきりしない!こんな部屋、全部片付けてやる!!!」と一念発起。

 

断捨離、だったり、ときめきで片付け、なんて言葉が浸透してずいぶん経ちますが、私も挑戦してみることにしたんです。

 

 

ところがこれが、思いの外辛い。

 

 

まず、「片付けられていない自分」という現実に改めて向き合わなければいけない。

 

単純にしんどいです。

 

つづいて、仕事をしながらもなんとか時間を作る難しさ。

 

つい家事や夕飯作りがおろそかになることもあり、時短メニューの開発が思いがけず捗りました。

 

そして何より、たくさんの自分の持ち物と向き合う辛さ。

 

これが想像以上でした。

 

30代になり、昔は似合ったはずなのに今ではなんとなくしっくりこなくなってきた可愛らしい服。

 

少し前までは着れたのに、いつの間に太ったのか、心なしかきつくなってしまった服。

 

読みかけの小説。

 

資格を取りたくて買ったのに途中で読むのを諦めてしまった実用書。

 

夫に見つからないようにコソコソ隠してとっておいた元恋人の写真。

 

たいしていい成績でもないのに「思い出だから」ととっておいた通知表。

 

使い終わったノート。

 

どんだけ予備があるんだと言いたくなる大量の文房具。

 

など、など、など、など…。

 

こんなにたくさん物を持っていたなんて…と呆然としたり、これを買ってどうしたかったんだ、過去の私は…?というような物が出てきたりで、それはさながら、過去の自分と対話したり、未来の自分はどうなりたいのか想像したりといった、そんな時間でした。

 

 

そしてひとつひとつ選別をして、特に大変だったのはいわゆる「思い出系の物」でしたが、それなりに頑張って処分をし、とにかく部屋の物の全体量を減らすことを目標にがんばりました。

 

そしたら不思議と、今までがんじがらめになっていた自分からふっと解放されるようなきもちになれたというか、自分自身にすっきりとした気持ちで向き合えるようになった気がするんです。

 

 

叶わなかった過去や思い出に執着するのをやめて、。

 

これからの自分に必要なさそうな物も思い切って捨てて、。

 

これでやっと、「今の自分」を大切にできるようになったのだと思います。

 

 

そして単純に、「物が少ない部屋ってきもちいい」ですよ!。

 

心なしか、イライラすることも減った気がします。

 

なんとなく元気が出ない日々を過ごしている方は、ぜひ、大掃除してもらいたいです。

 

やっている間はしんどいかもしれませんが、得るものの方が多いですよ!。

 

 

 

 

 

35歳男性、2週間の旅にでて辛いのは自分だけじゃないと気づいた

 

高校卒業からずっと製造業で会社員をしていた35歳の男性です。

 

独身で結婚する予定もなく、彼女も10年以上いません。

 

 

長年勤めた会社を毎日残業だらけ、上司からの罵倒、給料が上がらず、このままこんな人生を歩んでいいのかなっと思っていました。

 

こんな給料じゃ結婚もできないし彼女も作れない…子供を作ることもできないんなら、いつ死んでも変わらない。

 

もういっそ死んでしまってもいいんじゃないかと思ったこともあります。

 

 

私の気持ちが仕事での言動にでていたのか、有給が溜まりすぎていたのかはわかりませんが、会社に2週間の休暇を取るように言われました。

 

自分って本当は何がしたいんだろう?このままでいいんだろうか?と思い、この休みを使い日本各地のいろんな場所を巡ってみました。

 

とくにすることもなく、日本各地をただただ巡り、本を買って公園や海岸などで読み歩いていました。

 

 

私がのんびり旅をしながら読書をしている間みんな当たり前のように働いています。

 

私が移動するための電車、ランチを食べるために入った食堂で働く人、横でスーツをきてスマホをチェックしながらご飯を食べるサラリーマン。

 

 

もちろん休みたい、サボりたい、怒られたくない、そんな気持ちを持ちながらもみんな疲れた体を動かしてみんな当たり前のように働いていました。

 

 

そんな当たり前のように働く人たちを見て、自分だけが特別辛いんじゃない、大変なのはみんな同じなんじゃないかと気づかされました。

 

 

旅行に行く前は本をたくさん読んで、自分探しをしようと思っていたのですが、結果的に本を読んでも何とも思いませんでした。

 

 

本で気持ちを変えるつもりだったのですが、結果的に普段目を向けなかったただ普通に働く人達の姿をみて、自分がこれからやるべきことが見えてきました。

 

 

旅にでるのはおススメという訳ではありません。

 

旅にでることよりも今の自分に悲観過ぎずネガティブな気持ちになりすぎないことが大切です。

 

私の場合は旅にでて周りの働いている人の様子をじっくり見て、苦しいのは自分だけじゃないと気づきました。

 

 

 

 

 

 

体操競技しかしてこなかった私の次に選んだ世界

 

 

私は現在会社員です。

 

業務内容はスポーツウェアのデザイン、広告物の作成、商品のPRなどで要するにお勤めのデザイナーです。

 

元スポーツ選手です。

 

 

私は2歳から体操競技をしており、24歳までの22年間競技者でした。

 

人生において、受験などはしたことがなく、全ての進学はスポーツ推薦(面接のみ)で進んでいきました。

 

さらに就職に関しても大学生時代の競技成績で面接のみで内定をもらいました。

 

要するに敷かれたレールの上をただ進むような人生でした。

 

 

行動する経緯は。

 

競技以外、自分で努力して何もしてきていない。

 

体操していたらお金がもらえたけど、体操ができなくなったら、どうやって稼げば良いのか不安になった。

 

結婚して家族ができて、収入に不安があった。

 

などです。

 

 

行動したこと。

 

芸術系に興味があったのでそれらに関することをたくさんやりました。

 

1眼レフカメラを購入し、山や川、海などにいき写真を撮ってSNSに投稿する。

 

絵を書くのが好きなので、趣味で描いた絵をSNSで公開する。

 

パソコンを買ってデジタルの世界に足を踏み入れる。

 

※IllustratorやPhotoshopの勉強を始める、HTMLやCSS、JabaScriptなどのweb言語、プログラミング言語を勉強するなど。

 

 

まだまだ色々なことを初めて日は浅いのですが、自分の人生から体操がなくなった時、熱中できるものは絵を描くこと、写真を撮ることなのだと、その時は思いました。

 

これで稼げるかと聞かれたら、スキル不足でした。

 

しかし熱中できること、真剣になれることに間違いはなく、もしこれで稼げる可能性があるのなら本気で努力できると感じました。

 

 

そして競技を引退し、指導者になりましたが、自分の人生にこれ以上体操に関わって頑張っていく気力はありませんでした。

 

 

そこで会社に相談をし、指導から完全に離れ、。

 

現在体操競技のウェア、グッズ。

 

等を製作する部署に勤めながら、趣味で毎朝絵を描き、休日に妻と一緒に自然を見にいくような生活をしております。

 

私の第2の人生は運動とは程遠いデジタルや、芸術の世界で生きることです。

 

 

今後はもっと稼げるスキルを手に入れたいと思っているので、プログラミング言語の学習を進めながら、よりネット社会、IT業界に足を踏み入れていきたいと考えております。

 

 

 

 

 

 

46歳女 色々試した結果、コアな部分は変わらなかった自分

 

 

私は、大学を期に距離的な問題から、実家を出て一人暮らしを始めました。

 

当時は、期待でいっぱいでした。

 

大学に入学してからも、がっつりカリキュラムや課題があったので、忙しくも充実した日々を送っていました。

 

慣れ始め友人もでき、それなりに時間の使い方もうまくいくようになり、周りが見え出した頃、ふと立ち止まってしました。

 

もちろん、しないといけない事はこなし、楽しい?と聞かれると楽しいのですが、それで?というものがつきまといだしました。

 

何かもっと興味がわくものをと探し出し、友達と海外旅行に行きました。

 

でも、旅行もそれなりに楽しいという感じでした。

 

そこで、今度は、一人で海外に行きました。

 

今度は刺激があり、帰国する時には、次にしたい事が浮かんでいました。

 

それからは、お金をためては、色んな国に行くようになりました。

 

それも、大学3回生半ばには、自分は何がしたいんだろう、と思い始めました。

 

目的を持って行っているはずなのに、しっくりこない自分がいました。

 

そこで、自分がそんなにしたくない事、むしろ嫌な事をしてみよう、と思いました。

 

そして初めて、長かった髪を坊主寸前にしました。

 

結果は、取り立てて何もなかったです。

 

髪を切った時よりも、伸び始めた頃に、どうしようもない髪に困ったくらいでした。

 

そして、今度は、自転車で実家まで帰ってみよう!と思い、実家をめざして150キロくらいの道のりを自転車で走りました。

 

これは、結構しんどかったです。

 

そして、したくない事をした結果、感じた事は、時間が経てば、それなりにどこかにたどりつく、みたいなものでした。

 

達成感というよりは、それなりにどこかに心もおさまるんだ、みたいな事でした。

 

でも、両親はびっくりしながらも、いつも通りに迎えてくれ、帰りは自転車を車に乗せて送ってくれました。

 

その時は、何故か安心しました。

 

今思うと、一人暮らしを始めたものの、ホームシックというよりは、淡々と過ぎていく自分の時間に戸惑っていて、大学まで自分のしたい!と思う事に迷う事なく突っ走ってきた結果が、こういう事だったのか?でも、不満という不満もない気もする、、、という自分への問いかけだったような気がします。

 

色々試しても、その時その時の感情はありますが、新しい自分みたいな事にはならなかったです。

 

でも、色々と試した事はよかったのではないか、と思います。

 

 

 

 

 

70代 女性 居場所を変える 充実

 

こんにちは70歳代女性です。

 

今日は30代半ばの時に私が自分の人生について迷った時に行った体験談を話そうと思います。

 

当時私は今で言う派遣会社のようなところで働いており、2.3ヶ月毎に違う会社に派遣されて事務作業を行っておりました。

 

会社で新しい友達ができても当時は今と違い携帯電話がなく、連絡を取るのも簡単ではありませんでした。

 

結婚の意識はしていたけれども、会社を転々としていた自分の環境のせいで彼氏すら見つけることができませんでした。

 

自分は社会にとってどういった存在なのか、ただの歯車の1つなのかと感じたときに、自分の存在意義がわからなくなりました。

 

自暴自棄になりかけた時に、実家の母と電話で話をした際、気分転換に長期で休みを取ったらどうかと提案されました。

 

そのためいちど会社を辞めて、実家に帰ることにしました。

 

私の実家は中国地方の田舎であったことから農業が盛んな地域でした。

 

私は当分の間実家の農業をお手伝いすることにしました。

 

その際、若い頃には感じなかった感覚を覚えた事は今も忘れません。

 

若い頃農業を手伝った際にはただただしんどいばかりでしたが30代になって手伝いをした際、野菜を作る事の楽しさを学び、種から育ててそれを食べるところまでの流れを経験した際には、当時派遣会社で働いていた時には味わえなかった満足感を味わうことができました。

 

野菜を作ることの素晴らしさ、自然の恵み、あれだけ小さい頃嫌だった田舎がとても住みやすく感じました。

 

季節によっての風や匂いは幻想的で自分の心を洗い流してくれるような感じがしました。

 

後悔している事は、あれだけ好きだった流行物は田舎ではすぐには手に入らない事、近くに喫茶店等も無いのでそこでくつろぐという事が出来ない事ぐらいしかありません。

 

おそらく自分には都会よりも田舎の方が合っていたんだと思います。

 

自分の置かれている環境を180度変えると言う事はある意味、賭けだと思いますが、ダメであったときには元に戻すことができるのでいちど自分の環境を180度変えてみるのもありだと思いました。

 

これを読んでいる方にアドバイスをするとすれば、人間ひとりひとり居場所というものはこの日本のどこかに必ずあります。

 

人生を楽しく生きている人は、偶然自分の居場所を簡単に見つけられた人、自分自ら探して見つけた人だと思います。

 

だからもし今悩んでいる方がいればまず動いていることが大切なんだと思います。

 

必ずあなたに合った居場所はありますので安心して探してみてください。

 

応援しています。

 

 

 

 

 

 

気分転換にした転職で見えてきたこと

 

まず軽く自己紹介させていただきます。

 

私は中堅の小売業の会社で働く38歳の会社員です。

 

自分の会社は一応規模としては大きい会社だったのですが、業績はいまいち勢いがなく他社競合にどんどんシェアを詰められていっている状態でした。

 

下っぱの人間はわけのわからない左遷部署においつめられ、自分も中間管理職の中では下のほうに所属していたため、日々戦々恐々としている毎日でした。

 

自分という存在はなんなのだろう?10数年働いてきた中堅規模の会社でつまはじきものとされ、終身雇用もなくなった現在、これ以上この会社に居座る必要性があるのかという疑問をもつようになり、会社は私をサービス残業をしない役立たずという烙印を押しぞんざいな対応を毎日のようにされ続けている今の状況を変えたいと思い、気分転換というには大きな覚悟がいったのですが、自分が今もっている資格を生かし転職を致しました。

 

当然前よりははるかに規模の小さい金融の会社に転職したのですが、前の会社より給料が劇的にさがるのかといえばそうでもなく小売業がいかに給料が低いのかと実感しました。

 

逆に前職に比べて営業の職種を始めて味わって思ったのが個人プレイが際立つ職業でもありました。

 

誰も知識を教えてくれることもなく自分の数字のために延々と毎日遅くまで仕事をしなければならないという状況が毎日つづきました。

 

結局気分転換でした転職はまったくうまくいかずに、もとの小売業界に戻ることになりました。

 

前の実務経験を買われ、大手に就職しましたが、前の中堅の会社よりはかなり制度がきっちりしており、残業も1分でつくコンプライアンスをかなり重視している会社でした。

 

結果としては自分は短期離職とうことで職歴に傷がついたことに後悔はしていますが、営業の厳しさを経験し、大手がいかに待遇が恵まれているのかも経験できてまあよかったのかと思っています。

 

この文章を読んでいただけるかたにアドバイスさせてもらうとすれば、転職などで行動をすれば視野は広がると思いますが、ブラック企業で命にかかわるような会社はすぐに辞めるべきだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

40歳男性 山を登って自分を探し、仕事も見付かり、大満足

 

 

私は福岡県在住の40歳の会社員です。

 

大学卒業と同時に就職した会社を退社した後、約一年間、自分探しをしていました。

 

 

就職していた会社が、いわゆるブラック企業で、朝から晩まで、ほとんど休みがない状態で、3年間働いていました。

 

目の前の仕事を、時間に追われながら、ただひたすら処理していくだけの毎日に疑問を感じ、退社を決意しました。

 

 

時間はかかっても良いので、本当の自分を発揮できる仕事を探そうと思い、退社後は自分探しから始めました。

 

 

それまでの人生を振り返ると、私は力をセーブし、小手先だけで、物事をこなすだけの人生でした。

 

自分をとことん追い込んで、自分の力だけで困難を克服することをしていませんでした。

 

 

そんな自分を見つめ直すために、私は登山をすることにしました。

 

大きな山を、自分の足で登ることで、目標を設定し、それに向けて努力するという習慣をつけられるのではないかと思ったのです。

 

 

まずは近場の山から登り始めましたが、思っていた以上にきつかったです。

 

子どもが遠足で登るような、超初心者向けの低山でしたが、長年の運動不足が祟り、息は上がり、足も上がらず、何度も休憩をしなければいけませんでした。

 

70歳くらいのおじいちゃんおばあちゃんグループにも抜かれ、心配される始末。

 

それでもなんとか山頂に着くことができました。

 

 

そこで何かに気付くかと思いきや、ただただ、きつくて、何かを考える余裕は全くありませんでした。

 

どうにか自分を奮い立たせて、下山しましたが、道中、足の痛みと疲れから踏ん張れず、何度も転倒しながら下山しました。

 

 

更に次の日、これまで味わったことがないくらい強烈な筋肉痛に襲われ、動くことができませんでした。

 

 

こうして、初めての登山で、散々な目に遇いましたが、不思議とまた登りたいと思うようになりました。

 

 

しかし、前回のように辛い目に遭いたくなかったので、道具やウェアを買い、少しでも楽に登れるようにしました。

 

二度目の登山は、同じ山に登りましたが、信じられないくらい楽に登れました。

 

その後、私は様々な山を登りました。

 

福岡県はもちろん、九州中の山を登り続けました。

 

 

その中で気付いたのは、「自分探し」をしても、自分は見つからないということでした。

 

常に自分はここにいるので、自分を探すのではなく、どの方向に自分を進めていくかが重要だと思います。

 

楽しい思いや苦労をしながら、自分の進むべき方向を探すことが、本当の自分探しなのではないかと思います。

 

 

ちなみに私は、山で出会った人に誘われて、今の仕事に就くことができました。

 

自分探しを通して、仕事も見つけることができました。

 

 

 

 

 

 

47歳男 失業中に一人旅で自分探しをして心の安らぎを得た話

 

 

私は47歳の男です。

 

リストラから再就職出来るようになるまでに約11ヶ月の空白期間がありました。

 

その間にわたしはさまざまな自分探しと言えるようなことをして来ました。

 

今日はそれについて書いてみたいと思います。

 

 

まず最初に私はリストラ経験者です。

 

40代の前半にそれまで勤めていた会社をリストラされました。

 

当時は本当に途方に暮れました。

 

次の勤め先も全く決まらず、応募した求人はことごとく断られ続けました。

 

 

そんな中で気持ちが折れそうになりつつも、私は自分自身に向き合うようになっていきました。

 

自分自身の出来ることを見つめ直し、自分の強みを活かせるようになるために、今までの経験を活かした資格を新しく3つ取得しました。

 

もともとが集中力のあるタイプではありませんでしたが、家族に資格所得を宣言して自分を追い込み、短期集中をすることで乗り切ることが出来ました。

 

もっとも、これは妻が怖かったからやる気があるアピールをしたという部分が大半でしたが。

 

ともかく、資格を取ることで「自分にも出来ることがある」ことをはっきりと形に出来ました。

 

それが自信の回復につながったと思っています。

 

 

そして、失業期間の後半、本当に気持ちが折れそうになった時にひとりで旅に出ました。

 

「自分探しの旅」とでも言えばカッコいいのですが、単に現実から一時的にでも逃避したかったというのが正直な本音でした。

 

しかし結果から言えば、これは正解でした。

 

旅に出ることで自分自身がリフレッシュ出来ましたし、妻や子どもたちとも適度なガス抜きが出来たように思います。

 

また、ふだん見ることの出来ない景色や場所に身を置くことで、自分自身の悩みが相対的に小さくなっていくのを感じました。

 

 

その後、再就職し、新しい会社で働き始めました。

 

旅に出る前は自分自身の悩みが大きくなりすぎてしまい、逆に自分が見えなくなっていました。

 

それが、ひとりで旅に出ることで、自然と自分自身がクリアーになり、本当の自分自身と向き合えるようになった気がします。

 

 

人生にはさまざまな困難や悩みがあり、まるでコップの水がいっぱいになるように悩みで身動きが取れなくなるときがあります。

 

しかし、そんなときでもコップの中身ではなく、それら悩みが入っている自分自身を見つめ直すことが出来れば、悩みに向き合っていけるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

26歳女☆手に職をつけて強みに

 

 

私は興味はあるが行動に出すことにすごく臆病な人間でした。

 

好奇心は旺盛で仕事となるとなんでもやってみる精神でいましたが、プライベートになると何をするにも悩んでしまい、結局やらずじまいというのが多かったです。

 

23歳の時に、ふと、資格もなくなんの強みもないままただ働いているだけでいいのかと悩んだ時期がありました。

 

それを周りの人に相談したところ、「好きなことや興味のあるものの資格を取ってみたらいんじゃないかな」「きっと役に立つときがくる」とアドバイスをいただきました。

 

私はネイルに興味があったのでネイルの資格を取って手に職をつけようと決意しました。

 

ネイルの講師も紹介していただいていざネイルの勉強をはじめようとしたところ、授業に20万円、道具に15万円が最初にかかることを知り驚きました。

 

私はそんなにお金がかかることも知らずにやりたいと決意してしまったので後戻りもできませんでした。

 

一人暮らしだったので貯金をすることもできず、ネイルの勉強のために仕事を増やすしかありませんでした。

 

休む日がゼロになる覚悟と、ネイルの資格を全部取るという決意で私は決めました。

 

会社員として働き、夜はバイト、ネイルの勉強や授業と多忙な日々が始まり無我夢中で突き進んでいました。

 

今思うと嫌になるような日々でしたが、そのときは嫌と思ったことは一度もなかったです。

 

好きなことをするということはこうゆうことなんだと思います。

 

好きだから続けられる、頑張れる、目標に向かって突き進む勢いというものはそういったときに発揮されるんですね。

 

居酒屋のバイトでもお客さんと話す機会が沢山あり、ネイルの話をするとみんな応援してくれました。

 

その言葉のおかげでも頑張れたんだと思います。

 

沢山の人のおかげでネイルの資格は全部とることができました。

 

ネイルの練習は、実際の人の手じゃないと実践的な勉強にはなりません。

 

なので、毎回毎回友達や職場の人に付き合ってもらい練習をしていました。

 

練習時間も2時間〜4時間程とかなりの時間をみんなに削ってもらい、協力してくれた人たちのおかげで実技的にも自信がつくようになりました。

 

協力してくれた人たちには本当に感謝しています。

 

周りの人たちがいなければ、このネイル資格もとれていませんでした。

 

もしやりたいことがあるのであれば、多少のリスクを背負ってでもやりたいときにやりたいことをするということがとても大事だと思います。

 

実際私もリスクを背負ってネイルの道を歩みましたが、まったく後悔はしていませんし、むしろやってよかったと強く思っています。

 

時間は過ぎるばかりなので行動に出すことがすべてだと思います。

 

 

 

 

 

 

26歳女 ぬいぐるみ洋服作りで自分探し キラキラした思い出です

 

会社で事務を務めている26歳です。

 

数年前に大学生の頃から付き合っていた彼氏と4年程経った頃に突然別れを切り出されました。

 

自分としては結婚を考えており、別れたそうな様子を相手から感じ取れていなかったため、あまりに突然のことで人生一番のショックに襲われました。

 

会って話がしたいと連絡してもできないとひたすら拒絶。

 

もう成すすべがありませんでした。

 

納得できないまま事実を受け入れざるを得なかったのです。

 

通勤している時も、仕事をしている時も、食事をしている時も、家で落ち着いた時も、四六時中なぜ別れたのか考え続けては目を潤ませていました。

 

本当に心が空っぽで誰に会っても気持ちを切り替えられず、失恋話をせずにはいられませんでした。

 

しかし、少し時が経つといつまでもこうして腐っているのは時間がもったいないと思えるようになり、何か趣味に没頭しようと考え始めました。

 

そこで力を入れ始めたのがぬいぐるみの洋服作りです。

 

元々テーマパークのくまのぬいぐるみを集めることが好きだったのですが、一体一体の値段がばかにならないこと、そもそも購入するのに入園しなければならず、とにかくお金のかかる趣味だと前から悩んでいました。

 

そこで、それなら自分で好きなコスチュームを作ってしまおう!ということになったのでした。

 

手始めにネットで同じことをしている人を見つけ、SNSでフォローして服の種類や写真の撮り方、加工方法などを勉強。

 

勉強といっても、ほほぉ、と工夫しているところに少し意識を向けて感動するだけです。

 

見れば見る程刺激を受けました。

 

楽しそうに写真をあげている方たちがキラキラして人生を楽しんでいるのが伝わってきて憧れました。

 

自分もこうなりたい!とエンジンがかかり、作りたいものがなんとなく思い浮かんだら無料の型紙サイトで型紙を印刷し、必要なものをリストアップして勤務先の最寄りの手芸店で布地やパーツを購入。

 

帰宅後に取り組みました。

 

主に使うのはミシンと裁縫道具ですが、小学生の家庭科の授業以来でした。

 

それもなんだか懐かしくて少しわくわくしました。

 

作っている途中でも出来上がっていく様子が嬉しくて、達成感を味わえました。

 

完成した時は涙が出るくらい嬉しかったです。

 

それを着せた時の感動はもうたまりません。

 

そして自分も拙い技術で写真を撮りSNSにアップ。

 

反応があり、憧れていた方たちからも徐々に交流が生まれ、本当に励まされました。

 

そこから自分に自信とコミュニケーション能力を取り戻せたのか現実世界での人間関係も頑張ろうと思えるようになり、合コンや友人との旅行などにも注力。

 

そうして今の大切なパートナーと出会い、幸せな家庭を築くことができました。

 

SNSによって力をいただけたことは確かにありますが、大切なのはそのいただけたパワーを現実世界の充実に注ぐこと。

 

そして、何かに没頭してみること。

 

その対象が見つからなければ探すことに没頭することから始めればそれでも良いと思います。

 

身近な人とのコミュニティを顔と顔で大切にしていくことが、何よりも活力をもらえると思います。

 

いきなり無理するのではなく、段階を踏むのが大切だと思います。

 

別れなければこの充実した一連の時間は味わえなかったので、今では本当に良かったと思っています。

 

 

 

 

 

 

27歳女(FtX)、読み放題で自分探し、まだまだ探したい

 

 

初めまして。

 

私は小さい頃からアニメや音楽、ラジオといったエンターテインメントが大好きで、いつも私以上に詳しい人は周りに誰もいないという環境の中で成長してきました。

 

未知のアニメやエンタメを探すのはとても楽しく、苦になりませんでした。

 

そして、作家としてエンタメ業界にも入ることが出来ました。

 

しかし、仕事を取るのが本当に難しい業界でした。

 

コンペティションに落ちてしまったアニメ作品を一応テレビで勉強しながらも、だんだんとアニメに触れるのが辛くなりました。

 

同級生が人気声優やアイドルとして業界で活躍しているのもたびたび目にするようになって、エンタメは現実を思い知らせるものへと変わっていき、だんだんと楽しさや面白さを感じなくなってしまいました。

 

そのような中で、新しい趣味が欲しいと思い始めるようになりました。

 

エンタメ一筋で生きてきてしまった私にとって、それがなくなると自分ってなにもないんだなあと実感してしまった瞬間でした。

 

でも、作家としても知識を広めたいなあと感じるようになり、差し当たって。

 

定額の電子書籍読み放題サービスに登録しました。

 

私はそれまでどちらかというと紙の本派でしたが、様々な分野の本をいちいち買ったり持ち運んだりしなくてすむ電子書籍もいいなあという学びを得ました。

 

自分って意外と電子書籍嫌いじゃなかったんだ、という気づきが自分探しで最初に得たものかもしれません。

 

読み放題サービスを使って、色々な本を読みました。

 

好きな音楽や、政治、地理、経済、アート、お寺やスピリチュアル、自然、観光、語学、料理、ITなどと、こだわらないで読みました。

 

中には個人が短時間で書いたような怪しげなものもありましたが、それも含めてこの世界は広く、色々な人がいるんだなあと勉強になりました。

 

今でもエンタメ以外にすごく打ち込める趣味はみつかっていませんが、辛い思いを抱えながらアニメだけ見ているよりも、何か行動を起せているなあという気はしています。

 

ここでもまた行動が自分を変える、という自分探し結果が見つかりました。

 

納得できる結果が出るまで、これからもゆっくり自分探ししたいと思います。

 

 

 

 

 

 

31歳 男 キャンプや書籍、人との出会いによる自分探し

 

 

私は、自分探しに関することをすることがあります。

 

その内容としましては、私は家族と一緒にキャンプすることが非常に大好きでありますので、そのキャンプを通じで新たな発見をして行こうと言う考えであります。

 

普段は、都会に居住しておりますが、たまにのキャンプで、例えば山頂での行きつけのキャンプ場があるのですが、そこで、満点の星空をキャンプファイアーをしながら、妻と子供達と一緒に星空を眺めて、「本当に自分がやりたい仕事は何か?また、今後会社内での職務を遂行をするにあたり、今のままのポジションで良いのか?そういうことを考えたり、もしくは、所属する上司に申し出る形で、今現在所属する課から移動するような形で、願い出たりするタイミングを考えたりもします。

 

また、満点の星空を眺めながら、本当に向いている自分の仕事について考えたりすることもあります。

 

またキャンプ場でその場所では、展望台も併設されておりますので、その展望台から街並みを見下ろす形で自分探しに興じたりすることがあります。

 

またキャンプとは別に仕事で行き詰った時等に自分探しをしてみよう!と思い立ち、そんな時には図書館にある哲学書や文学書等を片っ端から読みあさるような形で、今現在での自分自身が見えていない世界について、知識として知り得てまた、研究する形で、自分自身が気付いていない世界について研究するようにしております。

 

そうすることによって、例えば、仕事で連続してミスしていた状況であったとして、それを回避するために、どのような思考になれば良いのであろうか?と言う形で自分自身に対して、どのように行動して行けば良いのか?また、自分自身の普段の生活態度を改めるキッカケにもなりますので、本を読んで、見知らぬ人から意見を聴取すると言うことも忘れないように心がけております。

 

人は、自分とは全く異なる環境の人間と出会えた時に、その出会いが自分自身にとってとんでもない刺激となり、自分の思わぬ発見に寄与する形となることが多いので、人との出会いも大切にしております。

 

 

 

 

 

 

38女性 人は人、自分は自分で人生がかわった

 

30代主婦です。

 

もうかれこれ数十年前の話ですが、私は中学の時、学校に行くのが怖くなり、登校拒否になってしまいました。

 

今となれば、なんでもないようなことだったのだろうと思いますが、中学生、とても難しい時期だったなと思います。

 

人の顔色ばかりをうかがい、私はみんなにどう思われているんだろう?学校に行けば、人の視線が気になり、みんなが私を見ているんじゃないかと思うほど、とにかく怖かったです。

 

目が合えば、「また悪口を言われているんじゃないか」笑ってる人がいれば「私、また笑われてる」と思い、「私なんかいなくていいんじゃないか」と思うようになりました。

 

当時の担任の先生は、男性の先生で、あまり話を聞いてくれませんでしたが、保健室の先生が、何度も家まで来てくださり、心配してくれていました。

 

今でも、その時のことは、はっきりと覚えていますが、「このまま生きていても何があるの?」と思っていました。

 

良くないことを考えておりました。

 

ある日、辛くて辛くてたまらなく、一人で部屋にこもっていると、母親の顔が浮かんできて、今まで我慢していた気持ちを泣きながら母親に話し、母親に抱き着きました。

 

その時の母親の目には、涙が浮かび「自分を大切にしなさい」「人は人、○○ちゃんは一人しかいないのよ」「いつも笑っていなさい○○ちゃんの笑顔が大好きよ」「何かあれば、なんでも話しなさい」今でも思い出すとウルウルしますが、それから数日後、何かが吹っ切れたように、ケロッと学校に行けるようになりました。

 

「笑顔でいよう」「人は人、自分は自分」とにかくそればかりをいつも考えています。

 

大人になって、思うのですが、「人は意外と自分のことなんて見ていない」ものです。

 

よほど派手な服を着ていたり、目立つような格好などでないと、見ないものですね。

 

それが中学生の頃は、とても気持ちが敏感で、些細なことが気になる頃だったのでしょう。

 

今となっては、あんなことで??と、思ってしまいますが、あのとき、その体験をしていなければ、今のように心が強くなっていないと思います。

 

悪口なんて、言われてもへっちゃらです。

 

(それは多少気になりますけど)その体験があった反動かもしれませんが、高校生になり、強くなりすぎてしまい、人に対して冷たい態度をとっていたように思います。

 

それをとても反省しております。

 

嫌なことがあったらあった分、人に優しくなれる!私はそう思っております。

 

嫌な経験をしただけ、人に同じ思いをさせぬよう、気を付けております。

 

「自分は自分」です。

 

「世の中のどこを探しても、あなたはあなたしかいない」のです!1つでもいいので、何か楽しみを見つけ、それを楽しみに楽しく暮らしましょう!!人生は1回しかありません。

 

私は今、楽しくて仕方ありません。

 

辛いときは、人生に何度もあると思います。

 

辛いときがあるからこそ、楽しいときがあると思います。

 

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